105.駆けるものを求めて
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斎藤ら新選組の者は、他の幕兵達と共に淀から更に大坂方面へ移動していた。
時は既に夜、ほんの僅かの静寂の時、何かを考えられる時間だ。
平時には感じることの無い大切な時間の中にいた。
座り込む斎藤は無意識に懐から桜の猪目の片われを取り出し、指先で弄んでいた。
突然始まった戦の中、休む間もなくここまでやって来た。
手の平返し、裏切り、味方であるはずの者達の突然の行動に斎藤は珍しく荒んだものを感じていた。
虚無感が徐々に怒りに近い感情へ変わっていく。
……淀では淀藩の突然の裏切りにより入城を拒まれ、逃げた先の戦いで津藩が裏切り突然の砲撃……横から打ち込まれ多くの者が、命を落とした……
淀川に沿って懸命にここまで逃れてきた。
何が正しいのか、義とは何か、見失った者達による仕打ちはあまりに残酷だった。
三分の一にも減ってしまった新選組の仲間に目を向ける。みな疲れ切って俯いたり、目を閉じて束の間の休みを得ている。
その中に、よく知る井上の姿は無かった。
淀千両松を突破する際、盾となり自らの甥を始めとする若い隊士達が先行く部隊と合流出来るよう誘導した。
そして被弾、そのまま帰らぬ者となってしまった。
近しい者の死に悲しみと悔しさを堪え、踏ん張る井上の甥の姿が、斎藤や幹部達、大人の心を揺さぶった。
「誰でも死ぬもんだ……」
ぽつりと呟いて、指先では繰り返し陶器に触れていた。
つるつるとした感触が心地よく、苛立つ気持ちが少しだけ和らぐ気がする。
疲れ切った斎藤、屯所にいた頃は頑なに疲れることを否定していたが、今夢主に訊ねられたら「疲れた」と認めたかもしれない。
疲れが怒りすら奪っていった。
……あいつが自分の手で作った品か……
小さな桜の花びらは三本の指で充分事足りる大きさだ。細い指先で懸命に形作ったか……その小ささにフッと息を漏らして笑った。
指先にあった陶器を掌中に移して力強く握り、再び懐へと忍ばせた。
「少し休め」
そう声を掛けてきたのは土方だ。幕軍の指揮官達と戦況について話し合っていたが終わったのだろう、戻ってきた土方も疲れた顔を見せていた。
「土方さんこそ、随分な顔をしていますよ」
「フンッ、お前も同じさ」
広い空間に大勢が雑居する中、斎藤は入り口が見える場所で柱にもたれていた。
土方は中に入った時、ちょうど斎藤が手で弄っていたものを懐にしまうのを目撃していた。
それが夢主から渡された小さな陶器だとすぐに気付く。話題にしたいところだが、周りの目もあり、斎藤の懐を一瞥して訊かずに終わった。
「大変な事態になっている。明日、大坂城の近藤さんと合流するぞ」
「近藤さんと。肩の傷はまだ」
「あぁ、まだ駄目だ。だがそれくらい事は動いたのさ」
年が明ける前、近藤は御陵衛士の残党に肩を撃ち抜かれ、刀を握れなくなっていた。
周りには強がって見せるが、近い者から見れば虚勢を張っていると哀しいほどに分かってしまう。
近藤は大坂城で治療を受けている。本来ならそこに沖田もいるはずだった。
その大坂城にいた徳川慶喜が会津藩主や僅かな側近達を率いて密かに江戸へ船で帰ってしまったという。
戦いを放棄したと言われても仕方が無い慶喜の行動。
土方は言葉にもならない思いだったが、今は一先ず皆を休ませようと、真実を一晩抱えて心に留めた。
「命令だ、しっかり寝ろ」
「……分かりましたよ」
ニッと口元を歪めるがすぐに目を閉じ、斎藤は本当に眠りに落ちた。
指に残る陶器の滑らかな感触が、夢の中で愛おしい髪を撫でる感触へと変わっていた。
