【幕】こころとし花の笑み
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壬生の屯所、夢主は庭に下りて、何かを探していた。庭を丸く歩いては小鳥のように顔を動かして、地面を見つめている。地面にあるのは伸び始めた雑草の他に目立つものは何もない。
それでも夢主はゆっくりと何かを探し、時折、思い出したように顔を上げて、屋根の向こうを見つめていた。
そんな夢主の挙動を、縁側を通り過ぎようとした斎藤が怪しんで立ち止まった。
袖の中に手を隠し、腕を組んでいる。
夢主はようやくここ馴染んできた。とは言え、まだまだ警戒の目で見る者がいる。夢主の世話役を押し付けられている斎藤が、厄介ごとを引き起こすなよと戒めようとした時、
「どうしたんですか」
斎藤の背後から声が掛かった。沖田だ。体躯の差を生かして、斎藤の顔を覗き込む。
庭をうろつく夢主の気を引かないよう、静かな声だ。
「アレを、どう思う」
訝しむ斎藤が顎で指した夢主を見て、沖田は嬉しそうに声を弾ませた。
「あぁ、可愛いらしいですよね、夢主さん」
「そう言うことを聞いているのではない。何をしていると思うか、聞いている」
「あははっ、斎藤さんにしては珍しく鈍いですね」
もう夢主が気付こうが構わない。そんな調子で沖田は笑い声を響かせた。
案の定、夢主は二人に気付き、両手を体の前に揃えて頭を下げた。
「ほぅ、沖田君には分かると」
「待っているんですよ」
沖田は顔を上げた夢主に向かい、お気楽に手を振っている。
斎藤は横目で沖田を睨み、苦い顔で話を続けた。沖田も再び声を抑え、二人の会話は夢主には届いていない。
「何を待っている」
「本当に分からないんですか?」
「君は喧嘩を売っているのか」
「あははっ、そうですよ。ですから教えてあげません」
手を振り続ける沖田に対し、夢主は気まずそうに会釈を繰り返して、やがて遠慮がちに手を振り返した。
沖田は手を振り返してもらうと、満足して場を離れるべく背を向けた。
「おい」
「まぁ頑張って考えてください、あははっ」
沖田が残した爽やかな笑いに苛立った斎藤は、小さく舌打ちをした。縁側を歩いて来たのは自室に戻る為。だが、沖田と同じ方角へ向かう気になれず、斎藤は屯所の外へ足を向けた。
庭に残された夢主は、対照的な二人の後ろ姿を、きょとんとした顔で見送った。
門番に立つ隊士をひと睨みして外へ出た斎藤だが、どこかへ向かう気はなく、屯所の周りを一周して戻るつもりだ。
体を撫でる風は穏やかで、降り注ぐ日差しは温かい。羽織も要らぬ心地良さの中を歩くが、斎藤の不機嫌は依然続いている。
「待っているだと。密会、どこかの連中と通じているとでも言うのか。いや、夢主にそんな器用さはない」
腕を組んだまま歩き、屯所で見たものを思い返す。うろちょろと落ち着かず不審な動きではあったが、夢主そのものに不審さは無かった。
斎藤は「うむ」と唸り、顔を上げた。顔を上げて、すぐに気が付いた。
通りから見えたのは桜の木。伸び伸びと広がった枝には無数の蕾がある。蕾は、大きく膨らんでいた。
沖田の言う通り、斎藤は鈍かったのだ。
「桜、か」
進むより戻るほうが早い。
斎藤は踵を返して屯所へ戻った。脇目もふらずに沖田の部屋を目指す。
らしからぬ乱雑な足音に、迎える沖田も驚いた。
「何ですか、斎藤さん」
「いいから来い」
「喧嘩を売っているとは言いましたが、殴り合いはご免ですよ。喧嘩、いえ、仕合なら道場で」
「阿呆」
斎藤が来いと示したのは道場とは反対方向。沖田は渋りを見せた。
体を掴んだり無理に引いたり、力に訴えずとも斎藤の眼力には逆ら難いものがある。無視しても良いが後々面倒だろうと、沖田は重たい腰を上げた。
