104.燃える夜空
夢主名前設定
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筵の戸をくぐって外に出ても立ち止まらず、比古は山の小道を進み始めた。夢主には覚えのある道だ。
冬の山は草の丈も短く、夢主も足元を探らず比古の後を追うことが出来る。
大きな白い背を追っていると、すぐに大きな水音が耳に届いた。
滝だ。比古がいつも鍛錬を重ねていた場所に辿り着いた。
……まさか……
夢主は不安になり足を止め、比古が待つ滝の前に沖田が進むのを見つめた。
やがて二人は何かを話し始めたが、離れた二人の言葉は滝の音に遮られて途切れ途切れでしか夢主の耳には届かない。
しかし軽々しく近付ける雰囲気ではないと、夢主は木の傍で二人の男を見守った。
「お前に教えておきたいんだがな、夢主は俺にとっても少しばかり特別な存在でな」
「特別……ですか」
「あぁそうだ。実を言うと江戸に行きたいと言うのなら、俺が連れて行ってやろうと思っていたのさ。薩長が動き出した今、夢主が動くと踏んで、さっきはそれを伝えに行くところだったんだ」
「そうだったんですか……」
「あぁ」
沖田は地面に目を落とし、比古の話を受け入れようと反芻した。
絶対的な力の持ち主が手を貸してくれる。
誰より夢主に安全を与えてくれるだろう。だが……。
「どうする、お前の代わりに俺が連れて行ってやっても構わねぇんだぜ」
「いいえっ、ご好意はありがたいですが、僕は自分の手で守り抜いて見せます。そして、傍で……共に生きて行きたい」
力強く返す沖田に、比古も苦笑いだ。
自分の出番は無いとはっきり宣告され、愉快にも感じた。
「フッ、成る程な。初めて会った時からお前は真っ直ぐだったな。そんなお前の小さな企みか、通じ合わずとも傍で……悪く無い。目の前で愛しき者を守る。下らん争いの中で無駄に剣を振るうより、遥かに意味のある人生だ」
「新津さん……」
思わぬ賛同に困惑する沖田だが、名を呼ばれた比古は強い気を放って見つめ返した。
見据えられて背筋を伸ばす沖田だが、嫌な感覚は無い。
比古は男として認め、剣客としても認めた沖田に告げるべきだと思い至り、口を開いて滝の音を裂く真面目な声を響かせた。
「お前に俺の剣客としての名を教えてやろう」
「剣客としての、名」
低い声が沖田の体を突く。
肌が粟立ちそうな響きに気圧されぬよう、気を張って堪えた。
「あぁ。新津覚之進は世を忍ぶ言わば陶芸家としての名前だ。剣を振るう俺の名は、比古清十郎」
「比古……」
「あぁ。それが俺の背負う名だ。夢主は当然知っている。更に俺を師匠と呼びやがるがな、フッ」
「比古師匠……」
「言っておくが俺はお前を弟子にする訳じゃねぇ。少しばかり稽古を付けてやろうってだけだ。夢主を預けるならばそれなりのものを備えてもらわねばな」
「稽古を……分かりました、比古さんの只ならぬ力は嫌でも分かります!是非、お願いします!」
「いいだろう」
聞こえない会話を続ける二人を黙って見つめる夢主は、とても心配そうな顔を見せている。
比古はその視線に「案じるな」と大きな声で諭し、笑んで応えた。
「安心しろ、夢主!お前は小屋へ戻っていろ!!お前の大切な護衛が動けなくなっては困るからな、大丈夫だ!怪我はさせんさ!」
夢主が「わかりました」と従う意で大きく頷き、木から離れるのを見届けて、比古は沖田に向き直った。
「怪我はさせん。……お前の力が充分ならばな、沖田総司」
ニヤリと口角を上げると同時に比古は一歩踏み出して、すらりと抜いた刃を沖田に向けた。
咄嗟に抜刀して自らも構える沖田だが、不意に冷や汗が流れていく。
真剣での稽古、予想はしていたが目の前の比古から放たれる圧倒的な剣気に、僅かだが怯んでいた。
「見て、体で覚える。それは貴様の流派でも同じだろ。まずは手合わせを願おうか。貴様の技量を見せてみろ」
沖田は大きく顎を引いて頷くと刀に添えた手を整え、今にも慄きそうな自分を落ち着かせた。
