13.鼈甲飴
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馴染みの資料室での職務の折、斎藤と目が合った夢主がぽつりと漏らした。
「貴方の目って綺麗よね」
「そうか」
思わぬ指摘に、斎藤は言葉尻に疑問を滲ませて語尾を上げた。
日本人らしからぬ色相だという自覚はある。しかし考えてみれば、誰かに指摘された記憶はない。
目を合わせたまま、夢主から斎藤に書類が渡される。斎藤が受け取とると、手離した夢主の指が、何かを撫でるように閉じた。意識の外のしなやかな動き。色っぽい指先に気を取られた斎藤が視線を戻すと、夢主はまだ斎藤の目を見つめていた。
「何だかこう……その色、鼈甲飴みたい」
「鼈甲、飴か。初めて言われたな」
「ふふっ、皆に恐れられる藤田警部補の瞳は、可愛い鼈甲飴。面白いわね」
「フッ、笑うなよ」
斎藤が細い目を更に細めても、夢主にはその色が見えた。
興味を惹かれ、夢主の目はいつもより大きく開かれている。瞬きで見える睫毛も大きく揺れた。
夢主の瞳に特徴的な色はない。濃い瞳はありふれた色。
だが、斎藤は以前、夢主の瞳に目を奪われたことがあった。夢主が二人だけの秘密の勝負を持ち出した時だ。
夢主が顔を上げて斎藤を見つめた一刹那、目を煌めかせた。その時、斎藤は光を、色を見た。
あれは何だったのか、あの光は何の色を見せたのか。単に夢主の心情がそう見せただけなのか。確かめたかったあの時は、衝動を堪えて飲み込んだ。
「でもその色、ねぇお日様が眩しいとかないの?」
「とりわけて不便はない。痛みも眩しさも感じたことはない」
「へぇ、単に色が薄いだけなのね」
斎藤は外から挿し込む光を見て、具合は変わらんと確かめる。夢主は身を乗り出して覗き込み、光を受ける鼈甲色の瞳を見つめた。
その仕草と姿勢に、斎藤は気付かれぬようニヤリとした。瞳の色より体に目が行く己の趣向、それも悪くないと思えた。
「美味しそうな色ね」
「食ってみるか」
「悪趣味、そんな趣味ないわよ」
「阿呆、冗談だろ。俺の瞼に口づけてもいいぞって冗談だ。説明させるな」
「あ……ふふっ、ごめんなさい」
馬鹿々々しいことを真面目に教えてくれるなんて。夢主は斎藤のおかしな真面目さを笑った。
厭らしい冗談を説明させるとは、可哀想なことをしてしまった。強面の男が可愛らしく見える。
「それはいいけど、もう少しよく見せて。私初めて見るの、貴方みたいな目……」
「好きにしろ」
夢主が不思議そうに見つめて離さない。斎藤は面倒臭そうに身を寄せた。
本心は別だ。こんなに間近に寄れるのはこの上なく好ましい。
悪戯を仕掛けたくなるが、堪えてひたすら夢主を見つめ返した。
じっと見つめられて、斎藤は瞬きをもったいぶるように目を開けている。
己に意識を集中した眼差し。いい視線だ。視線が体の正中線を貫くようだ。斎藤の中で良からぬ興奮が起こりそうになった時、夢主がおもむろに首を傾げた。
「ねぇ、座って欲しいな」
「……こうか」
やれやれと言って、斎藤は長椅子に腰掛けた。
背が勝る斎藤を見上げるのはなかなかに難儀。夢主に座らされた斎藤は、背凭れに身を預け、来いよと誘っている。
夢主は何の疑いも抱かず、背凭れに手を突いて、そっと斎藤に近づいた。
「食うなら今だぞ」
「美味しそうだけど、やめておくわ」
「残念だな」
今度は冗談だと知って答える夢主、斎藤は僅かに首を倒して、残念さを訴えた。
「気が向いたらいつでも、俺は構わんぞ」
「もう」
「お前の為に取っておくとしよう」
鼈甲飴、か。
斎藤がニッと片目を細めて眇めると、夢主は口をすぼめた。
「馬鹿、張君みたいな表情(かお)なんかして」
「ククッ、そいつは失敗だな」
「可愛いわよ、張君のあの"うぃんく"ってやつ。でも貴方がするのは滑稽」
「厳しいな」
「貴方はそのままでいいじゃない、綺麗な瞳、してるんだもの」
近付きそうで縮まらぬ距離。どうにも出来ず、斎藤はただ夢主の視線に応じている。
手持ち無沙汰が続き、やがて煙草を取り出した。
「美味しそうよ、本当に。見ていたいほど、綺麗よ」
「そいつはどうも」
