108.闇に消える狼
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城から宿へ戻るが、白河への出陣を明日に控えて落ち着かない気分だ。座っていられない。
このまま何もせずに明日は迎えられないと、隊士を数名連れて市中を見廻ることにした。
日が傾き始め、みな家路を急ぐ。不審な輩がいれば京で鍛えた勘が働くだろう。
同じく見廻りをする会津藩士に出くわすと、互いに小さく頭を下げ労いすれ違った。
町外れまで足を伸ばすが、官軍の斥候らしき怪しい影は見えない。
「何も無いな。戻るか」
隊士達に告げ、来た道とは違う経路で戻ろうと斜陽に向かって進むと、小さな社で手を合わせる女が見えた。
夕暮れ時の陽が作る長い影のせいか、小柄な姿がより小さく見える。
「こんな時間にこんな外れで……どう致しましょう」
「やれやれ面倒な女だ、放ってはおけまい」
大きく息を吐いて近寄ると複数の足音に気付いたのか、女は怯えた顔で振り向いた。
「はっ……山口様……」
「確かお前は」
「先程城でお会い致しました、高木時尾です。先程はご無礼を……」
見知った顔にほっと安堵したのか、顔から恐怖の色が消え、城での非礼を詫びるように頭を下げた。
先程の印象とは正反対だ。
「山口先生……」
どうしますかと耳に顔を寄せる隊士に、斎藤は「構わん、先に行け」と隊士達を先に宿へ戻らせた。
「あの……」
「こんな所でこんな時間に何をしている。敵と通じていると疑われても仕方が無いぞ。それに襲われても文句は言えまい」
「そっ、そんな道理が通りましょうか!」
大人しく振舞っていた時尾だが斎藤の言葉をきっかけに昼間の威勢を取り戻した。
「ククッ、昼間の女と同一人物のようだな、人違いでは無さそうだ」
「何て失礼なお方」
「心配して声を掛けてやったんだ。感謝されても文句を言われる筋合いは無い」
「……奉公を終えてからお参りをしに来たらこんな時間になってしまったんです。仕方がありませんでしょう」
「ほぅ……何を拝んでいた」
「貴方様には関係無いことです」
「……そうか」
親切も無用だったかと時尾に背を向け再び斜陽に向かい歩き出そうとすると、背後で小さな声が聞こえた。
「戦が……早く終わりますようにと……」
ゆっくり振り返ると、先程の勢いは再び影を潜め、夕陽に染まった顔で切なげに俯いていた。
「戦は嫌いか」
「嫌いです。大嫌いです。好きな人などいるものですか」
言うてはならない言葉、分かった上での発言。
時尾は不満を眼差しに乗せて斎藤にぶつけた。
「そうか……刀でぶつかり合う戦は、俺は嫌いじゃないがな」
俯いたまま恨めしそうに上目で睨む時尾に、斎藤は取り繕うよう話を続けた。
「ま、だが銃や大砲に支配された戦はごめんだな」
「……父は禁門の変で命を落としました。戦なんて、大嫌いです」
「そうか。そいつはすまない事を言っちまったな」
「……貴方は新選組のお方と聞きました。貴方がたは……何をしていたのですか。禁門の変で……最も強い剣客集団と言われていた貴方がたは、何をしたというのですか!」
斎藤は時尾の言いたいことがよく分かった。
突きつけられる言葉は事実で、何をしたかと問われると、胸に拳を打ち込まれる気分だ。
「何もしていない。お前の言いたいことは……その通りさ。俺達の動きが悪かったせいでお前の父が死んだというのなら……」
時尾は泣くものかと歯を食いしばり顔を上げている。
怒りと悲しみに満ちた昂ぶった感情で、凜と背を伸ばした体は小さく震えていた。
「俺を殴れ。それで気が済むならば俺を殺せと言いたい所だがな、悪いがそれはさせられん」
「馬鹿にしないでください!暴力など、嫌いなのです!」
時尾は涙を見られまいと顔を逸らして、斎藤の横を一気に駆け抜けた。
「……すまなかった」
「っ……」
今度は斎藤が時尾の背に声を掛けた。
立ち止まった時尾だが振り向くことは出来無かった。
「……誰のせいでも無い……それくらい……存じております」
そのまま走り出した時尾を放っておけまいと、斎藤は後を追った。
夕明かりの中、斎藤から逃げるように小走りで家路を急ぐ時尾に離れて付き添い、家まで送り届けた。
時尾は社を出てから一度も振り向かず、二人は言葉を交わすこと無く別れた。
