104.燃える夜空
夢主名前設定
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夜、寝付いた夢主をよそに、外で飲むぞと比古は沖田を誘い出した。
外に出ると比古はぼそりと呟いた。
「まさか、あいつがお前を選ぶとはな」
「違いますよ」
「本当に違うのか。夢主の首の赤いのはお前がつけたんじゃねぇのか」
酒屋の前で鉢合わせた時にすぐに気付いた夢主の首筋の痣、誰かが意図的に付けた印だ。
見逃すほど野暮ではない。
「ちっ違いますよっ!僕に言わせないで下さい」
「ははっ、悪かったな」
沖田は比古の揶揄いの視線から逃れ、明かりの消えた小屋を振り返り、中で休む存在に胸を熱くした。
比古は窯の前の大きな丸太に腰を下ろして脇に酒瓶を置き、沖田が手にしていた二つの盃から自分の分を受け取った。
「昼間の話、ちゃんと聞いていましたか。勘違いしないで下さい、夢主ちゃんの心は……斎藤さんのものです。貴方も会ったでしょう、夢主ちゃんが見ているのは、最初からあの人なんです」
「すまなかった、冗談が過ぎたようだ。言われんでも相手が誰かぐらいは察しがつくさ」
「僕だって今でも夢主ちゃんを愛おしく想っています。……でも一緒に行くのは夢主ちゃんの望みを叶える為、幸せを……奪う気はありません。傍で守り抜いてみせます、それが僕に出来ることなんですから」
「成る程な、どこまでも……実直か」
「僕の……我が儘ですけどね、ははっ!」
けろっと笑って見せる沖田に、比古は慰めの笑みを返した。
「夢主の背中の紋、あれは斎藤のか」
大きく頭を動かしてそのまま俯く。
見る者に授けた者を想像させてしまう、実によく考えたものだと斎藤の贈り物に比古は目を細めた。
「斎藤さんと夢主ちゃんの想いは通じ合っているんです」
「そうか……良かったな、と言ってやりたいが」
「そうですね……」
比古は酒瓶を向け沖田に盃を出させると八分目まで注いでやった。
注がれた酒は零れることなく綺麗な丸い波紋を描いた。月明かりが美しく揺れる様子を照らしている。
「お前、剣を始めたのはいつからだ」
「九つです」
「そうか……」
……心太だったあいつ、いやあの馬鹿と……同じ頃か……
比古は自分の盃にも酒を満たし、酒に映る己の顔を眺めて出会った頃の幼い弟子を思い浮かべた。
揺れる自分の姿が、我が儘な馬鹿弟子に変わって見え、その姿を打ち消すように酒を流し込んだ。
再び下ろした盃を眺めると、おかしな思いが湧いてきた。
……お前に、譲れば良かったのかも知れん……出会ったのがお前であれば違ったのかもしれない……
「お前に……」
「僕は天然理心流の沖田総司です」
自分の心を読まれたかと比古が顔を上げると、沖田はにこりと笑い、言葉を続ける隙を与えなかった。
その心の揺れを読む力、見事だと比古は笑い返した。
「はははっ!そうだな、その通りだ。お前に俺が教えることは何も無い。沖田総司……お前のような剣客が今も育っている事が素直に嬉しいもんだ。例え流派が違おうともな」
「まぁ、暫くは井上を名乗るつもりですけれど」
おどけて肩をすくめる沖田に比古も気を許し笑っている。
「……緋村抜刀斎……緋村さんに剣を教えたのは貴方なんですね」
「……そうだ。剣を交えた者同士、誤魔化せんな」
「剣のことならそれなりに分かります」
昼間は流した話を比古ははっきりと認めた。
「……あいつに御剣流を教えたのは間違いだったかもしれん」
「そんな事はありませんよ、きっと。彼は確かに間違えたかもしれない。でもいつかは緋村さんも過ちに気付くはずです。緋村さんと剣を交わして分かりました」
沖田が横目に入れた凛とした比古の横顔は、何かを考えていた。
かつての稽古と今日の稽古。
この沖田は馬鹿弟子とも剣を交えている。妙なもので、比古は間接的に現在の馬鹿弟子を見た気がした。
「俺は今のあいつを知らない。人斬りとしかな。お前は幾度か剣を交えたのだな」
「えぇ……あの人は本当は優しい人なんだと感じました。随分と手こずりましたがね」
「そうか、すまないな、馬鹿弟子のせいで迷惑をかけただろう。だがそれは」
「はい、それはお互い様ですから。僕は新選組という組織の中で、緋村さんは長州の志士として……たまたま対立する存在であっただけです」
「あいつは強くなった。だが馬鹿者だ、修行半ばで飛び出して力に与するなどと。加えて弱い、あいつの心は全く弱く幼いままだ!」
「優し過ぎたんですよ、きっと。彼は放って置けなかったんだ」
敵対し、何度も命を掛けて斬り合った相手だが、無意識に庇ってしまう。
