【幕】うだる湿夜の熱ごもり
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うだるような暑さって、こんな日を言うんだろうな。
夜になっても、衝立の奥に籠っていると息苦しくて仕方がない。
私は、首に張り付く髪を浮かせて、熱を逃そうと試みた。
せめて扇いで涼みたいけど、手元にはうちわ一つもない。
ここは、みんなに認めてもらえた私の居場所。
迷惑を掛けたくないから、わがままは言いたくないけど、このまま我慢していたら、余計迷惑を掛けてしまいそうで。
酷い暑さと、纏わりつくような湿気に嫌気がさした私は、少しはマシになるかと、衿を掴んで扇ごうとした。
「大丈夫か、無理をせずこっちへ来い」
その時、斎藤さんが顔を覗かせた。衿を引っ張りかけた手が、咄嗟に離れる。
私の息が荒く、熱が籠っていると感じた斎藤さんは、自分の居場所へ招いてくれた。
薄開きだった障子を大きく開け、風を通してくれる。
「奥へ籠ることはない。寝る時も、嫌でなければ布団の位置を変えろ。衝立も動かせばいい」
不届き者の手が届かないようにと、部屋の奥を割り当てられているが、この季節だけでも風が通る場所に布団を移せと、案じてくれた。
「ありがとうございます。正直、蒸し暑くてどうしようかと……」
助かりましたと微笑んだつもりが、力が入らない。きっと気の抜けた顔になったよね。恥ずかしいけれど、暑さから逃れたい思いが上回っている。
外の空気を感じたくなった私は、のっそり立ち上がった。一歩踏み出すと、眩暈がする。
「おいおい、しっかりしろ」
咄嗟に斎藤さんが体を支えてくれた。
熱い斎藤さんの手よりも、私の体は火照っている。
「熱いな。冷たい水を持ってくるから、待っていろ」
「すみません……」
結局、迷惑を掛けてしまった。
縁側に出て座り込むと、床板が冷たい。なんて気持ちがいいんだろう。
私は姿勢を崩して、脚を冷やした。床板が温くなると姿勢を変えて、ちょっとだけ移動して、冷たい床に脚を押し付ける。
「わぁ、気持ちいい」
「おい、気を緩め過ぎだぞ」
冷たさを求めるうちに、ぺたんと座り込んでいた。割れた裾を戻った斎藤さんに見咎められて、私は慌てて乱れを整えた。
「あぁっすみません斎藤さん、床が気持ちよくて、つい……」
「誰が見ているか分らんのだぞ」
しゅんと項垂れる私を、斎藤さんは窘めた。
仕方がない、男性ばかりのこの場所で下手に刺激を振りまいて、辛い思いをするのは私も皆も同じなのだから。
「だがまぁ、今は大丈夫か」
「あ……」
周りを確かめた斎藤さんが、盥を置いて隣に座った。冷たい井戸水を汲んできてくれたのだ。
それから、手拭いを貸してくれた。
「水を飲んで、体を拭けば少しは涼めるだろう。俺は背を向けているから気にするな」
「えっ」
斎藤さんは言うだけ言って、私に背中を向けた。
どうらや、周囲を見張ってくれるみたい。それで、自分のことは気にせず体を拭けと、気遣ってくれた。
大きな背中には、多少気を緩めようが誰も咎めはしないし、覗かせもせん。そんな心強さがあった。
「あ、ありがとうございます」
そう言って私は、盥の水に手を浸した。
冷たくて気持ちがいい。
水に手を入れているだけで、この心地良さ。
私は嬉しくなって、水を掬い上げた。
「んっ……」
口に含んで、一気に飲み干す。体の中を、冷たい水が下りていった。
こんなに感じるまで体が熱くなっていたなんて。
私はもう一度、水を飲んだ。
口から零れた水が、顎を伝って首に滑り落ちる。雫はそのまま肌の上を滑り落ちていった。
ほんの一筋の流れなのに、なんて気持ちがいいんだろう。
この冷たさを全身で味わえたら、どれほど気持ちいいだろうか。
いっそ水浴びでも出来ればいいのにと、わがままな願いを抱いてしまうが、すぐ我に返った。