「はい……よろしくお願いします。行きますっ!!」
応えて真っ直ぐ飛び込む沖田の向こうに見える木々の中、既に夢主の姿は無かった。
冬の山は草の丈も短く、夢主も足元を探らず比古の後を追うことが出来る。
大きな白い背を追っていると、すぐに大きな水音が耳に届いた。
滝だ。比古がいつも鍛錬を重ねていた場所に辿り着いた。
……まさか……
夢主は不安になり足を止め、比古が待つ滝の前に沖田が進むのを見つめた。
やがて二人は何かを話し始めたが、離れた二人の言葉は滝の音に遮られて途切れ途切れでしか夢主の耳には届かない。
しかし軽々しく近付ける雰囲気ではないと、夢主は木の傍で二人の男を見守った。
「お前に教えておきたいんだがな、夢主は俺にとっても少しばかり特別な存在でな」
「特別……ですか」
「あぁそうだ。実を言うと江戸に行きたいと言うのなら、俺が連れて行ってやろうと思っていたのさ。薩長が動き出した今、夢主が動くと踏んで、さっきはそれを伝えに行くところだったんだ」
「そうだったんですか……」
「あぁ」
沖田は地面に目を落とし、比古の話を受け入れようと反芻した。
絶対的な力の持ち主が手を貸してくれる。
誰より夢主に安全を与えてくれるだろう。だが……。
「どうする、お前の代わりに俺が連れて行ってやっても構わねぇんだぜ」
「いいえっ、ご好意はありがたいですが、僕は自分の手で守り抜いて見せます。そして、傍で……共に生きて行きたい」
力強く返す沖田に、比古も苦笑いだ。
自分の出番は無いとはっきり宣告され、愉快にも感じた。
「フッ、成る程な。初めて会った時からお前は真っ直ぐだったな。そんなお前の小さな企みか、通じ合わずとも傍で……悪く無い。目の前で愛しき者を守る。下らん争いの中で無駄に剣を振るうより、遥かに意味のある人生だ」
「新津さん……」
思わぬ賛同に困惑する沖田だが、名を呼ばれた比古は強い気を放って見つめ返した。
見据えられて背筋を伸ばす沖田だが、嫌な感覚は無い。
比古は男として認め、剣客としても認めた沖田に告げるべきだと思い至り、口を開いて滝の音を裂く真面目な声を響かせた。
「お前に俺の剣客としての名を教えてやろう」
「剣客としての、名」
低い声が沖田の体を突く。
肌が粟立ちそうな響きに気圧されぬよう、気を張って堪えた。
「あぁ。新津覚之進は世を忍ぶ言わば陶芸家としての名前だ。剣を振るう俺の名は、比古清十郎」
「比古……」
「あぁ。それが俺の背負う名だ。夢主は当然知っている。更に俺を師匠と呼びやがるがな、フッ」
「比古師匠……」
「言っておくが俺はお前を弟子にする訳じゃねぇ。少しばかり稽古を付けてやろうってだけだ。夢主を預けるならばそれなりのものを備えてもらわねばな」
「稽古を……分かりました、比古さんの只ならぬ力は嫌でも分かります!是非、お願いします!」
「いいだろう」
聞こえない会話を続ける二人を黙って見つめる夢主は、とても心配そうな顔を見せている。
比古はその視線に「案じるな」と大きな声で諭し、笑んで応えた。
「安心しろ、夢主!お前は小屋へ戻っていろ!!お前の大切な護衛が動けなくなっては困るからな、大丈夫だ!怪我はさせんさ!」
夢主が「わかりました」と従う意で大きく頷き、木から離れるのを見届けて、比古は沖田に向き直った。
「怪我はさせん。……お前の力が充分ならばな、沖田総司」
ニヤリと口角を上げると同時に比古は一歩踏み出して、すらりと抜いた刃を沖田に向けた。
咄嗟に抜刀して自らも構える沖田だが、不意に冷や汗が流れていく。
真剣での稽古、予想はしていたが目の前の比古から放たれる圧倒的な剣気に、僅かだが怯んでいた。
「見て、体で覚える。それは貴様の流派でも同じだろ。まずは手合わせを願おうか。貴様の技量を見せてみろ」
沖田は大きく顎を引いて頷くと刀に添えた手を整え、今にも慄きそうな自分を落ち着かせた。
「はい……よろしくお願いします。行きますっ!!」
応えて真っ直ぐ飛び込む沖田の向こうに見える木々の中、既に夢主の姿は無かった。