102.約束の朝
夢主名前設定
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「俺達は戦に出て、恐らくはそのまま京を離れる事態になる。隊士達に告げろ、それぞれ家族や近しい者に別れを告げて来いと。用が終わった者は戻って来い。終わった者は……」
どうしても別れられぬと言うのなら、最早引き止められまい。
皆ここまで良くついて来てくれたのだから……。
土方は含みを持たせた言葉を伝えた。
すぐに伝令は広まり、あちらこちらで隊士達の喜ぶ声が上がった。
発言した当の本人はどこか淋しげな表情だ。
……どれ程の者が戻って来てくれるのだろうか……
外を覗くと、幹部である永倉もその伝令に喜びを浮かべ、早速出かける準備に取り掛かっていた。
「土方さん」
目尻を拭った夢主が隣やって来た。
「大丈夫ですよ、永倉さんはきっと戻ってきます」
「そうか」
「はい」
「……夢主、お前自身の望みは無いのか、旅立つ前に欲しい物や行きたい場所……何か、無いのか」
夢主は黙って顔を横に振った。
「望むものは、何もありません」
ただ無事に、皆に生き延びて欲しい、そして斎藤に迎えに来て欲しい、それが望みだから。
夢主は静かに応えた。
「今は、何も……」
「そうか」
淋しげな笑顔を向けて、土方は大人しく自室へと戻っていった。
夢主も部屋へ戻ると、斎藤がいつもと変わらぬ様子で文机の前に座している。
「もうどなたも……今のうちにお会いする方はいないのですか」
「フン、俺はもう全ての仕度は出来ている。いつでも出陣出来るさ」
「ふふっ、流石ですね……」
「これくらいは当然だ。土方さんもそうだろう」
「……土方さん、どなたにも会いに行かれないのですね」
「まぁ副長が今日という日に屯所を空ける訳にもいかんだろう。とっくに始末はつけてあるだろうさ」
「始末?」
「あちこちに慕ってくる女が居ただろう、あれでいて情け深いお人だ、自分を想ってくれた女との別れは済ませているさ」
「そうですね……土方さんは人気者でしたね」
「フッ、そういう事だ」
それにしてもあの淋しそうな顔は……女達との別れとは別の何かを哀しんでいるのだろう。
夢主は先程の一人切なく何かを想う土方を思い浮かべた。
「久しぶりに握り飯でも作るか」
「えっ!」
振り向いた斎藤の言葉に、迷わず頷いた。
いつの日か、斎藤か自分の為に握ってくれた温かいおにぎり。あの温かい時間を思い出す。
時刻も確かにそろそろお腹と相談しなければならない頃合だ。
「私も作ります!斎藤さんの分と……土方さんの分も、いいですか」
「何故俺に断る、作りたければ作ればいいだろう、きっと喜んでくれるさ」
名前を"はじめ"と言い直さない夢主にニヤリとしながらも、斎藤は優しく応じた。
「斎藤さん……ありがとうございます」
人の為に自分が何かすることを厭わず受け入れてくれる斎藤に笑顔を向け、二人で勝手元へ向かった。
大きく広い勝手元の飯釜には炊きあがった白米が入っている。
しかし配給される弁当で済ませる者が多く、食事時に外へ出る者も少なくない。
特に今夕はそれぞれ大切な者のもとへ戻っている。上役の食事を用意する者も無く、勝手元はがらんとしていた。
「いつ以来でしょうね、こうして一緒に……」
「あれは壬生だったな。前川さんの所か」
「とっても美味しかったです。懐かしいな……」
壬生に来て間も無い頃、とても月が美しい夜だった。暖かい季節だが冷たい夜風が吹いていただろうか……。
それにいつの新年か、斎藤に想いを告げそうになり止められた夜、あの寒い夜も温かい握り飯を手に、斎藤は部屋へ戻ってきた。
あの頃からずっと待ってくれていた。
待つのはお互い様、そう言ってくれたが本当に耐えていたのは斎藤……夢主はふと手を止めて斎藤を見上げた。
