【幕】雨と貴方がくれたもの
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斎藤さんと二人で、珍しく屯所を忍び出ていた。いつも一緒の沖田さんもいない、二人きりのお散歩。
ちょっと恥ずかしくて、怒られないか心配で、そわそわしてしまう。
町に出てからも何度も振り返っていたら、斎藤さんがフフッと、はっきり聞こえる声で笑った。
「案ずるな、大丈夫だ」
「は、はい……」
いつものことだけど、心の内を見抜かれてしまった。ますます恥ずかしい。もしかして、密かに喜んでいることも見抜かれているのかな。
斎藤さんの顔をこっそり見ようとしたら、しっかり目が合ってしまった。
顔が一気に熱くなる。何でもありませんと勢いよく顔を逸らして、道沿いに並ぶ店に目を移した。
見ているだけでも楽しい品々が並んでいる。
あまりじっくり見ていたら、櫛を買ってくれた時のように斎藤さんが買ってしまいそうだから、物欲しそうにならないよう気をつけなくちゃ。
手に取ってみたい。触れて確かめて、他の品とも比べてみたい。
惹かれる気持ちを隠して、もう少し歩きませんかと誘ってみた。
店が並ぶ通りを外れて暫く歩くうち、何やら空気が変化を始めた。
町が暗く変わり、冷たい風が頬を撫でていく。空を見上げると、鈍色の雲が分厚く広がっている。ほどなくして、頬に大きな雫が落ちてきた。
「ひゃっ」
「雨か」
頬の次は瞼。驚いて目を瞑る。急に大きな雨粒が、次々と振り注いだ。
「走るぞ」
「あっ」
斎藤さんは私の肩を抱くように掴んで、雨を凌げる軒先まで導いてくれた。体を押されるように走った。そう、エスコートされているような、不思議な感覚だった。
強く激しい雨は通り雨か。
跳ね返る泥で汚れないよう、斎藤さんがさりげなく私を後ろに追いやる。
こんな時代の武人なのに、やることは本当に紳士としか言えなくて、照れくさくて頬が弛んでしまう。
お礼を言おうとした時、斎藤さんが雨に濡れた袖を絞った。
「まさに肘笠雨だな」
「ふふふっ」
「どうした」
突然の雨、肘を笠代わりにして雨を避け走ることから肘笠雨と言うらしい。
斎藤さんの袖はぐっしょりと濡れている。袖だけではなく、体も顔も、雨をたっぷり受けていた。
「いえ、武士は雨が降っても走らないと聞いたことがあったので、その」
「刀を持つ身で走ったのが面白かったか。悪かったな」
「いえ、違います、そうじゃなくてっ」
私の顔は、斎藤さんに比べて、ほとんど濡れていない。それは斎藤さんが袖で庇ってくれたから。
拗ねる素振りを見せる斎藤さんだけど、ニヤリとしているのが分かった。私を少し、揶揄いたいだけなんだ。
「ありがとうございます。その、庇って下さって」
「フン」
「風邪を引かれたら面倒ですもんね」
俺の台詞を取ったな。斎藤さんに睨まれて、あっと思ったけれど、斎藤さんはククッと笑った。
「その通りだ。何とかは風邪を引くと言うしな」
「何とか……さ、斎藤さん!」
「ハハッ、まぁお前なら大丈夫だろう。ほら、雨が弱まってきた」
本当に通り雨だった。
雨は一気に弱まって、雲の隙間から幾筋もの光芒が見える。
「綺麗……何だか、神々しいです」
「そうか。ま、いい情景だな」
神様は信じないんですよね、と聞きそうになって、口を噤んだ。余計な話は止めておこう。折角の美しい景色、斎藤さんと二人、静かに眺めていたい。
「雨がやんだらもう一度あの通りに戻るか」
「えっ」
「見たかったんだろう。ゆっくり見ればいい。俺に気を使うな」
やっぱり全部お見通し。
でも、と言いかけた時、斎藤さんがふっと表情を和らげた。
「楽しいんだろ、見ているだけ」
余計な気を回さずに楽しめと言ってくれた斎藤さん。
斎藤さんと二人だから楽しいって気持ちまで、見透かされているのかもしれない。
隠しても仕方ないんだったら、少しだけ……甘えてもいいですか。
こくんと頷くと、斎藤さんも大きく一度、頷き返してくれた。
雲が流れて光芒は消え、町全体に光が戻ってきた。
行くか、と言った斎藤さんの手が伸びて、私の頬に触れた。
「っ」
「すまん、濡れていたんでな」
頬についた雫を拭ってくれた手に驚いた私は、慌てて赤い顔で小刻みに頷いた。
歩き出した斎藤さんに遅れないよう歩き出す。
結局、斎藤さんは私を甘やかして、お店で可愛い手拭いとお菓子を買ってくれた。
手拭いは今濡れた体を拭くのに必要だろと斎藤さんが見つけた言い訳を理由にして、お菓子は屯所で待つ皆の分だと言って買ってくれた。
