108.闇に消える狼
夢主名前設定
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戦場にならずに済んだ江戸の町。
辿り着いた目的地一体も、戦の影響は見られず立派な家々が残っていた。
「わぁ……あの、ここは……立派なお家が一杯」
「この辺りは確か会津藩主の所有地ですよ」
「えっ」
「斎藤さんに聞いたことがありますから、間違いありません」
「そんな……」
「まぁ、ここは無理でも、ひとまずどこかに長屋でも探しましょう。そこの大家さんに話を聞けば、どこかいい場所を教えてもらえるかもしれない」
「そうですね……」
斎藤の為の家をと期待していた夢主は肩をがっくりさせて落ち込んだ。
見事な武家屋敷は、例え人が住んでいなくとも到底借り受けや、ましてや買い取るなど不可能だ。
記憶にある家は会津の容保公から譲られた土地なのだろうか……夢主は考えながらとぼとぼと歩き出した。
沖田の判断で立派な建物の並びから外れ、庶民が暮らす町を目指した。
植木屋を出て落ち着ける場所を探し、夢主が斎藤を待つ家を見つけ、その付近に自分の道場を、沖田はそう考えていた。
先程の会津の所有地から一旦南に下がり浅草に向かい歩いていくと、区画は段々と細かくなり、建ち並ぶ家々も庶民的な物に変わってきた。
この辺りなら望みがありそうだと首を忙しく動かしながら歩いていると、古びた道場が目に飛びこんできた。
門に近付くが看板が掛かっておらず、中の様子はがらんとして人の気配が無い。
「誰もいないのかな……」
「何か用かね」
二人が中を覗いていると不意に掛けられた声に驚き、慌てて不審な者ではないと釈明した。
「すみませんっ、つい……この辺りは初めてなもので……」
「この道場は使われていないんですか」
「そうさねぇ……道場主の先生が京に出たまんま、師範代も後を追いかけて結局戻らず。兄弟子達が踏ん張っていたんだけれども、怪しげな道場破りに看板を持っていかれちまってね、それ以来誰も寄り付かなくなっちまったのさ」
「お婆さんは……その……」
「あたしゃ丁度この辺りの掃除をしとったんだが、見かけん二人が道場を覗いてるもんだから気になってね」
「すみません……」
「道場の主は行方不明なんですね……」
「たまぁに掃除はするんだけどもね、誰も来ないし……」
「持ち主がいなくてはお話も出来ませんね……」
「あんたら道場に用かね」
「はい、実はっ」
「夢主ちゃんっ、あの……僕剣術が好きで。少し中で稽古をしてもいいですか、病を患いまして随分と寝ていたもので体が鈍ってしまって」
道場の件を切り出そうとするが、夢主を制し沖田が話を続けた。
「あぁ、そりゃあ構わんだろうよ、ここの主はあたしの弟だからね」
「えっ、お姉さんなんですか!」
「そうさ、だから手入れをしてたまぁに覗きに来てるんだよ」
二人は驚いた顔を見合わせた。
主のいない道場……沖田は好意に甘え古びた道場に足を踏み入れ、顔を隠していた衿巻きを外した。
磨かれた床と違い、暫く使われていない床はくすんでいる。
しかし、しっかりした造りで立派な板が張られていた。
「竹刀じゃないんですね……」
「あっ?あたしゃ詳しくないからわからんがね、弟はいつもその木の刀を使っていたねぇ」
「そうですか……」
沖田は嬉しそうに置かれていた古い木刀を手に取った。
ずしりと重たい木刀、懐かしい感覚がする。初めて触れる物なのに、手の中に馴染み吸い付いてきた。
すっと利き足を引いて構えを取り、素振りを始める。心地よい風切り音が小気味良く続いた。
「ほぉ……こりゃぁまあ……」
始まった沖田の一人稽古に、夢主も道場主の姉の老女も惹きつけられ、息を呑んで眺めた。
素振りはやがて舞のような型稽古へ移っていく。
「見事だねぇ……弟に見劣りしないよ、あんた。どこの道場にいたんだい、相当な腕前だろう、よく分からないあたしにだって違いが分かるくらい凄いじゃないかい」
「ははっ……あちこちをふらふらと歩きまして、どこの流派とも言えないのですが」
沖田は斎藤の剣の道を借りて説明した。
ここで試衛館と口にすれば素性がばれてしまうかもしれない。
「また稽古にお借りしてもいいでしょうか」
「あぁ勿論だとも、この道場だって使って貰ったほうが嬉しいだろうさ」
裏表の無い笑顔を見せる老女に沖田は頭を下げた。
「僕は井上総司と申します。名乗りが遅れました。実は妹と二人、住む所を探しているんです」
「妹さんかね、随分と別嬪のいい嫁さんを連れているもんだと思ったら」
「あは……あの、夢主と申します。宜しくお願いいたします」
「家ねぇ……長屋が幾つか空いてるけどねぇ、みんな江戸から逃げ出して、いかんね」