んっ?と眉を動かす斎藤に、ふふっと笑って応える。
静かな広い勝手元で、二人は思い出を語りながらそれぞれの握り飯を握った。
どうしても別れられぬと言うのなら、最早引き止められまい。
皆ここまで良くついて来てくれたのだから……。
土方は含みを持たせた言葉を伝えた。
すぐに伝令は広まり、あちらこちらで隊士達の喜ぶ声が上がった。
発言した当の本人はどこか淋しげな表情だ。
……どれ程の者が戻って来てくれるのだろうか……
外を覗くと、幹部である永倉もその伝令に喜びを浮かべ、早速出かける準備に取り掛かっていた。
「土方さん」
目尻を拭った夢主が隣やって来た。
「大丈夫ですよ、永倉さんはきっと戻ってきます」
「そうか」
「はい」
「……夢主、お前自身の望みは無いのか、旅立つ前に欲しい物や行きたい場所……何か、無いのか」
夢主は黙って顔を横に振った。
「望むものは、何もありません」
ただ無事に、皆に生き延びて欲しい、そして斎藤に迎えに来て欲しい、それが望みだから。
夢主は静かに応えた。
「今は、何も……」
「そうか」
淋しげな笑顔を向けて、土方は大人しく自室へと戻っていった。
夢主も部屋へ戻ると、斎藤がいつもと変わらぬ様子で文机の前に座している。
「もうどなたも……今のうちにお会いする方はいないのですか」
「フン、俺はもう全ての仕度は出来ている。いつでも出陣出来るさ」
「ふふっ、流石ですね……」
「これくらいは当然だ。土方さんもそうだろう」
「……土方さん、どなたにも会いに行かれないのですね」
「まぁ副長が今日という日に屯所を空ける訳にもいかんだろう。とっくに始末はつけてあるだろうさ」
「始末?」
「あちこちに慕ってくる女が居ただろう、あれでいて情け深いお人だ、自分を想ってくれた女との別れは済ませているさ」
「そうですね……土方さんは人気者でしたね」
「フッ、そういう事だ」
それにしてもあの淋しそうな顔は……女達との別れとは別の何かを哀しんでいるのだろう。
夢主は先程の一人切なく何かを想う土方を思い浮かべた。
「久しぶりに握り飯でも作るか」
「えっ!」
振り向いた斎藤の言葉に、迷わず頷いた。
いつの日か、斎藤か自分の為に握ってくれた温かいおにぎり。あの温かい時間を思い出す。
時刻も確かにそろそろお腹と相談しなければならない頃合だ。
「私も作ります!斎藤さんの分と……土方さんの分も、いいですか」
「何故俺に断る、作りたければ作ればいいだろう、きっと喜んでくれるさ」
名前を"はじめ"と言い直さない夢主にニヤリとしながらも、斎藤は優しく応じた。
「斎藤さん……ありがとうございます」
人の為に自分が何かすることを厭わず受け入れてくれる斎藤に笑顔を向け、二人で勝手元へ向かった。
大きく広い勝手元の飯釜には炊きあがった白米が入っている。
しかし配給される弁当で済ませる者が多く、食事時に外へ出る者も少なくない。
特に今夕はそれぞれ大切な者のもとへ戻っている。上役の食事を用意する者も無く、勝手元はがらんとしていた。
「いつ以来でしょうね、こうして一緒に……」
「あれは壬生だったな。前川さんの所か」
「とっても美味しかったです。懐かしいな……」
壬生に来て間も無い頃、とても月が美しい夜だった。暖かい季節だが冷たい夜風が吹いていただろうか……。
それにいつの新年か、斎藤に想いを告げそうになり止められた夜、あの寒い夜も温かい握り飯を手に、斎藤は部屋へ戻ってきた。
あの頃からずっと待ってくれていた。
待つのはお互い様、そう言ってくれたが本当に耐えていたのは斎藤……夢主はふと手を止めて斎藤を見上げた。
んっ?と眉を動かす斎藤に、ふふっと笑って応える。
静かな広い勝手元で、二人は思い出を語りながらそれぞれの握り飯を握った。