斎藤が強引に沖田を連れ出して、次に顔を出したのは斎藤の自室、夢主のもとだった。
「夢主、出るぞ」
「えっ」
「いいから、さっさと来い」
ここでも強引に睨んで連れ出そうとする。
不意に呼ばれた夢主は、沖田と目を合わせて首を傾げた。怖い顔で睨まれて、助けを求めたのもある。何やら分からないが、逆らえる空気ではない。沖田は苦笑いで、行くしかありませんねと、夢主を誘った。
突然の外出、夢主は小走りに近い歩みで斎藤を追いかけていた。寒がりの夢主が出かけに手に取った羽織が、はたはたと揺れている。揺れる羽織は、花びらのように広がっていた。
夢主の隣では、慌てる夢主を宥めるように、沖田が柔らかな笑顔で歩いている。はたから見れば奇妙な三人連れだ。
「あ、あの、これは」
「土方さんが決めた面倒を守っているだけだが」
「えっと……」
斎藤の返答が理解できず、夢主はまたも助けを求めて沖田の反応を窺った。沖田は肩を浮かせて、さぁて?と大きく首を捻る。
土方が決めた面倒とは、土方が定めた条件だ。夢主が外出する際には必ず幹部二人以上が付き添い監視すること。その条件を守ったうえで、斎藤は夢主を連れ出した。
沖田に分かるのはここまでだ。目的は、分からない。
「それで斎藤さん、何処へ向かっているんです? 夢主さんが怖がっていますよ」
「フン」
夢主はアワワと俯いてしまった。
小走り気味だった夢主だが、今は普通の歩みに落ち着いている。背後の様子を察して、斎藤が歩みを緩めたのだ。広がっていた羽織も大人しく体に添っている。
斎藤の変化を見た沖田は、厭味で刺すような視線を送り続けた。笑顔で棘のある視線を向けているので、隣にいる夢主は増々戸惑った。
「悪いようにはせん、黙って歩け」
「はいはーい。だそうですから、夢主さん、もう少し付き合ってあげましょう」
「あぁあの、はい、……」
沖田は人を怒らせる態度を取って笑っている。同意を求められて頷いてしまった夢主だが、斎藤の不機嫌な舌打ちが耳に届き、気まずさが絶頂を迎えた。斎藤の不機嫌を増す原因を作った沖田は、ご機嫌だから始末が悪い。
当人に見える筈もないが、夢主は斎藤の背中に向かって、そっと頭を下げた。
道中、沖田は度々夢主に話し掛けた。
夢主は斎藤から感じる気難しい空気が気になって、噛み合わない相槌を返すだけで精一杯、会話にはならなかった。
どれほど歩いたか、景色を見る余裕がない夢主には分からない。ひたすら斎藤の様子を窺いながら、後を追いかけた。ある角を曲がった所で、その追いかけっこは終わった。
「着いたぞ」
「えっ」
「おや」
斎藤の背後で、夢主はぶつかる勢いで立ち止まった。
目の前に迫った背中に心臓が高鳴る。衝突を免れた安堵と、間一髪だった危機感が入り混じり、夢主の心臓は跳ね上がった。
反射的に後退り、視界に余裕が生まれても、心臓の跳ね上がりは止まらない。
ところが、斎藤の背後から顔を覗かせて辺りを見ると、心の騒がしさは一気に失せた。夢主は息を呑んで、瞬きすら忘れた。
「桜……」
「早咲きの桜だな」
「わぁ……」
桜が立つのは一日中陽が当たり、傍に建つ白壁の照り返しを受ける場所。同じ町にありながら、他の木々より早く春を迎えた桜だった。
立ち尽くす夢主の頬は、喜びで緩んでいる。
沖田は「へぇ」と、もの言いたげな目で斎藤を見上げた。
何だと言い返したい斎藤だが、敢えて相手にせず、手を伸ばして袖を直すと腕を組み直した。
反動で広がった袖が沖田の顔を掠め、沖田は斎藤から離れざるを得なかった。
「これで気を済ませろ。屯所内で怪しい動きをするな」
驚きと嬉しさの余り呆然としていた夢主、指摘を受けて「あっ」と顔を曇らせた。すみませんと頭を下げると、斎藤の眉間に皺が寄る。
すると、沖田が音もなく夢主に近付いて囁いた。