「透き通って見える気もするし、でも鼈甲飴の色って火に掛けられて発する色なのよね、そう考えると貴方らしいかも」
「分からんな」
「だって焦げた色なんだもの、貴方に合うじゃない」
「さぁて」
何かに焦がれる己ではない。だが苦い思いなら沢山経験してきた。まぁ、闘いの場で感じる感覚は火に似ているかもしれない。それに、俺に火は欠かせない。
斎藤が煙草に火をつけると、それを合図に夢主が体を起こした。もう満足とばかりに、腕を組む。
もう終いなのか。斎藤は煙草を口に運んで、長椅子の座面で指先を二回弾ませた。
「座れよ」
「……」
「もう一度、見たらどうだ」
座面に触れて離れない指先、来てくれよと求めるらしからぬ声に、夢主は腕組みを解いた。
「……少しだけよ、煙草は、あっちにやって」
斎藤は煙草を口に当てると大きく吸い、次に煙草を持つ手を遠ざけた。紫煙を含んだ息は壁に沿って流れていく。
それを見て座る夢主。隣に座ると、立場は元通り。
いつも通り、斎藤を見上げている。背凭れに体を預けて、遠い顔。近付けてはくれない。
夢主は自ら近寄った。
体に触れぬよう座面と背凭れに手を置いて、背を逸らして近付く。
斎藤の目には、突きだされた胸がよく映っていた。
顔を逸らして煙草を一吸い、再び遠くに紫煙を吐いて、夢主を見つめ直す。
視線が下りていらぬ指摘を受けぬよう、口元が弛まぬよう意識して、目を見つめ返した。
「私が映ってる」
「当り前だろ」
ククッと喉が鳴る。斎藤の目には、警戒心が薄れた夢主の姿しか見えない。
「お前の中にも俺が見える」
「そぅ……」
更に距離が縮まり、互いの息が届く。
唇が、目の前に。
斎藤はもう一度顔を逸らして煙草を咥えた。
「もぅ、ジッとしててよ」
「出来るかよ」
「どうしてよ」
「阿呆」
「何でよ」
斎藤は目を閉じて深く、肺の奥まで息を吸った。体を巡る煙草の霞。
様々な感覚を落ち着かせる霞、今は己を鈍らせようと体に巡らせた。
「そりゃぁ、何かしていいならいいさ、じっとしててやる。知らんぞ、俺の忍耐が切れても」
「忍耐?」
「いくら俺でも限界はある」
斎藤は顎を軽く振り、今にも密着しそうな夢主の体を示した。
「貴方の目って綺麗よね」
「そうか」
思わぬ指摘に、斎藤は言葉尻に疑問を滲ませて語尾を上げた。
日本人らしからぬ色相だという自覚はある。しかし考えてみれば、誰かに指摘された記憶はない。
目を合わせたまま、夢主から斎藤に書類が渡される。斎藤が受け取とると、手離した夢主の指が、何かを撫でるように閉じた。意識の外のしなやかな動き。色っぽい指先に気を取られた斎藤が視線を戻すと、夢主はまだ斎藤の目を見つめていた。
「何だかこう……その色、鼈甲飴みたい」
「鼈甲、飴か。初めて言われたな」
「ふふっ、皆に恐れられる藤田警部補の瞳は、可愛い鼈甲飴。面白いわね」
「フッ、笑うなよ」
斎藤が細い目を更に細めても、夢主にはその色が見えた。
興味を惹かれ、夢主の目はいつもより大きく開かれている。瞬きで見える睫毛も大きく揺れた。
夢主の瞳に特徴的な色はない。濃い瞳はありふれた色。
だが、斎藤は以前、夢主の瞳に目を奪われたことがあった。夢主が二人だけの秘密の勝負を持ち出した時だ。
夢主が顔を上げて斎藤を見つめた一刹那、目を煌めかせた。その時、斎藤は光を、色を見た。
あれは何だったのか、あの光は何の色を見せたのか。単に夢主の心情がそう見せただけなのか。確かめたかったあの時は、衝動を堪えて飲み込んだ。
「でもその色、ねぇお日様が眩しいとかないの?」
「とりわけて不便はない。痛みも眩しさも感じたことはない」
「へぇ、単に色が薄いだけなのね」
斎藤は外から挿し込む光を見て、具合は変わらんと確かめる。夢主は身を乗り出して覗き込み、光を受ける鼈甲色の瞳を見つめた。
その仕草と姿勢に、斎藤は気付かれぬようニヤリとした。瞳の色より体に目が行く己の趣向、それも悪くないと思えた。
「美味しそうな色ね」
「食ってみるか」
「悪趣味、そんな趣味ないわよ」
「阿呆、冗談だろ。俺の瞼に口づけてもいいぞって冗談だ。説明させるな」
「あ……ふふっ、ごめんなさい」