眠る斎藤の顔が戦の中にはふさわしくなく、どこか穏やかに緩んで見えた。
時は既に夜、ほんの僅かの静寂の時、何かを考えられる時間だ。
平時には感じることの無い大切な時間の中にいた。
座り込む斎藤は無意識に懐から桜の猪目の片われを取り出し、指先で弄んでいた。
突然始まった戦の中、休む間もなくここまでやって来た。
手の平返し、裏切り、味方であるはずの者達の突然の行動に斎藤は珍しく荒んだものを感じていた。
虚無感が徐々に怒りに近い感情へ変わっていく。
……淀では淀藩の突然の裏切りにより入城を拒まれ、逃げた先の戦いで津藩が裏切り突然の砲撃……横から打ち込まれ多くの者が、命を落とした……
淀川に沿って懸命にここまで逃れてきた。
何が正しいのか、義とは何か、見失った者達による仕打ちはあまりに残酷だった。
三分の一にも減ってしまった新選組の仲間に目を向ける。みな疲れ切って俯いたり、目を閉じて束の間の休みを得ている。
その中に、よく知る井上の姿は無かった。
淀千両松を突破する際、盾となり自らの甥を始めとする若い隊士達が先行く部隊と合流出来るよう誘導した。
そして被弾、そのまま帰らぬ者となってしまった。
近しい者の死に悲しみと悔しさを堪え、踏ん張る井上の甥の姿が、斎藤や幹部達、大人の心を揺さぶった。
「誰でも死ぬもんだ……」
ぽつりと呟いて、指先では繰り返し陶器に触れていた。
つるつるとした感触が心地よく、苛立つ気持ちが少しだけ和らぐ気がする。
疲れ切った斎藤、屯所にいた頃は頑なに疲れることを否定していたが、今夢主に訊ねられたら「疲れた」と認めたかもしれない。
疲れが怒りすら奪っていった。
……あいつが自分の手で作った品か……
小さな桜の花びらは三本の指で充分事足りる大きさだ。細い指先で懸命に形作ったか……その小ささにフッと息を漏らして笑った。
指先にあった陶器を掌中に移して力強く握り、再び懐へと忍ばせた。
「少し休め」
そう声を掛けてきたのは土方だ。幕軍の指揮官達と戦況について話し合っていたが終わったのだろう、戻ってきた土方も疲れた顔を見せていた。
「土方さんこそ、随分な顔をしていますよ」
「フンッ、お前も同じさ」
広い空間に大勢が雑居する中、斎藤は入り口が見える場所で柱にもたれていた。
土方は中に入った時、ちょうど斎藤が手で弄っていたものを懐にしまうのを目撃していた。
それが夢主から渡された小さな陶器だとすぐに気付く。話題にしたいところだが、周りの目もあり、斎藤の懐を一瞥して訊かずに終わった。
「大変な事態になっている。明日、大坂城の近藤さんと合流するぞ」
「近藤さんと。肩の傷はまだ」
「あぁ、まだ駄目だ。だがそれくらい事は動いたのさ」
年が明ける前、近藤は御陵衛士の残党に肩を撃ち抜かれ、刀を握れなくなっていた。
周りには強がって見せるが、近い者から見れば虚勢を張っていると哀しいほどに分かってしまう。
近藤は大坂城で治療を受けている。本来ならそこに沖田もいるはずだった。
その大坂城にいた徳川慶喜が会津藩主や僅かな側近達を率いて密かに江戸へ船で帰ってしまったという。
戦いを放棄したと言われても仕方が無い慶喜の行動。
土方は言葉にもならない思いだったが、今は一先ず皆を休ませようと、真実を一晩抱えて心に留めた。
「命令だ、しっかり寝ろ」
「……分かりましたよ」
ニッと口元を歪めるがすぐに目を閉じ、斎藤は本当に眠りに落ちた。
指に残る陶器の滑らかな感触が、夢の中で愛おしい髪を撫でる感触へと変わっていた。
眠る斎藤の顔が戦の中にはふさわしくなく、どこか穏やかに緩んで見えた。