ふと顔を空に向けると、澄んだ冬の空に無数の星が輝いていた。ちかちかと瞬いて、存在を伝えようと、懸命に生きているようにも見えた。
外に出ると比古はぼそりと呟いた。
「まさか、あいつがお前を選ぶとはな」
「違いますよ」
「本当に違うのか。夢主の首の赤いのはお前がつけたんじゃねぇのか」
酒屋の前で鉢合わせた時にすぐに気付いた夢主の首筋の痣、誰かが意図的に付けた印だ。
見逃すほど野暮ではない。
「ちっ違いますよっ!僕に言わせないで下さい」
「ははっ、悪かったな」
沖田は比古の揶揄いの視線から逃れ、明かりの消えた小屋を振り返り、中で休む存在に胸を熱くした。
比古は窯の前の大きな丸太に腰を下ろして脇に酒瓶を置き、沖田が手にしていた二つの盃から自分の分を受け取った。
「昼間の話、ちゃんと聞いていましたか。勘違いしないで下さい、夢主ちゃんの心は……斎藤さんのものです。貴方も会ったでしょう、夢主ちゃんが見ているのは、最初からあの人なんです」
「すまなかった、冗談が過ぎたようだ。言われんでも相手が誰かぐらいは察しがつくさ」
「僕だって今でも夢主ちゃんを愛おしく想っています。……でも一緒に行くのは夢主ちゃんの望みを叶える為、幸せを……奪う気はありません。傍で守り抜いてみせます、それが僕に出来ることなんですから」
「成る程な、どこまでも……実直か」
「僕の……我が儘ですけどね、ははっ!」
けろっと笑って見せる沖田に、比古は慰めの笑みを返した。
「夢主の背中の紋、あれは斎藤のか」
大きく頭を動かしてそのまま俯く。
見る者に授けた者を想像させてしまう、実によく考えたものだと斎藤の贈り物に比古は目を細めた。
「斎藤さんと夢主ちゃんの想いは通じ合っているんです」
「そうか……良かったな、と言ってやりたいが」
「そうですね……」
比古は酒瓶を向け沖田に盃を出させると八分目まで注いでやった。
注がれた酒は零れることなく綺麗な丸い波紋を描いた。月明かりが美しく揺れる様子を照らしている。
「お前、剣を始めたのはいつからだ」
「九つです」
「そうか……」
……心太だったあいつ、いやあの馬鹿と……同じ頃か……
比古は自分の盃にも酒を満たし、酒に映る己の顔を眺めて出会った頃の幼い弟子を思い浮かべた。
揺れる自分の姿が、我が儘な馬鹿弟子に変わって見え、その姿を打ち消すように酒を流し込んだ。
再び下ろした盃を眺めると、おかしな思いが湧いてきた。
……お前に、譲れば良かったのかも知れん……出会ったのがお前であれば違ったのかもしれない……
「お前に……」
「僕は天然理心流の沖田総司です」
自分の心を読まれたかと比古が顔を上げると、沖田はにこりと笑い、言葉を続ける隙を与えなかった。
その心の揺れを読む力、見事だと比古は笑い返した。
「はははっ!そうだな、その通りだ。お前に俺が教えることは何も無い。沖田総司……お前のような剣客が今も育っている事が素直に嬉しいもんだ。例え流派が違おうともな」
「まぁ、暫くは井上を名乗るつもりですけれど」
おどけて肩をすくめる沖田に比古も気を許し笑っている。
「……緋村抜刀斎……緋村さんに剣を教えたのは貴方なんですね」
「……そうだ。剣を交えた者同士、誤魔化せんな」
「剣のことならそれなりに分かります」
昼間は流した話を比古ははっきりと認めた。
「……あいつに御剣流を教えたのは間違いだったかもしれん」
「そんな事はありませんよ、きっと。彼は確かに間違えたかもしれない。でもいつかは緋村さんも過ちに気付くはずです。緋村さんと剣を交わして分かりました」
沖田が横目に入れた凛とした比古の横顔は、何かを考えていた。
かつての稽古と今日の稽古。
この沖田は馬鹿弟子とも剣を交えている。妙なもので、比古は間接的に現在の馬鹿弟子を見た気がした。
「俺は今のあいつを知らない。人斬りとしかな。お前は幾度か剣を交えたのだな」
「えぇ……あの人は本当は優しい人なんだと感じました。随分と手こずりましたがね」
「そうか、すまないな、馬鹿弟子のせいで迷惑をかけただろう。だがそれは」
「はい、それはお互い様ですから。僕は新選組という組織の中で、緋村さんは長州の志士として……たまたま対立する存在であっただけです」
「あいつは強くなった。だが馬鹿者だ、修行半ばで飛び出して力に与するなどと。加えて弱い、あいつの心は全く弱く幼いままだ!」
「優し過ぎたんですよ、きっと。彼は放って置けなかったんだ」
敵対し、何度も命を掛けて斬り合った相手だが、無意識に庇ってしまう。
ふと顔を空に向けると、澄んだ冬の空に無数の星が輝いていた。ちかちかと瞬いて、存在を伝えようと、懸命に生きているようにも見えた。