106.冷たい船の燭
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目を移せば山崎の弱々しい笑顔、きっと長くは無いのだろう。
自分は付き添えないがせめて見知ったお前らが傍にいてやってくれと、土方の心遣いだった。
「歴史上、肺を病んだお前も船に乗っていたとはな」
「僕もつい先日知ったばかりでして」
「すみません、私も気が回らなくて……」
「構わねぇよ。だが別に船に乗る必要は無かっただろう。それより何で京を出るのがこんなに遅れた」
「それこそ理由がありましてね、ちょっとある人に稽古を付けてもらっていたんです」
「稽古、お前がなぁ」
「えぇ、楽しかったですよ」
「そいつはまた結構なことで。こんな時に呑気だな、こっちは散々だったぞ。……源さんが……」
夢主を守る為に腕を磨き技を身に付けた、とは言え沖田が比古との鍛錬に熱中していたのは事実だった。
「すみません……」
……源さん……
沖田はもういない井上を思い浮かべた。
……あの温かい声もくしゃくしゃの笑顔も見られないのか……
目を伏せるが思い出したように土方に訊ねた。
「近藤さんは……」
「大丈夫だ。俺と同じ部屋にいる」
「そうですか……」
「あの総司さん……私は大丈夫ですから、行って来てください」
「いえ……」
夢主の傍を離れない、その思いが強いのか、沖田はにこやかに首を振った。
「土方さん、近藤さんに伝えてください。総司はぴんぴんしていると!」
「ははっ……」
か細い笑い声を漏らしたのは部屋の奥で横たわる山崎だった。
「すみません……沖田先生は相変わらずだなと思いまして……お元気そうで何よりです……」
「山崎さん……土方さん、伝言お願いしますよ!」
「あぁ、わかった。山崎、また後で顔を出す」
土方は山崎に声を掛けると、次に夢主に言うべきかどうか、顔に迷いを浮かべて眉根を寄せた。
「夢主……斎藤はこの船にはいない」
「はい、知っています。斎藤さんは永倉さん達と昨日大坂を経たれたんですよね」
「その通りだ……残念だったな」
「いえ、良かったです。せっかく気持ちに区切りをつけたので……変に顔を見ちゃったらまた……」
「そうか」
迷いを生むくらいならこのまま戦いが終わるまで互いの道を貫くべきだと、自らに言い聞かせた。
「それから夢主、この船は俺達新選組だけじゃない。怪我をしているとは言えそこら中に知らない男が転がっている。落ち込んでる奴らはまだいいが、寝床も充分じゃなく苛立ったり気が立ったり荒れている者もいる。必要以外出歩くな、用がある時は総司に付き添ってもらえ」
「わかりました」
「じゃあな」
ちょっと出かける、親しい者に向けるそんな軽い挨拶のように一言残して土方は部屋を出た。
扉が閉じると二人は改めて部屋を見回した。出航を控えた船は、独特の振動と低音が重く響き体に伝わってくる。
決して広くない船室に横たわる山崎。
部屋を照らす灯りは力強くとも室内全てを照らすには力及ばず、薄暗さを演出するように儚く照らしている。
ただ橙色の優しさが部屋の空気を和らげていた。
二人が山崎に近付くと回復に努めようとする体の要求か、先程まで開いていた目を閉じて静かに寝息を立てていた。
そんな寝顔を見守るようにそっと傍に腰を下ろし、船が動くのを待った。
土方は部屋を出ると、近藤が休んでいる自室へ向かった。この船の中で個室をあてがわれている者は少ない。
怪我をした近藤を目の届く場所へと、嫌がる近藤を説得し同室に迎えたのだ。
自分は付き添えないがせめて見知ったお前らが傍にいてやってくれと、土方の心遣いだった。
「歴史上、肺を病んだお前も船に乗っていたとはな」
「僕もつい先日知ったばかりでして」
「すみません、私も気が回らなくて……」
「構わねぇよ。だが別に船に乗る必要は無かっただろう。それより何で京を出るのがこんなに遅れた」
「それこそ理由がありましてね、ちょっとある人に稽古を付けてもらっていたんです」
「稽古、お前がなぁ」
「えぇ、楽しかったですよ」
「そいつはまた結構なことで。こんな時に呑気だな、こっちは散々だったぞ。……源さんが……」
夢主を守る為に腕を磨き技を身に付けた、とは言え沖田が比古との鍛錬に熱中していたのは事実だった。
「すみません……」
……源さん……
沖田はもういない井上を思い浮かべた。
……あの温かい声もくしゃくしゃの笑顔も見られないのか……
目を伏せるが思い出したように土方に訊ねた。
「近藤さんは……」
「大丈夫だ。俺と同じ部屋にいる」
「そうですか……」
「あの総司さん……私は大丈夫ですから、行って来てください」
「いえ……」
夢主の傍を離れない、その思いが強いのか、沖田はにこやかに首を振った。
「土方さん、近藤さんに伝えてください。総司はぴんぴんしていると!」
「ははっ……」
か細い笑い声を漏らしたのは部屋の奥で横たわる山崎だった。
「すみません……沖田先生は相変わらずだなと思いまして……お元気そうで何よりです……」
「山崎さん……土方さん、伝言お願いしますよ!」
「あぁ、わかった。山崎、また後で顔を出す」
土方は山崎に声を掛けると、次に夢主に言うべきかどうか、顔に迷いを浮かべて眉根を寄せた。
「夢主……斎藤はこの船にはいない」
「はい、知っています。斎藤さんは永倉さん達と昨日大坂を経たれたんですよね」
「その通りだ……残念だったな」
「いえ、良かったです。せっかく気持ちに区切りをつけたので……変に顔を見ちゃったらまた……」
「そうか」
迷いを生むくらいならこのまま戦いが終わるまで互いの道を貫くべきだと、自らに言い聞かせた。
「それから夢主、この船は俺達新選組だけじゃない。怪我をしているとは言えそこら中に知らない男が転がっている。落ち込んでる奴らはまだいいが、寝床も充分じゃなく苛立ったり気が立ったり荒れている者もいる。必要以外出歩くな、用がある時は総司に付き添ってもらえ」
「わかりました」
「じゃあな」
ちょっと出かける、親しい者に向けるそんな軽い挨拶のように一言残して土方は部屋を出た。
扉が閉じると二人は改めて部屋を見回した。出航を控えた船は、独特の振動と低音が重く響き体に伝わってくる。
決して広くない船室に横たわる山崎。
部屋を照らす灯りは力強くとも室内全てを照らすには力及ばず、薄暗さを演出するように儚く照らしている。
ただ橙色の優しさが部屋の空気を和らげていた。
二人が山崎に近付くと回復に努めようとする体の要求か、先程まで開いていた目を閉じて静かに寝息を立てていた。
そんな寝顔を見守るようにそっと傍に腰を下ろし、船が動くのを待った。
土方は部屋を出ると、近藤が休んでいる自室へ向かった。この船の中で個室をあてがわれている者は少ない。
怪我をした近藤を目の届く場所へと、嫌がる近藤を説得し同室に迎えたのだ。