この盥いっぱいの水は、斎藤さんが見せてくれた優しさなのに。
私は顎に残った雫を手の甲でそっと拭き取った。
「お水、気持ちいいです」
水の冷たさに感謝して呟くと、流れる空気が和らいだ気がした。
手拭いを盥に浸し、絞れば、静かな屯所の中に水が垂れる音が響く。とっても涼しげな音。
私は冷たさを味わうように、腕から拭き始めて、脚を冷やして、途中何度も手拭いを水の中に戻して、体を冷やしていった。
水を含み直した手拭いを顔に当てると、頬の火照りが落ち着く。
「はぁ……」
心地よさに、溜め息が漏れた。
しみじみと息を吐いた私は、衝立の奥で一番気持ち悪かった、上半身を拭きたい気持ちに駆られた。
背中に、胸に、汗を拭いたいけれど、難しい場所だ。
隙間から手を忍ばせたら、なんとか拭える気がする。
でも、無性に恥ずかしさが込み上げてきた。
斎藤さんは、覗きをするような人じゃない。
それでも、服の隙間に手を忍ばせるのが躊躇われた。
部屋に戻って続けたら、恥ずかしさは消える。でも、暑い。
私の体は熱を帯びている。きっと、熱中症の手前なんだ。
「どうした」
動きを止めた私を気にして、斎藤さんが問いかけてきた。
背を向けたまま、とても紳士的な態度で、やわらかな声で。
「なんでもないんです、水が気持ち良くて」
「水が温くなったなら新しいのを汲んでくるが」
「そんなっ、まだまだ冷たくて気持ちいいです、大丈夫です」
恥ずかしいなんて言ったら、こんなに気遣ってくれている斎藤さんに申し訳ない。
私は素直に、体を冷やし続けた。
そっと袖や衿の合間に手を差し込んでみる。
まずは背中から、ちょっと強引に手を押し込んで、届く範囲で背中を拭いてみる。
汗ばんだ肌が濡れた手拭いで清められるのは、想像以上に心地良かった。
「気持ちいい……」
うっとりと漏らした声から、熱が逃げていく気がした。
そういえば、呼吸で熱を逃す動物もいるんだったかな、そんなことを呑気に考えながら、手拭いを濡らしては、肌を拭き上げていく。
「ふぁぁ……幸せです」
素直に気持ちを声にすると、その分、体内の熱が減る気がした。
吐き出す熱い息とともに、火照りがおさまっていく。
「んん……ありがとう、ございます、お水、気持ちいいです」
目を閉じて零した息がまるで吐息のように響いた。
そんなこと、私にはわかるはずもなく、斎藤さんの咳払いで目を開いた。
「振り返るぞ、いいか。水を汲み直す」
「あっ、でも大丈夫です」
「いいから、振り向くぞ」
「じゃあ私、自分で汲んできます」
「阿呆、夜、一人で歩き回るな」
「なら一緒に」
背中を向けた斎藤さんと押し問答をしていると、痺れを切らした斎藤さんが振り返った。
目が合ったのも一瞬で、ゆるみ切った私の胸元に、斎藤さんの視線は落ちる。
途端に眉間に深い皺が刻まれて、私は申し訳なさで体を縮めた。
「すみません、あのっ、お気遣いくださってありがとうございます」
みっともない姿を見せてごめんなさい。頭を下げた私は、素早く乱れた姿を整えた。
こんなに気を使ってくれている斎藤さんに、結局変なトコロを見せてしまった。
斎藤さんはすぐに目を逸らして、不機嫌そうにしている。
「お水も手拭いも、ありがとうございます。もうお終いで構いません、スッキリしましたし、体も冷えました」
安心して欲しくて、もう大丈夫ですと伝えると、斎藤さんは私を横目で睨んだ。睨んだように見えたけど、違うのかな。
「強がるな。まだ頬が熱いだろう」
「そんなコトありません、顔も冷やしましたから」
そう言って頬に触れると、あれ、なんだか温い。熱いのかな。
首を傾げていると、斎藤さんが盥を持って立ち上がった。
これ以上、斎藤さんに下働きのようなことはさせられない。驚いた私が後に続こうとすると、
「ついて来るなら井戸で水をぶっ掛けるぞ、夢主。それでもいいなら、ついて来い」