「斎藤さん、謝って欲しいんじゃなくて喜んで欲しいんですよ、きっと。厭らしいですねぇ」
「聞こえているぞ」
えっ、と固まる夢主を余所に、沖田は「あははは」と高笑いを響かせ、斎藤はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
夢主はようやく全てを飲み込んだ。
庭で見せた、気の急いた行動を見抜かれていたのだ。
「あの、ありがとうございます。とても嬉しいです。その……どうして分かったんですか」
「斎藤さんはなかなか気付かなかったんですよ、鋭そうな顔して鈍いですよね~~」
「沖田さんっ」
夢主は、斎藤を揶揄う沖田を宥めつつ、怖々と斎藤を見上げた。
どうらやいつものコトらしく、斎藤はたいして気にしていない。ここまで不機嫌だったのは、どうしてか。今はすっかり不機嫌さが消えている。夢主は不思議に思うが、早くこの桜を見せたいと気持ちが逸っていたとは、当の斎藤も気付いていない。
夢主が素直な疑問を浮かべた目で見つめていると、斎藤は顔を戻して夢主を見下ろした。
「屯所に花びらが舞い込むまで待つ気でいたとは、お前もなかなか気が長いな」
「いえ、そろそろかなってお庭を見ていただけなんです」
本当は大好きな桜の季節を感じて、待ち侘びていた。花が咲いたら花見に行きたい。連れて行って欲しいが、隊務に忙しい皆に請えるわけもなく、ただ庭で季節のおこぼれを待っていたのだ。
まさか全部見抜かれたうえ、気が晴れるよう早咲き桜のもとへ連れて来てくれるなんて。
「本当に、ありがとうございます」
夢主は一礼をした後、意識の外で微笑んでいた。
ほのかに色づいた微笑みに、男達の息が刹那に詰まる。
沖田は声を潜ませ、斎藤に告げた。
「一番可愛いお花が咲きましたね」
「阿呆」
男二人、こそこそと和やかに話している。珍しい光景に、夢主は大きく首を傾げた。
そよそよと優しい風を感じた夢主は、桜に呼ばれた気がして、花々を見上げた。そよ風を受けて揺れる零れんばかりの桜の花々が、夢主に微笑みかけているようだった。
それでも夢主はゆっくりと何かを探し、時折、思い出したように顔を上げて、屋根の向こうを見つめていた。
そんな夢主の挙動を、縁側を通り過ぎようとした斎藤が怪しんで立ち止まった。
袖の中に手を隠し、腕を組んでいる。
夢主はようやくここ馴染んできた。とは言え、まだまだ警戒の目で見る者がいる。夢主の世話役を押し付けられている斎藤が、厄介ごとを引き起こすなよと戒めようとした時、
「どうしたんですか」
斎藤の背後から声が掛かった。沖田だ。体躯の差を生かして、斎藤の顔を覗き込む。
庭をうろつく夢主の気を引かないよう、静かな声だ。
「アレを、どう思う」
訝しむ斎藤が顎で指した夢主を見て、沖田は嬉しそうに声を弾ませた。
「あぁ、可愛いらしいですよね、夢主さん」
「そう言うことを聞いているのではない。何をしていると思うか、聞いている」
「あははっ、斎藤さんにしては珍しく鈍いですね」
もう夢主が気付こうが構わない。そんな調子で沖田は笑い声を響かせた。
案の定、夢主は二人に気付き、両手を体の前に揃えて頭を下げた。
「ほぅ、沖田君には分かると」
「待っているんですよ」
沖田は顔を上げた夢主に向かい、お気楽に手を振っている。
斎藤は横目で沖田を睨み、苦い顔で話を続けた。沖田も再び声を抑え、二人の会話は夢主には届いていない。
「何を待っている」
「本当に分からないんですか?」
「君は喧嘩を売っているのか」
「あははっ、そうですよ。ですから教えてあげません」
手を振り続ける沖田に対し、夢主は気まずそうに会釈を繰り返して、やがて遠慮がちに手を振り返した。
沖田は手を振り返してもらうと、満足して場を離れるべく背を向けた。
「おい」