馬鹿々々しいことを真面目に教えてくれるなんて。夢主は斎藤のおかしな真面目さを笑った。
厭らしい冗談を説明させるとは、可哀想なことをしてしまった。強面の男が可愛らしく見える。
「それはいいけど、もう少しよく見せて。私初めて見るの、貴方みたいな目……」
「好きにしろ」
夢主が不思議そうに見つめて離さない。斎藤は面倒臭そうに身を寄せた。
本心は別だ。こんなに間近に寄れるのはこの上なく好ましい。
悪戯を仕掛けたくなるが、堪えてひたすら夢主を見つめ返した。
じっと見つめられて、斎藤は瞬きをもったいぶるように目を開けている。
己に意識を集中した眼差し。いい視線だ。視線が体の正中線を貫くようだ。斎藤の中で良からぬ興奮が起こりそうになった時、夢主がおもむろに首を傾げた。
「ねぇ、座って欲しいな」
「……こうか」
やれやれと言って、斎藤は長椅子に腰掛けた。
背が勝る斎藤を見上げるのはなかなかに難儀。夢主に座らされた斎藤は、背凭れに身を預け、来いよと誘っている。
夢主は何の疑いも抱かず、背凭れに手を突いて、そっと斎藤に近づいた。
「食うなら今だぞ」
「美味しそうだけど、やめておくわ」
「残念だな」
今度は冗談だと知って答える夢主、斎藤は僅かに首を倒して、残念さを訴えた。
「気が向いたらいつでも、俺は構わんぞ」
「もう」
「お前の為に取っておくとしよう」
鼈甲飴、か。
斎藤がニッと片目を細めて眇めると、夢主は口をすぼめた。
「馬鹿、張君みたいな表情(かお)なんかして」
「ククッ、そいつは失敗だな」
「可愛いわよ、張君のあの"うぃんく"ってやつ。でも貴方がするのは滑稽」
「厳しいな」
「貴方はそのままでいいじゃない、綺麗な瞳、してるんだもの」
近付きそうで縮まらぬ距離。どうにも出来ず、斎藤はただ夢主の視線に応じている。
手持ち無沙汰が続き、やがて煙草を取り出した。
「美味しそうよ、本当に。見ていたいほど、綺麗よ」
「そいつはどうも」
「透き通って見える気もするし、でも鼈甲飴の色って火に掛けられて発する色なのよね、そう考えると貴方らしいかも」
「分からんな」
「だって焦げた色なんだもの、貴方に合うじゃない」
「さぁて」
何かに焦がれる己ではない。だが苦い思いなら沢山経験してきた。まぁ、闘いの場で感じる感覚は火に似ているかもしれない。それに、俺に火は欠かせない。
斎藤が煙草に火をつけると、それを合図に夢主が体を起こした。もう満足とばかりに、腕を組む。
もう終いなのか。斎藤は煙草を口に運んで、長椅子の座面で指先を二回弾ませた。
「座れよ」
「……」
「もう一度、見たらどうだ」
座面に触れて離れない指先、来てくれよと求めるらしからぬ声に、夢主は腕組みを解いた。
「……少しだけよ、煙草は、あっちにやって」
斎藤は煙草を口に当てると大きく吸い、次に煙草を持つ手を遠ざけた。紫煙を含んだ息は壁に沿って流れていく。
それを見て座る夢主。隣に座ると、立場は元通り。
いつも通り、斎藤を見上げている。背凭れに体を預けて、遠い顔。近付けてはくれない。
夢主は自ら近寄った。
体に触れぬよう座面と背凭れに手を置いて、背を逸らして近付く。
斎藤の目には、突きだされた胸がよく映っていた。
顔を逸らして煙草を一吸い、再び遠くに紫煙を吐いて、夢主を見つめ直す。
視線が下りていらぬ指摘を受けぬよう、口元が弛まぬよう意識して、目を見つめ返した。
「私が映ってる」
「当り前だろ」
ククッと喉が鳴る。斎藤の目には、警戒心が薄れた夢主の姿しか見えない。
「お前の中にも俺が見える」
「そぅ……」
更に距離が縮まり、互いの息が届く。
唇が、目の前に。
斎藤はもう一度顔を逸らして煙草を咥えた。
「もぅ、ジッとしててよ」
「出来るかよ」
「どうしてよ」
「阿呆」
「何でよ」
斎藤は目を閉じて深く、肺の奥まで息を吸った。体を巡る煙草の霞。
様々な感覚を落ち着かせる霞、今は己を鈍らせようと体に巡らせた。
「そりゃぁ、何かしていいならいいさ、じっとしててやる。知らんぞ、俺の忍耐が切れても」
「忍耐?」
「いくら俺でも限界はある」
斎藤は顎を軽く振り、今にも密着しそうな夢主の体を示した。