乾いた手拭いは懐に差し込んで、たくさんのお菓子は両手で抱える。
眩しいほどの雨上がりの光の中、私たちはいつもの場所へ戻って行った。
ちょっと恥ずかしくて、怒られないか心配で、そわそわしてしまう。
町に出てからも何度も振り返っていたら、斎藤さんがフフッと、はっきり聞こえる声で笑った。
「案ずるな、大丈夫だ」
「は、はい……」
いつものことだけど、心の内を見抜かれてしまった。ますます恥ずかしい。もしかして、密かに喜んでいることも見抜かれているのかな。
斎藤さんの顔をこっそり見ようとしたら、しっかり目が合ってしまった。
顔が一気に熱くなる。何でもありませんと勢いよく顔を逸らして、道沿いに並ぶ店に目を移した。
見ているだけでも楽しい品々が並んでいる。
あまりじっくり見ていたら、櫛を買ってくれた時のように斎藤さんが買ってしまいそうだから、物欲しそうにならないよう気をつけなくちゃ。
手に取ってみたい。触れて確かめて、他の品とも比べてみたい。
惹かれる気持ちを隠して、もう少し歩きませんかと誘ってみた。
店が並ぶ通りを外れて暫く歩くうち、何やら空気が変化を始めた。
町が暗く変わり、冷たい風が頬を撫でていく。空を見上げると、鈍色の雲が分厚く広がっている。ほどなくして、頬に大きな雫が落ちてきた。
「ひゃっ」
「雨か」
頬の次は瞼。驚いて目を瞑る。急に大きな雨粒が、次々と振り注いだ。
「走るぞ」
「あっ」
斎藤さんは私の肩を抱くように掴んで、雨を凌げる軒先まで導いてくれた。体を押されるように走った。そう、エスコートされているような、不思議な感覚だった。
強く激しい雨は通り雨か。
跳ね返る泥で汚れないよう、斎藤さんがさりげなく私を後ろに追いやる。
こんな時代の武人なのに、やることは本当に紳士としか言えなくて、照れくさくて頬が弛んでしまう。
お礼を言おうとした時、斎藤さんが雨に濡れた袖を絞った。
「まさに肘笠雨だな」
「ふふふっ」
「どうした」
突然の雨、肘を笠代わりにして雨を避け走ることから肘笠雨と言うらしい。
斎藤さんの袖はぐっしょりと濡れている。袖だけではなく、体も顔も、雨をたっぷり受けていた。
「いえ、武士は雨が降っても走らないと聞いたことがあったので、その」
「刀を持つ身で走ったのが面白かったか。悪かったな」
「いえ、違います、そうじゃなくてっ」
私の顔は、斎藤さんに比べて、ほとんど濡れていない。それは斎藤さんが袖で庇ってくれたから。
拗ねる素振りを見せる斎藤さんだけど、ニヤリとしているのが分かった。私を少し、揶揄いたいだけなんだ。
「ありがとうございます。その、庇って下さって」
「フン」
「風邪を引かれたら面倒ですもんね」
俺の台詞を取ったな。斎藤さんに睨まれて、あっと思ったけれど、斎藤さんはククッと笑った。
「その通りだ。何とかは風邪を引くと言うしな」
「何とか……さ、斎藤さん!」
「ハハッ、まぁお前なら大丈夫だろう。ほら、雨が弱まってきた」
本当に通り雨だった。
雨は一気に弱まって、雲の隙間から幾筋もの光芒が見える。
「綺麗……何だか、神々しいです」
「そうか。ま、いい情景だな」
神様は信じないんですよね、と聞きそうになって、口を噤んだ。余計な話は止めておこう。折角の美しい景色、斎藤さんと二人、静かに眺めていたい。
「雨がやんだらもう一度あの通りに戻るか」
「えっ」
「見たかったんだろう。ゆっくり見ればいい。俺に気を使うな」
やっぱり全部お見通し。
でも、と言いかけた時、斎藤さんがふっと表情を和らげた。
「楽しいんだろ、見ているだけ」
余計な気を回さずに楽しめと言ってくれた斎藤さん。
斎藤さんと二人だから楽しいって気持ちまで、見透かされているのかもしれない。
隠しても仕方ないんだったら、少しだけ……甘えてもいいですか。
こくんと頷くと、斎藤さんも大きく一度、頷き返してくれた。
雲が流れて光芒は消え、町全体に光が戻ってきた。
行くか、と言った斎藤さんの手が伸びて、私の頬に触れた。
「っ」
「すまん、濡れていたんでな」
頬についた雫を拭ってくれた手に驚いた私は、慌てて赤い顔で小刻みに頷いた。
歩き出した斎藤さんに遅れないよう歩き出す。
結局、斎藤さんは私を甘やかして、お店で可愛い手拭いとお菓子を買ってくれた。
手拭いは今濡れた体を拭くのに必要だろと斎藤さんが見つけた言い訳を理由にして、お菓子は屯所で待つ皆の分だと言って買ってくれた。
乾いた手拭いは懐に差し込んで、たくさんのお菓子は両手で抱える。
眩しいほどの雨上がりの光の中、私たちはいつもの場所へ戻って行った。