【明】会話譚 父と息子の内緒話
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部屋で寛ぐ父・藤田五郎こと斎藤の傍に、長男・息子が寄ってきた。にこにこと母に似た笑顔を浮かべて、姿勢を正して座っている。
このように傍に陣取って、一日の出来事をあれこれ話したり、父に質問するのが勉の日課になっていた。その間、斎藤は話をしながら煙草を呑んでいた。
今日は昼間から、勉が父の傍に陣取っていた。
「父上」
「何だ。最近やけに寄ってくるな」
「寄って……すみません、迷惑ですか」
「いや、構わんさ。自分の息子を厭うかよ。ただ先日、流石は五郎さんのご子息、寡黙でいらっしゃる、と言われたばかりでな。お喋りなお前が面白いだけさ」
「はっ、それは……。少し、口を閉じたほうが良さそうですね」
「気にするな。外では寡黙、いいんじゃぁないか。気を緩められる場所があるのは良いことだ。それが家ならば尚更良い。下手に女に嵌ってべらべら機密を漏らすよりはな」
「えっ」
「そういう道を目指しているんだろう」
勉は頷いた。父と同じ道を進みたいと願っていた。望んで辿れる道ではないが、試してみたかったのだ。
「実は、父上の昔の仲間について、お聞きしたいのです」
「仲間だと」
「はい。新選組です」
「フン」
斎藤は目を伏せて、煙草を吹かした。傍にいる勉にも煙が届く。勉は煙草を吸わないが、父の煙は好きだった。幼い頃から身近にあるものを、嫌う者は少ないだろう。煙草の香りが父の香り、そんな認識を抱いていた。
「確かにお前は知ってもいい歳頃かも知れんな」
「ではっ」
「ところで剛、それで気配を断ったつもりか。そろそろ稽古の時間だろう」
「はっ、はいっ! 行って参ります父上、兄上!」
二人きりだと思った部屋の外で、ドタバタと大きな音が鳴った。弟の剛が、慌てて去って行った。隠れて耳を傾けていたのだ。共に話を聞こうが構わないが、幕末の話となれば別だ。斎藤は剛が聞くにはまだ早いと、追いやったのだ。
「お気付きだったのですね」
「ありゃあ誰でも気付くだろう。あいつはまだまだだな」
「ふふっ、父上から見ればそうかもしれませんね。私からすれば自慢の弟です。剣の腕前もどんどん上達しております。すぐに私を追い抜くでしょう」
「そうか」
「はい。龍雄もそうです。龍雄とはまともに剣を合わせた事はありませんが、何度か目にしております。もしかしたら既に私よりも腕が立つかも知れません」
「それが事実で、分かっているのならば、お前の腕も確かな物ということだ。誇れよ」
「はい」
「だが過信はするな。あくまで冷静に己の実力は知っておかねばならん」
「肝に銘じます」
「お前、酒は呑むか」
「いえ、私はまだ」
「そうか。ならば今度教えてやる」
「酒に飲み方などあるのですか」
「あぁ、あるさ。俺も最初から今みたいに呑めたわけじゃあない」
「父上がですかっ?! 母上は父上を底なしとおっしゃっていましたよ」
「フッ、あの阿呆め」
「あぁっ、私はまた余計なことを。母上を責めないでください」
「責めたりせんさ。酒を呑みながらお前に語ってやる。幕末にいた面白い連中の話をな」
「ぜひっ!」
嬉しそうな勉に、斎藤は目を細めた。真っ直ぐでいて強い男に成長した我が息子。留守がちな夫に文句も言わず、一人懸命に子供達を育ててくれた妻の夢主に感謝の気持ちがやまない。
「どうしましたか、父上なにやら嬉しそうですね」
「何でもないさ。母さんは台所か」
「はい、何やら晩御飯の仕込みをされておりましたよ」
「そうか。……剛は確か道場で飯を馳走になってくると言っていたな」
「はい」
「ならばお前も遅く帰って来い」
「えっ……」
ニヤリとする父に、勉は頬を染める。
「いえっあの、そのっ、父上と母上が仲睦まじいのは私にも嬉しいことでありましてっ、だからっ」
「ハハッ、お前はまだ女を知らんのだな」
「なっ、それはいくら父上でも余計なお世話というものです!」
「怒るな怒るな。まぁ、遅かれ早かれその時が来るだろうよ」
馬鹿にしたんじゃないと謝り、斎藤はククッと喉を鳴らした。
この息子ならば、惚れた女を幸せにしてやれるだろう。案ずることはないと、嬉しく思っただけだ。
優しく逞しい息子が頼もしいが、当の勉は真っ赤な顔で目を伏せていた。
「で、では、遅く帰れば、宜しいのですね」
「阿呆っ、冗談だよ。早く帰って構わんさ。きっと夢主は、あいつはお前の晩飯も仕込んでいるんだろう」
勉は先ほど覗いた台所を思い出した。確かに食材は三人分は揃っていた。母はご機嫌に親子の食事を仕込んでいたのだ。三人で晩御飯を思い描いて、微笑んでいたことだろう。
「本当に宜しいのでしょうか」
「あぁ、帰って来い。揶揄って悪かった。今夜、話してやるさ。お前が聞きたがっている幕末の話を」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
勉の頭にポンと大きな手を乗せると、斎藤は立ち上がった。
息子と呑む酒を求めに出かけるのだ。さて、伏見の酒にするか、会津の酒にするか。斎藤は楽しい悩みを抱えて、部屋を出て行った。
勉には心なしか、父の足取りが軽く見えた。台所からは、母の楽しげな鼻歌が聞こえてくる。今夜は楽しい夜になりそうだ。