老女は首を振り、自分の長屋も空きが出て困ると仕草で応えた。
辿り着いた目的地一体も、戦の影響は見られず立派な家々が残っていた。
「わぁ……あの、ここは……立派なお家が一杯」
「この辺りは確か会津藩主の所有地ですよ」
「えっ」
「斎藤さんに聞いたことがありますから、間違いありません」
「そんな……」
「まぁ、ここは無理でも、ひとまずどこかに長屋でも探しましょう。そこの大家さんに話を聞けば、どこかいい場所を教えてもらえるかもしれない」
「そうですね……」
斎藤の為の家をと期待していた夢主は肩をがっくりさせて落ち込んだ。
見事な武家屋敷は、例え人が住んでいなくとも到底借り受けや、ましてや買い取るなど不可能だ。
記憶にある家は会津の容保公から譲られた土地なのだろうか……夢主は考えながらとぼとぼと歩き出した。
沖田の判断で立派な建物の並びから外れ、庶民が暮らす町を目指した。
植木屋を出て落ち着ける場所を探し、夢主が斎藤を待つ家を見つけ、その付近に自分の道場を、沖田はそう考えていた。
先程の会津の所有地から一旦南に下がり浅草に向かい歩いていくと、区画は段々と細かくなり、建ち並ぶ家々も庶民的な物に変わってきた。
この辺りなら望みがありそうだと首を忙しく動かしながら歩いていると、古びた道場が目に飛びこんできた。
門に近付くが看板が掛かっておらず、中の様子はがらんとして人の気配が無い。
「誰もいないのかな……」
「何か用かね」
二人が中を覗いていると不意に掛けられた声に驚き、慌てて不審な者ではないと釈明した。
「すみませんっ、つい……この辺りは初めてなもので……」
「この道場は使われていないんですか」
「そうさねぇ……道場主の先生が京に出たまんま、師範代も後を追いかけて結局戻らず。兄弟子達が踏ん張っていたんだけれども、怪しげな道場破りに看板を持っていかれちまってね、それ以来誰も寄り付かなくなっちまったのさ」
「お婆さんは……その……」
「あたしゃ丁度この辺りの掃除をしとったんだが、見かけん二人が道場を覗いてるもんだから気になってね」
「すみません……」
「道場の主は行方不明なんですね……」
「たまぁに掃除はするんだけどもね、誰も来ないし……」
「持ち主がいなくてはお話も出来ませんね……」
「あんたら道場に用かね」
「はい、実はっ」
「夢主ちゃんっ、あの……僕剣術が好きで。少し中で稽古をしてもいいですか、病を患いまして随分と寝ていたもので体が鈍ってしまって」
道場の件を切り出そうとするが、夢主を制し沖田が話を続けた。
「あぁ、そりゃあ構わんだろうよ、ここの主はあたしの弟だからね」
「えっ、お姉さんなんですか!」
「そうさ、だから手入れをしてたまぁに覗きに来てるんだよ」
二人は驚いた顔を見合わせた。
主のいない道場……沖田は好意に甘え古びた道場に足を踏み入れ、顔を隠していた衿巻きを外した。
磨かれた床と違い、暫く使われていない床はくすんでいる。
しかし、しっかりした造りで立派な板が張られていた。
「竹刀じゃないんですね……」
「あっ?あたしゃ詳しくないからわからんがね、弟はいつもその木の刀を使っていたねぇ」
「そうですか……」
沖田は嬉しそうに置かれていた古い木刀を手に取った。
ずしりと重たい木刀、懐かしい感覚がする。初めて触れる物なのに、手の中に馴染み吸い付いてきた。
すっと利き足を引いて構えを取り、素振りを始める。心地よい風切り音が小気味良く続いた。
「ほぉ……こりゃぁまあ……」
始まった沖田の一人稽古に、夢主も道場主の姉の老女も惹きつけられ、息を呑んで眺めた。
素振りはやがて舞のような型稽古へ移っていく。
「見事だねぇ……弟に見劣りしないよ、あんた。どこの道場にいたんだい、相当な腕前だろう、よく分からないあたしにだって違いが分かるくらい凄いじゃないかい」
「ははっ……あちこちをふらふらと歩きまして、どこの流派とも言えないのですが」
沖田は斎藤の剣の道を借りて説明した。
ここで試衛館と口にすれば素性がばれてしまうかもしれない。
「また稽古にお借りしてもいいでしょうか」
「あぁ勿論だとも、この道場だって使って貰ったほうが嬉しいだろうさ」
裏表の無い笑顔を見せる老女に沖田は頭を下げた。
「僕は井上総司と申します。名乗りが遅れました。実は妹と二人、住む所を探しているんです」
「妹さんかね、随分と別嬪のいい嫁さんを連れているもんだと思ったら」
「あは……あの、夢主と申します。宜しくお願いいたします」
「家ねぇ……長屋が幾つか空いてるけどねぇ、みんな江戸から逃げ出して、いかんね」
老女は首を振り、自分の長屋も空きが出て困ると仕草で応えた。