「えっ」
強い視線と共に、強い口調で私は座らされた。
それは、斎藤さんが私を守るために吐いた悪態だった。
斎藤さんが縁側の外に温くなった水を捨てると、踏み石にあたって跳ねる音がした。やけに大きな音が、びたびたと響く。
水音に聞き入っている私は、いつの間にか縁側から身を乗り出していた。跳ねる水を見ると、斎藤さんがまた私を横目で睨んだ。気がした。
ほんの刹那、その瞬間、私の体は熱を奪われたように、背筋に走る何かを感じた。
寒気とも違う。でも、強張った私の体の肌は、粟立っていた。
「あっ……」
立ち上がった斎藤さんは、静かに井戸へ向かった。
斎藤さんが戻るまで時間が掛かった気がしたのは、戻るのを待っていたからなのかな。
やがて戻った斎藤さんは、新しい水をゆっくりと置いてくれた。お礼を伝えるけど目は合わず、目に入る姿は、すぐ背中に変わってしまった。
もう一度同じように濡れた手拭いで体を冷やしていくと、その間、斎藤さんはたまに、力んだように体をぴくりとさせていた。
どうしたのか訊ねようとすると、言葉は咳払いで遮られて、私は黙り込むしかなかった。
黙って口を閉ざして、私は体を拭った。
体の火照りがすっかり消えるまで、手拭いの水の冷たさに身を預けていた。
もう満足ですと伝えた時、斎藤さんは安堵の息を漏らすように、太い溜め息を一つ吐いた。
そんなに心配していてくれたなんて。
最後に伝えるお礼は、自ずと満面の笑みになっていた。
振り返って私の言葉を聞いた斎藤さんは、どうしてだか、今宵一番の大きな咳払いをした。
私の熱が、違う形で斎藤さんに移ってしまっていた。
体の芯から茹だる熱。湧き上がって全身を駆け巡る熱は、容易には消せない。そんな厄介な熱に変わっていた。
それを私が知るのは、長い時が流れて、私と斎藤さんの関係が変わってからのコトだった。
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夜になっても、衝立の奥に籠っていると息苦しくて仕方がない。
私は、首に張り付く髪を浮かせて、熱を逃そうと試みた。
せめて扇いで涼みたいけど、手元にはうちわ一つもない。
ここは、みんなに認めてもらえた私の居場所。
迷惑を掛けたくないから、わがままは言いたくないけど、このまま我慢していたら、余計迷惑を掛けてしまいそうで。
酷い暑さと、纏わりつくような湿気に嫌気がさした私は、少しはマシになるかと、衿を掴んで扇ごうとした。
「大丈夫か、無理をせずこっちへ来い」
その時、斎藤さんが顔を覗かせた。衿を引っ張りかけた手が、咄嗟に離れる。
私の息が荒く、熱が籠っていると感じた斎藤さんは、自分の居場所へ招いてくれた。
薄開きだった障子を大きく開け、風を通してくれる。
「奥へ籠ることはない。寝る時も、嫌でなければ布団の位置を変えろ。衝立も動かせばいい」
不届き者の手が届かないようにと、部屋の奥を割り当てられているが、この季節だけでも風が通る場所に布団を移せと、案じてくれた。
「ありがとうございます。正直、蒸し暑くてどうしようかと……」
助かりましたと微笑んだつもりが、力が入らない。きっと気の抜けた顔になったよね。恥ずかしいけれど、暑さから逃れたい思いが上回っている。
外の空気を感じたくなった私は、のっそり立ち上がった。一歩踏み出すと、眩暈がする。
「おいおい、しっかりしろ」
咄嗟に斎藤さんが体を支えてくれた。
熱い斎藤さんの手よりも、私の体は火照っている。
「熱いな。冷たい水を持ってくるから、待っていろ」
「すみません……」
結局、迷惑を掛けてしまった。
縁側に出て座り込むと、床板が冷たい。なんて気持ちがいいんだろう。
私は姿勢を崩して、脚を冷やした。床板が温くなると姿勢を変えて、ちょっとだけ移動して、冷たい床に脚を押し付ける。