社を出る時、石畳に時尾が落とした雫で濡れた痕を目にした斎藤は、複雑な思いで時尾が姿を消した武家屋敷を見つめた。
翌日、斎藤は白河へ向け出陣した。
このまま何もせずに明日は迎えられないと、隊士を数名連れて市中を見廻ることにした。
日が傾き始め、みな家路を急ぐ。不審な輩がいれば京で鍛えた勘が働くだろう。
同じく見廻りをする会津藩士に出くわすと、互いに小さく頭を下げ労いすれ違った。
町外れまで足を伸ばすが、官軍の斥候らしき怪しい影は見えない。
「何も無いな。戻るか」
隊士達に告げ、来た道とは違う経路で戻ろうと斜陽に向かって進むと、小さな社で手を合わせる女が見えた。
夕暮れ時の陽が作る長い影のせいか、小柄な姿がより小さく見える。
「こんな時間にこんな外れで……どう致しましょう」
「やれやれ面倒な女だ、放ってはおけまい」
大きく息を吐いて近寄ると複数の足音に気付いたのか、女は怯えた顔で振り向いた。
「はっ……山口様……」
「確かお前は」
「先程城でお会い致しました、高木時尾です。先程はご無礼を……」
見知った顔にほっと安堵したのか、顔から恐怖の色が消え、城での非礼を詫びるように頭を下げた。
先程の印象とは正反対だ。
「山口先生……」
どうしますかと耳に顔を寄せる隊士に、斎藤は「構わん、先に行け」と隊士達を先に宿へ戻らせた。
「あの……」
「こんな所でこんな時間に何をしている。敵と通じていると疑われても仕方が無いぞ。それに襲われても文句は言えまい」
「そっ、そんな道理が通りましょうか!」
大人しく振舞っていた時尾だが斎藤の言葉をきっかけに昼間の威勢を取り戻した。
「ククッ、昼間の女と同一人物のようだな、人違いでは無さそうだ」
「何て失礼なお方」
「心配して声を掛けてやったんだ。感謝されても文句を言われる筋合いは無い」
「……奉公を終えてからお参りをしに来たらこんな時間になってしまったんです。仕方がありませんでしょう」
「ほぅ……何を拝んでいた」
「貴方様には関係無いことです」
「……そうか」
親切も無用だったかと時尾に背を向け再び斜陽に向かい歩き出そうとすると、背後で小さな声が聞こえた。
「戦が……早く終わりますようにと……」
ゆっくり振り返ると、先程の勢いは再び影を潜め、夕陽に染まった顔で切なげに俯いていた。
「戦は嫌いか」
「嫌いです。大嫌いです。好きな人などいるものですか」
言うてはならない言葉、分かった上での発言。
時尾は不満を眼差しに乗せて斎藤にぶつけた。
「そうか……刀でぶつかり合う戦は、俺は嫌いじゃないがな」
俯いたまま恨めしそうに上目で睨む時尾に、斎藤は取り繕うよう話を続けた。
「ま、だが銃や大砲に支配された戦はごめんだな」
「……父は禁門の変で命を落としました。戦なんて、大嫌いです」
「そうか。そいつはすまない事を言っちまったな」
「……貴方は新選組のお方と聞きました。貴方がたは……何をしていたのですか。禁門の変で……最も強い剣客集団と言われていた貴方がたは、何をしたというのですか!」
斎藤は時尾の言いたいことがよく分かった。
突きつけられる言葉は事実で、何をしたかと問われると、胸に拳を打ち込まれる気分だ。
「何もしていない。お前の言いたいことは……その通りさ。俺達の動きが悪かったせいでお前の父が死んだというのなら……」
時尾は泣くものかと歯を食いしばり顔を上げている。
怒りと悲しみに満ちた昂ぶった感情で、凜と背を伸ばした体は小さく震えていた。
「俺を殴れ。それで気が済むならば俺を殺せと言いたい所だがな、悪いがそれはさせられん」
「馬鹿にしないでください!暴力など、嫌いなのです!」
時尾は涙を見られまいと顔を逸らして、斎藤の横を一気に駆け抜けた。
「……すまなかった」
「っ……」
今度は斎藤が時尾の背に声を掛けた。
立ち止まった時尾だが振り向くことは出来無かった。
「……誰のせいでも無い……それくらい……存じております」
そのまま走り出した時尾を放っておけまいと、斎藤は後を追った。
夕明かりの中、斎藤から逃げるように小走りで家路を急ぐ時尾に離れて付き添い、家まで送り届けた。
時尾は社を出てから一度も振り向かず、二人は言葉を交わすこと無く別れた。
社を出る時、石畳に時尾が落とした雫で濡れた痕を目にした斎藤は、複雑な思いで時尾が姿を消した武家屋敷を見つめた。
翌日、斎藤は白河へ向け出陣した。