106.冷たい船の燭

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主人公の女の子

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主人公の女の子

「でも……すぐに止めましたよ……だって、とても私が入り込む余地は無かったから……あぁ……ふたりの時を邪魔しては……いけないんだと……すぐに気付いたんです……」

「山崎さん……」

「貴女にこうして……ここで出会えて本当に良かった……そばにいてくれるだけで……不思議です、どうしてこうも心地好いものか……夢主さん……」

「山崎さん……少しお休みになりますか」

沢山話をして疲れたのだろうか、山崎は重たい瞼と戦っているようだった。

「そうですね……ここらで……休みましょうか……ほな……おやすみぃ……夢主さん……」

「はい……山崎さん」

お休みなさい……夢主が言葉を返すと穏やかに微笑んで山崎は目を閉じた。

静かに深い眠りに付いた。そう思った。
だが、夢主の手の間に挟まっていた山崎の手が突然ずしりと重くなり、握り返しても全く反応を示さなくなった。

初めは眠りに落ちた故だと思ったが、先程まで苦しそうに動いていた胸が静かに止まっている。

「うそ……」

夢主は震える手で山崎の首筋に触れた。
首の頸動脈の大きな鼓動は、医療の知識がない夢主にも簡単に感じられる命の証だ。
山崎の首筋に反応は全く無かった。触れた夢主の指先に伝わってくるものは何も無かったのだ。

「山崎……さん、山崎さん!!山崎さん!!」

夢主の叫び声に、沖田が重い扉を蹴破る勢いで入ってきた。
斎藤は動かず、意識だけを船室に向けた。
すぐにでも共に飛び込み、混乱する夢主を腕に抱き気持ちを静めてやりたい。

……今はその時では……

先刻までは騒音の中を探しても分からなかった声が、今は悲しいほど耳をつんざく。
ようやく聞こえた声は、楽しそうに笑い合っていたではないか。
ほんの僅かな時で、これだけ変わってしまうものか。
扉の陰で斎藤は必死に己を落ち着かせ、握った拳が震えぬよう抑えていた。

「沖田さん、山崎さんが!!山崎さんが!!」

「落ち着いて、夢主ちゃん大丈夫、今、人を呼んできますから」

落ち着いてと言いきかせる沖田自身の心臓も、飛び出そうなほど激しく動いていた。
近しい者の死なら既に何度も経験している。井上の死だってそうだ、つい先日その死を知ったが取り乱しはしなかった。

だが目の前で苦楽を共にした仲間が命を燃やし尽くした瞬間に立会い、沖田は動揺していた。
夢主につられて涙が溢れ出そうになっていた。自分が泣いては夢主がもっと悲しんでしまう。周りの者にも示しが付かない。
沖田は一度だけ目元を拭うと必死に涙を堪えて声を張った。

「大丈夫です!今、人を呼んできます。夢主ちゃんはここで……山崎さんの傍にいてあげてください」

……僕には分かりましたよ……山崎さんも……夢主ちゃんに助けられていたんだ。大事な存在になって……いたんですね……

山崎が最期に過ごしたこの僅かな時間が、彼にとって最良の思い出となっただろう。
幸せそうな笑い声、沖田にはそれが理解できた。

……だからもう少しだけ、その幸せな時を過ごしてください……

沖田は心の中で静かに横たわる山崎に語りかけ、部屋を出た。
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