「わぁ、気持ちいい」
「おい、気を緩め過ぎだぞ」
冷たさを求めるうちに、ぺたんと座り込んでいた。割れた裾を戻った斎藤さんに見咎められて、私は慌てて乱れを整えた。
「あぁっすみません斎藤さん、床が気持ちよくて、つい……」
「誰が見ているか分らんのだぞ」
しゅんと項垂れる私を、斎藤さんは窘めた。
仕方がない、男性ばかりのこの場所で下手に刺激を振りまいて、辛い思いをするのは私も皆も同じなのだから。
「だがまぁ、今は大丈夫か」
「あ……」
周りを確かめた斎藤さんが、盥を置いて隣に座った。冷たい井戸水を汲んできてくれたのだ。
それから、手拭いを貸してくれた。
「水を飲んで、体を拭けば少しは涼めるだろう。俺は背を向けているから気にするな」
「えっ」
斎藤さんは言うだけ言って、私に背中を向けた。
どうらや、周囲を見張ってくれるみたい。それで、自分のことは気にせず体を拭けと、気遣ってくれた。
大きな背中には、多少気を緩めようが誰も咎めはしないし、覗かせもせん。そんな心強さがあった。
「あ、ありがとうございます」
そう言って私は、盥の水に手を浸した。
冷たくて気持ちがいい。
水に手を入れているだけで、この心地良さ。
私は嬉しくなって、水を掬い上げた。
「んっ……」
口に含んで、一気に飲み干す。体の中を、冷たい水が下りていった。
こんなに感じるまで体が熱くなっていたなんて。
私はもう一度、水を飲んだ。
口から零れた水が、顎を伝って首に滑り落ちる。雫はそのまま肌の上を滑り落ちていった。
ほんの一筋の流れなのに、なんて気持ちがいいんだろう。
この冷たさを全身で味わえたら、どれほど気持ちいいだろうか。
いっそ水浴びでも出来ればいいのにと、わがままな願いを抱いてしまうが、すぐ我に返った。
この盥いっぱいの水は、斎藤さんが見せてくれた優しさなのに。
私は顎に残った雫を手の甲でそっと拭き取った。
「お水、気持ちいいです」
水の冷たさに感謝して呟くと、流れる空気が和らいだ気がした。
手拭いを盥に浸し、絞れば、静かな屯所の中に水が垂れる音が響く。とっても涼しげな音。
私は冷たさを味わうように、腕から拭き始めて、脚を冷やして、途中何度も手拭いを水の中に戻して、体を冷やしていった。
水を含み直した手拭いを顔に当てると、頬の火照りが落ち着く。
「はぁ……」
心地よさに、溜め息が漏れた。
しみじみと息を吐いた私は、衝立の奥で一番気持ち悪かった、上半身を拭きたい気持ちに駆られた。
背中に、胸に、汗を拭いたいけれど、難しい場所だ。
隙間から手を忍ばせたら、なんとか拭える気がする。
でも、無性に恥ずかしさが込み上げてきた。
斎藤さんは、覗きをするような人じゃない。
それでも、服の隙間に手を忍ばせるのが躊躇われた。
部屋に戻って続けたら、恥ずかしさは消える。でも、暑い。
私の体は熱を帯びている。きっと、熱中症の手前なんだ。
「どうした」
動きを止めた私を気にして、斎藤さんが問いかけてきた。
背を向けたまま、とても紳士的な態度で、やわらかな声で。
「なんでもないんです、水が気持ち良くて」
「水が温くなったなら新しいのを汲んでくるが」
「そんなっ、まだまだ冷たくて気持ちいいです、大丈夫です」
恥ずかしいなんて言ったら、こんなに気遣ってくれている斎藤さんに申し訳ない。
私は素直に、体を冷やし続けた。
そっと袖や衿の合間に手を差し込んでみる。
まずは背中から、ちょっと強引に手を押し込んで、届く範囲で背中を拭いてみる。
汗ばんだ肌が濡れた手拭いで清められるのは、想像以上に心地良かった。
「気持ちいい……」
うっとりと漏らした声から、熱が逃げていく気がした。
そういえば、呼吸で熱を逃す動物もいるんだったかな、そんなことを呑気に考えながら、手拭いを濡らしては、肌を拭き上げていく。
