111.別れ、そして新時代へ
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「土方さんが……土方さんが!!夢に、出てきました……」
「そうですか……僕の夢にも、出てきました……」
「えっ……土方さんは……何て……」
「ははっ、お前はいつまでも呑気に笑っていろと、全く酷いですよね、最期まで……あの人は……」
「最期……」
「後は、頼んだ……って」
「総司さん……」
ふと夢主の布団に目を移す沖田は涙を堪えていた。
決して溢すまいと笑顔を湛えている。
「最期のお願いくらい聞いてあげようかな。夢主ちゃん、僕の代わりに泣いたっていいんですよ。土方さんが、俺の分まであいつを甘やかしてやれって……言ってましたから」
沖田の言葉に応じるように、夢主の大きな目からほろりと大粒の涙が流れ落ちた。
「それでいいんですよ、たくさん泣いてください、僕の分まで……僕は笑っています、いつもみたいに」
夢主が手で顔を覆って静かに涙を流し始めると、沖田はその姿に切なく微笑み、ふと障子の向こうの空を見上げた。
「蝦夷……か」
梅雨時の晴れ間、見事な五月晴れの朝だ。夜のうちに濡れたのか、湿った地面がきらきらと光り、草木の葉についた雫が光を反射している。
そのひとつがつるりと葉を伝い、きらりと光って地に落ちた。
……近藤さんの報せの空と同じだ、あの日と同じ……雲ひとつ無い高い空……
「いつか、土方さんに会いに行きましょうね」
「……はいっ……」
夢主は涙声で静かに応えた。
土方の死後間もなく、戊辰戦争は終わりを迎えた。
やがて斎藤一も土方歳三の死を知る事となる。
「土方さん……」
会津の山の向こうの北の空を見上げ、斎藤が気を許し尊敬出来た、かけがえの無い男の死を悼んだ。
それから二ヵ月後の明治二年七月、様々な改革が行われた。
その後に続く勅命や政変で多くの者の人生が変えられてしまった。
政府官制の改革では大蔵省や外務省などが設置され、蝦夷には開拓使が置かれその名を北海道と改めた。
版籍奉還では諸藩の領地と領民が天皇の元へ返された。
それから数年に渡り次々と発せられる新たな力、民に正しく伝わらず誤解を生み怖ろしい事件も生まれた。
既に出されていた神仏分離令を加速させる明治三年の大教宣布では、神道を国教とせよとの内容で廃仏毀釈運動が進められた。
謂れの無い罪を着せられて村を追われた者や、迫害を受け殺された者もいた。ある村では親を失った幼子達が、無残にも焼き殺されてしまった。
更に明治四年の廃藩置県、明治九年の廃刀令、時代は大きな力で人々に変わることを強いた。
ある者は味方だった者達の手で、最早必要無しとされ、時代から強制的に消されようとしていた。ご丁寧に油を掛けて火まで放たれて。
斎藤の見上げる空が冷たい北風吹き荒ぶものに変わったのは、土方が戦場で倒れた年の冬のこと。
会津から斗南へと名を変え、旧会津藩士達と移住したその地は、強い寒風が支配し、ごろごろと石が転がる土地だった。
豊かな実りなど期待出来ない不毛の地だと、農耕に疎い斎藤にでも感じられた。
「藤田殿」
「……倉沢様」
斎藤を呼び止めたのは時尾の養父、旧幹部藩士として会津の民に先立ち斗南に赴任していた。
「お主、いつまでこの地におるつもりだ」
「いつ……それはこの地が落ち着くまでと」
「我々の移住は済んだ。春になれば残る者達もこの地へやってくる。もうお主の助けは不要だ」
「しかし、満足に動ける男が何人いるか」
「えぇい、斗南の地を確認したらすぐに東京へ向かうという約束であろう!いつまでのんびりしておるつもりか!」
倉沢の剣幕に言葉を飲み込むしかなかった。無理を押してついて来たのは斎藤だ。
容保は東京で蟄居し、旧藩幹部達の移住は無事に済んだ。容保のいる東京へ行く、それも斎藤がこの地を去る充分な理由に出来るだろう。
「お主の女、どこぞの男に取られても良いのか!お主が魂を掛ける程の女、男共が放っておくものか!手遅れになっても知らぬぞ!それこそ元新選組三番隊組長の名が泣くというもの!」
……取られるものか、例え取られたとしても取り返してやる……それにあいつはそう簡単に揺らぐ女ではない……
斎藤は立場の高い相手に対し強く睨み付けた。
「この状態では餓えて多くの者が命を落とします。次の冬が訪れた時、せっかく戊辰を生き延びた会津の人々が命を落とす。見過ごせません」
「お主がさほど優しい男とは知らなんだ……」
「いえ、これは優しさではありません」