勉は台所に向かい、手伝いを始めた。楽しい鼻歌が二つ重なり、家を出る斎藤を送り出した。
このように傍に陣取って、一日の出来事をあれこれ話したり、父に質問するのが勉の日課になっていた。その間、斎藤は話をしながら煙草を呑んでいた。
今日は昼間から、勉が父の傍に陣取っていた。
「父上」
「何だ。最近やけに寄ってくるな」
「寄って……すみません、迷惑ですか」
「いや、構わんさ。自分の息子を厭うかよ。ただ先日、流石は五郎さんのご子息、寡黙でいらっしゃる、と言われたばかりでな。お喋りなお前が面白いだけさ」
「はっ、それは……。少し、口を閉じたほうが良さそうですね」
「気にするな。外では寡黙、いいんじゃぁないか。気を緩められる場所があるのは良いことだ。それが家ならば尚更良い。下手に女に嵌ってべらべら機密を漏らすよりはな」
「えっ」
「そういう道を目指しているんだろう」
勉は頷いた。父と同じ道を進みたいと願っていた。望んで辿れる道ではないが、試してみたかったのだ。
「実は、父上の昔の仲間について、お聞きしたいのです」
「仲間だと」
「はい。新選組です」
「フン」
斎藤は目を伏せて、煙草を吹かした。傍にいる勉にも煙が届く。勉は煙草を吸わないが、父の煙は好きだった。幼い頃から身近にあるものを、嫌う者は少ないだろう。煙草の香りが父の香り、そんな認識を抱いていた。
「確かにお前は知ってもいい歳頃かも知れんな」
「ではっ」
「ところで剛、それで気配を断ったつもりか。そろそろ稽古の時間だろう」
「はっ、はいっ! 行って参ります父上、兄上!」
二人きりだと思った部屋の外で、ドタバタと大きな音が鳴った。弟の剛が、慌てて去って行った。隠れて耳を傾けていたのだ。共に話を聞こうが構わないが、幕末の話となれば別だ。斎藤は剛が聞くにはまだ早いと、追いやったのだ。
「お気付きだったのですね」
「ありゃあ誰でも気付くだろう。あいつはまだまだだな」
「ふふっ、父上から見ればそうかもしれませんね。私からすれば自慢の弟です。剣の腕前もどんどん上達しております。すぐに私を追い抜くでしょう」
「そうか」
「はい。龍雄もそうです。龍雄とはまともに剣を合わせた事はありませんが、何度か目にしております。もしかしたら既に私よりも腕が立つかも知れません」
「それが事実で、分かっているのならば、お前の腕も確かな物ということだ。誇れよ」
「はい」
「だが過信はするな。あくまで冷静に己の実力は知っておかねばならん」
「肝に銘じます」
「お前、酒は呑むか」
「いえ、私はまだ」
「そうか。ならば今度教えてやる」
「酒に飲み方などあるのですか」
「あぁ、あるさ。俺も最初から今みたいに呑めたわけじゃあない」
「父上がですかっ?! 母上は父上を底なしとおっしゃっていましたよ」
「フッ、あの阿呆め」
「あぁっ、私はまた余計なことを。母上を責めないでください」
「責めたりせんさ。酒を呑みながらお前に語ってやる。幕末にいた面白い連中の話をな」
「ぜひっ!」
嬉しそうな勉に、斎藤は目を細めた。真っ直ぐでいて強い男に成長した我が息子。留守がちな夫に文句も言わず、一人懸命に子供達を育ててくれた妻の夢主に感謝の気持ちがやまない。
「どうしましたか、父上なにやら嬉しそうですね」
「何でもないさ。母さんは台所か」
「はい、何やら晩御飯の仕込みをされておりましたよ」
「そうか。……剛は確か道場で飯を馳走になってくると言っていたな」
「はい」
「ならばお前も遅く帰って来い」
「えっ……」
ニヤリとする父に、勉は頬を染める。
「いえっあの、そのっ、父上と母上が仲睦まじいのは私にも嬉しいことでありましてっ、だからっ」
「ハハッ、お前はまだ女を知らんのだな」
「なっ、それはいくら父上でも余計なお世話というものです!」
「怒るな怒るな。まぁ、遅かれ早かれその時が来るだろうよ」
馬鹿にしたんじゃないと謝り、斎藤はククッと喉を鳴らした。
この息子ならば、惚れた女を幸せにしてやれるだろう。案ずることはないと、嬉しく思っただけだ。
優しく逞しい息子が頼もしいが、当の勉は真っ赤な顔で目を伏せていた。
「で、では、遅く帰れば、宜しいのですね」
「阿呆っ、冗談だよ。早く帰って構わんさ。きっと夢主は、あいつはお前の晩飯も仕込んでいるんだろう」
勉は先ほど覗いた台所を思い出した。確かに食材は三人分は揃っていた。母はご機嫌に親子の食事を仕込んでいたのだ。三人で晩御飯を思い描いて、微笑んでいたことだろう。
「本当に宜しいのでしょうか」
「あぁ、帰って来い。揶揄って悪かった。今夜、話してやるさ。お前が聞きたがっている幕末の話を」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
勉の頭にポンと大きな手を乗せると、斎藤は立ち上がった。
息子と呑む酒を求めに出かけるのだ。さて、伏見の酒にするか、会津の酒にするか。斎藤は楽しい悩みを抱えて、部屋を出て行った。
勉には心なしか、父の足取りが軽く見えた。台所からは、母の楽しげな鼻歌が聞こえてくる。今夜は楽しい夜になりそうだ。
勉は台所に向かい、手伝いを始めた。楽しい鼻歌が二つ重なり、家を出る斎藤を送り出した。
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