「まぁ頑張って考えてください、あははっ」
沖田が残した爽やかな笑いに苛立った斎藤は、小さく舌打ちをした。縁側を歩いて来たのは自室に戻る為。だが、沖田と同じ方角へ向かう気になれず、斎藤は屯所の外へ足を向けた。
庭に残された夢主は、対照的な二人の後ろ姿を、きょとんとした顔で見送った。
門番に立つ隊士をひと睨みして外へ出た斎藤だが、どこかへ向かう気はなく、屯所の周りを一周して戻るつもりだ。
体を撫でる風は穏やかで、降り注ぐ日差しは温かい。羽織も要らぬ心地良さの中を歩くが、斎藤の不機嫌は依然続いている。
「待っているだと。密会、どこかの連中と通じているとでも言うのか。いや、夢主にそんな器用さはない」
腕を組んだまま歩き、屯所で見たものを思い返す。うろちょろと落ち着かず不審な動きではあったが、夢主そのものに不審さは無かった。
斎藤は「うむ」と唸り、顔を上げた。顔を上げて、すぐに気が付いた。
通りから見えたのは桜の木。伸び伸びと広がった枝には無数の蕾がある。蕾は、大きく膨らんでいた。
沖田の言う通り、斎藤は鈍かったのだ。
「桜、か」
進むより戻るほうが早い。
斎藤は踵を返して屯所へ戻った。脇目もふらずに沖田の部屋を目指す。
らしからぬ乱雑な足音に、迎える沖田も驚いた。
「何ですか、斎藤さん」
「いいから来い」
「喧嘩を売っているとは言いましたが、殴り合いはご免ですよ。喧嘩、いえ、仕合なら道場で」
「阿呆」
斎藤が来いと示したのは道場とは反対方向。沖田は渋りを見せた。
体を掴んだり無理に引いたり、力に訴えずとも斎藤の眼力には逆ら難いものがある。無視しても良いが後々面倒だろうと、沖田は重たい腰を上げた。
斎藤が強引に沖田を連れ出して、次に顔を出したのは斎藤の自室、夢主のもとだった。
「夢主、出るぞ」
「えっ」
「いいから、さっさと来い」
ここでも強引に睨んで連れ出そうとする。
不意に呼ばれた夢主は、沖田と目を合わせて首を傾げた。怖い顔で睨まれて、助けを求めたのもある。何やら分からないが、逆らえる空気ではない。沖田は苦笑いで、行くしかありませんねと、夢主を誘った。
突然の外出、夢主は小走りに近い歩みで斎藤を追いかけていた。寒がりの夢主が出かけに手に取った羽織が、はたはたと揺れている。揺れる羽織は、花びらのように広がっていた。
夢主の隣では、慌てる夢主を宥めるように、沖田が柔らかな笑顔で歩いている。はたから見れば奇妙な三人連れだ。
「あ、あの、これは」
「土方さんが決めた面倒を守っているだけだが」
「えっと……」
斎藤の返答が理解できず、夢主はまたも助けを求めて沖田の反応を窺った。沖田は肩を浮かせて、さぁて?と大きく首を捻る。
土方が決めた面倒とは、土方が定めた条件だ。夢主が外出する際には必ず幹部二人以上が付き添い監視すること。その条件を守ったうえで、斎藤は夢主を連れ出した。
沖田に分かるのはここまでだ。目的は、分からない。
「それで斎藤さん、何処へ向かっているんです? 夢主さんが怖がっていますよ」
「フン」
夢主はアワワと俯いてしまった。
小走り気味だった夢主だが、今は普通の歩みに落ち着いている。背後の様子を察して、斎藤が歩みを緩めたのだ。広がっていた羽織も大人しく体に添っている。
斎藤の変化を見た沖田は、厭味で刺すような視線を送り続けた。笑顔で棘のある視線を向けているので、隣にいる夢主は増々戸惑った。
「悪いようにはせん、黙って歩け」
「はいはーい。だそうですから、夢主さん、もう少し付き合ってあげましょう」
「あぁあの、はい、……」
沖田は人を怒らせる態度を取って笑っている。同意を求められて頷いてしまった夢主だが、斎藤の不機嫌な舌打ちが耳に届き、気まずさが絶頂を迎えた。斎藤の不機嫌を増す原因を作った沖田は、ご機嫌だから始末が悪い。