「ふぁぁ……幸せです」
素直に気持ちを声にすると、その分、体内の熱が減る気がした。
吐き出す熱い息とともに、火照りがおさまっていく。
「んん……ありがとう、ございます、お水、気持ちいいです」
目を閉じて零した息がまるで吐息のように響いた。
そんなこと、私にはわかるはずもなく、斎藤さんの咳払いで目を開いた。
「振り返るぞ、いいか。水を汲み直す」
「あっ、でも大丈夫です」
「いいから、振り向くぞ」
「じゃあ私、自分で汲んできます」
「阿呆、夜、一人で歩き回るな」
「なら一緒に」
背中を向けた斎藤さんと押し問答をしていると、痺れを切らした斎藤さんが振り返った。
目が合ったのも一瞬で、ゆるみ切った私の胸元に、斎藤さんの視線は落ちる。
途端に眉間に深い皺が刻まれて、私は申し訳なさで体を縮めた。
「すみません、あのっ、お気遣いくださってありがとうございます」
みっともない姿を見せてごめんなさい。頭を下げた私は、素早く乱れた姿を整えた。
こんなに気を使ってくれている斎藤さんに、結局変なトコロを見せてしまった。
斎藤さんはすぐに目を逸らして、不機嫌そうにしている。
「お水も手拭いも、ありがとうございます。もうお終いで構いません、スッキリしましたし、体も冷えました」
安心して欲しくて、もう大丈夫ですと伝えると、斎藤さんは私を横目で睨んだ。睨んだように見えたけど、違うのかな。
「強がるな。まだ頬が熱いだろう」
「そんなコトありません、顔も冷やしましたから」
そう言って頬に触れると、あれ、なんだか温い。熱いのかな。
首を傾げていると、斎藤さんが盥を持って立ち上がった。
これ以上、斎藤さんに下働きのようなことはさせられない。驚いた私が後に続こうとすると、
「ついて来るなら井戸で水をぶっ掛けるぞ、夢主。それでもいいなら、ついて来い」
「えっ」
強い視線と共に、強い口調で私は座らされた。
それは、斎藤さんが私を守るために吐いた悪態だった。
斎藤さんが縁側の外に温くなった水を捨てると、踏み石にあたって跳ねる音がした。やけに大きな音が、びたびたと響く。
水音に聞き入っている私は、いつの間にか縁側から身を乗り出していた。跳ねる水を見ると、斎藤さんがまた私を横目で睨んだ。気がした。
ほんの刹那、その瞬間、私の体は熱を奪われたように、背筋に走る何かを感じた。
寒気とも違う。でも、強張った私の体の肌は、粟立っていた。
「あっ……」
立ち上がった斎藤さんは、静かに井戸へ向かった。
斎藤さんが戻るまで時間が掛かった気がしたのは、戻るのを待っていたからなのかな。
やがて戻った斎藤さんは、新しい水をゆっくりと置いてくれた。お礼を伝えるけど目は合わず、目に入る姿は、すぐ背中に変わってしまった。
もう一度同じように濡れた手拭いで体を冷やしていくと、その間、斎藤さんはたまに、力んだように体をぴくりとさせていた。
どうしたのか訊ねようとすると、言葉は咳払いで遮られて、私は黙り込むしかなかった。
黙って口を閉ざして、私は体を拭った。
体の火照りがすっかり消えるまで、手拭いの水の冷たさに身を預けていた。
もう満足ですと伝えた時、斎藤さんは安堵の息を漏らすように、太い溜め息を一つ吐いた。
そんなに心配していてくれたなんて。
最後に伝えるお礼は、自ずと満面の笑みになっていた。
振り返って私の言葉を聞いた斎藤さんは、どうしてだか、今宵一番の大きな咳払いをした。
私の熱が、違う形で斎藤さんに移ってしまっていた。
体の芯から茹だる熱。湧き上がって全身を駆け巡る熱は、容易には消せない。そんな厄介な熱に変わっていた。
それを私が知るのは、長い時が流れて、私と斎藤さんの関係が変わってからのコトだった。
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