「優しさではない……か。だが良いことだ。こちらの事は心配要らぬ、さっさと東京へ行け!!これは命令だ!!私のではない、容保様からの命令だ!!……幸せにしてやるんだな」
「そうですか……僕の夢にも、出てきました……」
「えっ……土方さんは……何て……」
「ははっ、お前はいつまでも呑気に笑っていろと、全く酷いですよね、最期まで……あの人は……」
「最期……」
「後は、頼んだ……って」
「総司さん……」
ふと夢主の布団に目を移す沖田は涙を堪えていた。
決して溢すまいと笑顔を湛えている。
「最期のお願いくらい聞いてあげようかな。夢主ちゃん、僕の代わりに泣いたっていいんですよ。土方さんが、俺の分まであいつを甘やかしてやれって……言ってましたから」
沖田の言葉に応じるように、夢主の大きな目からほろりと大粒の涙が流れ落ちた。
「それでいいんですよ、たくさん泣いてください、僕の分まで……僕は笑っています、いつもみたいに」
夢主が手で顔を覆って静かに涙を流し始めると、沖田はその姿に切なく微笑み、ふと障子の向こうの空を見上げた。
「蝦夷……か」
梅雨時の晴れ間、見事な五月晴れの朝だ。夜のうちに濡れたのか、湿った地面がきらきらと光り、草木の葉についた雫が光を反射している。
そのひとつがつるりと葉を伝い、きらりと光って地に落ちた。
……近藤さんの報せの空と同じだ、あの日と同じ……雲ひとつ無い高い空……
「いつか、土方さんに会いに行きましょうね」
「……はいっ……」
夢主は涙声で静かに応えた。
土方の死後間もなく、戊辰戦争は終わりを迎えた。
やがて斎藤一も土方歳三の死を知る事となる。
「土方さん……」
会津の山の向こうの北の空を見上げ、斎藤が気を許し尊敬出来た、かけがえの無い男の死を悼んだ。
それから二ヵ月後の明治二年七月、様々な改革が行われた。
その後に続く勅命や政変で多くの者の人生が変えられてしまった。
政府官制の改革では大蔵省や外務省などが設置され、蝦夷には開拓使が置かれその名を北海道と改めた。
版籍奉還では諸藩の領地と領民が天皇の元へ返された。
それから数年に渡り次々と発せられる新たな力、民に正しく伝わらず誤解を生み怖ろしい事件も生まれた。
既に出されていた神仏分離令を加速させる明治三年の大教宣布では、神道を国教とせよとの内容で廃仏毀釈運動が進められた。
謂れの無い罪を着せられて村を追われた者や、迫害を受け殺された者もいた。ある村では親を失った幼子達が、無残にも焼き殺されてしまった。
更に明治四年の廃藩置県、明治九年の廃刀令、時代は大きな力で人々に変わることを強いた。
ある者は味方だった者達の手で、最早必要無しとされ、時代から強制的に消されようとしていた。ご丁寧に油を掛けて火まで放たれて。
斎藤の見上げる空が冷たい北風吹き荒ぶものに変わったのは、土方が戦場で倒れた年の冬のこと。
会津から斗南へと名を変え、旧会津藩士達と移住したその地は、強い寒風が支配し、ごろごろと石が転がる土地だった。
豊かな実りなど期待出来ない不毛の地だと、農耕に疎い斎藤にでも感じられた。
「藤田殿」
「……倉沢様」
斎藤を呼び止めたのは時尾の養父、旧幹部藩士として会津の民に先立ち斗南に赴任していた。
「お主、いつまでこの地におるつもりだ」
「いつ……それはこの地が落ち着くまでと」
「我々の移住は済んだ。春になれば残る者達もこの地へやってくる。もうお主の助けは不要だ」
「しかし、満足に動ける男が何人いるか」
「えぇい、斗南の地を確認したらすぐに東京へ向かうという約束であろう!いつまでのんびりしておるつもりか!」
倉沢の剣幕に言葉を飲み込むしかなかった。無理を押してついて来たのは斎藤だ。
容保は東京で蟄居し、旧藩幹部達の移住は無事に済んだ。容保のいる東京へ行く、それも斎藤がこの地を去る充分な理由に出来るだろう。
「お主の女、どこぞの男に取られても良いのか!お主が魂を掛ける程の女、男共が放っておくものか!手遅れになっても知らぬぞ!それこそ元新選組三番隊組長の名が泣くというもの!」
……取られるものか、例え取られたとしても取り返してやる……それにあいつはそう簡単に揺らぐ女ではない……
斎藤は立場の高い相手に対し強く睨み付けた。
「この状態では餓えて多くの者が命を落とします。次の冬が訪れた時、せっかく戊辰を生き延びた会津の人々が命を落とす。見過ごせません」
「お主がさほど優しい男とは知らなんだ……」
「いえ、これは優しさではありません」
「優しさではない……か。だが良いことだ。こちらの事は心配要らぬ、さっさと東京へ行け!!これは命令だ!!私のではない、容保様からの命令だ!!……幸せにしてやるんだな」