当人に見える筈もないが、夢主は斎藤の背中に向かって、そっと頭を下げた。
道中、沖田は度々夢主に話し掛けた。
夢主は斎藤から感じる気難しい空気が気になって、噛み合わない相槌を返すだけで精一杯、会話にはならなかった。
どれほど歩いたか、景色を見る余裕がない夢主には分からない。ひたすら斎藤の様子を窺いながら、後を追いかけた。ある角を曲がった所で、その追いかけっこは終わった。
「着いたぞ」
「えっ」
「おや」
斎藤の背後で、夢主はぶつかる勢いで立ち止まった。
目の前に迫った背中に心臓が高鳴る。衝突を免れた安堵と、間一髪だった危機感が入り混じり、夢主の心臓は跳ね上がった。
反射的に後退り、視界に余裕が生まれても、心臓の跳ね上がりは止まらない。
ところが、斎藤の背後から顔を覗かせて辺りを見ると、心の騒がしさは一気に失せた。夢主は息を呑んで、瞬きすら忘れた。
「桜……」
「早咲きの桜だな」
「わぁ……」
桜が立つのは一日中陽が当たり、傍に建つ白壁の照り返しを受ける場所。同じ町にありながら、他の木々より早く春を迎えた桜だった。
立ち尽くす夢主の頬は、喜びで緩んでいる。
沖田は「へぇ」と、もの言いたげな目で斎藤を見上げた。
何だと言い返したい斎藤だが、敢えて相手にせず、手を伸ばして袖を直すと腕を組み直した。
反動で広がった袖が沖田の顔を掠め、沖田は斎藤から離れざるを得なかった。
「これで気を済ませろ。屯所内で怪しい動きをするな」
驚きと嬉しさの余り呆然としていた夢主、指摘を受けて「あっ」と顔を曇らせた。すみませんと頭を下げると、斎藤の眉間に皺が寄る。
すると、沖田が音もなく夢主に近付いて囁いた。
「斎藤さん、謝って欲しいんじゃなくて喜んで欲しいんですよ、きっと。厭らしいですねぇ」
「聞こえているぞ」
えっ、と固まる夢主を余所に、沖田は「あははは」と高笑いを響かせ、斎藤はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
夢主はようやく全てを飲み込んだ。
庭で見せた、気の急いた行動を見抜かれていたのだ。
「あの、ありがとうございます。とても嬉しいです。その……どうして分かったんですか」
「斎藤さんはなかなか気付かなかったんですよ、鋭そうな顔して鈍いですよね~~」
「沖田さんっ」
夢主は、斎藤を揶揄う沖田を宥めつつ、怖々と斎藤を見上げた。
どうらやいつものコトらしく、斎藤はたいして気にしていない。ここまで不機嫌だったのは、どうしてか。今はすっかり不機嫌さが消えている。夢主は不思議に思うが、早くこの桜を見せたいと気持ちが逸っていたとは、当の斎藤も気付いていない。
夢主が素直な疑問を浮かべた目で見つめていると、斎藤は顔を戻して夢主を見下ろした。
「屯所に花びらが舞い込むまで待つ気でいたとは、お前もなかなか気が長いな」
「いえ、そろそろかなってお庭を見ていただけなんです」
本当は大好きな桜の季節を感じて、待ち侘びていた。花が咲いたら花見に行きたい。連れて行って欲しいが、隊務に忙しい皆に請えるわけもなく、ただ庭で季節のおこぼれを待っていたのだ。
まさか全部見抜かれたうえ、気が晴れるよう早咲き桜のもとへ連れて来てくれるなんて。
「本当に、ありがとうございます」
夢主は一礼をした後、意識の外で微笑んでいた。
ほのかに色づいた微笑みに、男達の息が刹那に詰まる。
沖田は声を潜ませ、斎藤に告げた。
「一番可愛いお花が咲きましたね」
「阿呆」
男二人、こそこそと和やかに話している。珍しい光景に、夢主は大きく首を傾げた。
そよそよと優しい風を感じた夢主は、桜に呼ばれた気がして、花々を見上げた。そよ風を受けて揺れる零れんばかりの桜の花々が、夢主に微笑みかけているようだった。