105.駆けるものを求めて
夢主名前設定
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「道中着だ。斎藤に貰ったその着物、山を歩けばすぐに汚れてしまうぞ。しかもこの季節だ、上にもう一枚着たって良かろう」
「道中着……ありがとうございます。綺麗ですね、下ろしたてに見えますが……」
ずっと奥にしまい込まれていたのか、感じる独特の布の匂い。
女物の道中着、比古がずっとしまっていた物だろうか。夢主は濃藍一色の道中着を手に広げ、比古を見上げた。
袖の先に僅かに花の模様が織り込まれている。同じ色の糸で織られ、光が当たると花が浮き上がって見えた。
「これ……」
「何も聞くな」
その表情に、この一枚の着物に込められた比古の過去を察し、目頭が熱くなるのを堪えて袖を通した。
……渡したくて、渡せなかったんだ。比古師匠が共に行こうと伝えたくて、伝えられなかった人の……
「ありがとうございます、大切な物を……」
「お前に着てもらえるなら俺も本望だ。懐刀をとも考えたのだがな、やはりお前に持たせるには忍びない」
「比古師匠……」
「だから代わりに沖田にとっておきを授けたんだ!守ってみせろよ!」
「はい!」
突然睨まれた沖田は大きな声で返事をした。
「良し。……夢主、落ち着いたら連絡を寄こせよ、と言っても難しいか」
「ふふっ、そうですね、比古師匠がどこに居るのか……でも必ずまた、ここに来ます」
「そうか。なら俺もここにいねぇとな」
ははっと笑い声を響かせた比古は夢主から顔を移して沖田に苦い顔を向けた。
「しかし俺はとんだお人好しだぜ。弟子でも無いお前に稽古をつけてやってんだ!」
「あははっ、でも随分と楽しそうに僕を打ちのめしていましたよね」
「フン、それくらいは当然だ」
「はははっ!流石は比古さん!でも感謝しています」
「礼はいらん、代わりに必ず成し遂げろ」
「はいっ!」
必ず夢主のその身と幸せを守ってみせる。
沖田は比古に大きな約束をした。
そして筵を手で押して外に出る沖田、続こうとする夢主を比古は小さく呼び止めた。
「夢主、必ず荷物を取りに来いよ」
「はい……沢山、沢山……お世話になりました……」
「無事でいろ」
振り返った瞳に映ったのは、優しく送り出してくれる比古の淋しげな顔だった。
夢主にも届かないほど小さな声で「来い」と囁いて、夢主の手を掴んだ。
「斎藤に渡しちまうのが惜しいくらいだ」
「比古師匠……」
掴まれた手を引かれ、大きな大きな胸に抱かれた夢主は、懸命に顔を離して比古を見上げた。
比古はがっしりとした手で夢主を支え、ゆっくり綺麗で淋しい微笑みを浮かべた。
「行って来い。沖田はたまにすっとぼけていやがるからな、頼りになるがお前もしっかり支えてやれよ。奴は必ず斎藤が迎えに来るまで守ってくれるだろう」
「師匠……」
「いい男に支えられたもんだ」
比古は俺もだぞと言いたげにニッと笑い、体を離した。
「ありがとうございました。……行ってきます」
最低限の荷を背負い外に出た二人、揃って比古の顔をしっかりと見つめ、深く頭を下げて小屋に背を向けた。
比古は二人の後姿からすぐに目を離し、小屋の中へ戻って行った。
なんてことは無い、いつもの小さな空間だ。一人、寝て起きて、たまに陶芸をして、体を動かす。
今宵もまた、美しい月が慰めてくれるだろう。
「夢主を送り出すのは二度目か……」
……惚れた女と別の道を歩む……それも二度目。だがあの時は俺が去り、今度はあいつが去る。充分に違うだろう……
比古はまだ明るい部屋の中で、とぷんと音を立ていつもの万寿の瓶を手に取った。
「道中着……ありがとうございます。綺麗ですね、下ろしたてに見えますが……」
ずっと奥にしまい込まれていたのか、感じる独特の布の匂い。
女物の道中着、比古がずっとしまっていた物だろうか。夢主は濃藍一色の道中着を手に広げ、比古を見上げた。
袖の先に僅かに花の模様が織り込まれている。同じ色の糸で織られ、光が当たると花が浮き上がって見えた。
「これ……」
「何も聞くな」
その表情に、この一枚の着物に込められた比古の過去を察し、目頭が熱くなるのを堪えて袖を通した。
……渡したくて、渡せなかったんだ。比古師匠が共に行こうと伝えたくて、伝えられなかった人の……
「ありがとうございます、大切な物を……」
「お前に着てもらえるなら俺も本望だ。懐刀をとも考えたのだがな、やはりお前に持たせるには忍びない」
「比古師匠……」
「だから代わりに沖田にとっておきを授けたんだ!守ってみせろよ!」
「はい!」
突然睨まれた沖田は大きな声で返事をした。
「良し。……夢主、落ち着いたら連絡を寄こせよ、と言っても難しいか」
「ふふっ、そうですね、比古師匠がどこに居るのか……でも必ずまた、ここに来ます」
「そうか。なら俺もここにいねぇとな」
ははっと笑い声を響かせた比古は夢主から顔を移して沖田に苦い顔を向けた。
「しかし俺はとんだお人好しだぜ。弟子でも無いお前に稽古をつけてやってんだ!」
「あははっ、でも随分と楽しそうに僕を打ちのめしていましたよね」
「フン、それくらいは当然だ」
「はははっ!流石は比古さん!でも感謝しています」
「礼はいらん、代わりに必ず成し遂げろ」
「はいっ!」
必ず夢主のその身と幸せを守ってみせる。
沖田は比古に大きな約束をした。
そして筵を手で押して外に出る沖田、続こうとする夢主を比古は小さく呼び止めた。
「夢主、必ず荷物を取りに来いよ」
「はい……沢山、沢山……お世話になりました……」
「無事でいろ」
振り返った瞳に映ったのは、優しく送り出してくれる比古の淋しげな顔だった。
夢主にも届かないほど小さな声で「来い」と囁いて、夢主の手を掴んだ。
「斎藤に渡しちまうのが惜しいくらいだ」
「比古師匠……」
掴まれた手を引かれ、大きな大きな胸に抱かれた夢主は、懸命に顔を離して比古を見上げた。
比古はがっしりとした手で夢主を支え、ゆっくり綺麗で淋しい微笑みを浮かべた。
「行って来い。沖田はたまにすっとぼけていやがるからな、頼りになるがお前もしっかり支えてやれよ。奴は必ず斎藤が迎えに来るまで守ってくれるだろう」
「師匠……」
「いい男に支えられたもんだ」
比古は俺もだぞと言いたげにニッと笑い、体を離した。
「ありがとうございました。……行ってきます」
最低限の荷を背負い外に出た二人、揃って比古の顔をしっかりと見つめ、深く頭を下げて小屋に背を向けた。
比古は二人の後姿からすぐに目を離し、小屋の中へ戻って行った。
なんてことは無い、いつもの小さな空間だ。一人、寝て起きて、たまに陶芸をして、体を動かす。
今宵もまた、美しい月が慰めてくれるだろう。
「夢主を送り出すのは二度目か……」
……惚れた女と別の道を歩む……それも二度目。だがあの時は俺が去り、今度はあいつが去る。充分に違うだろう……
比古はまだ明るい部屋の中で、とぷんと音を立ていつもの万寿の瓶を手に取った。