100.最初で最後の想い
夢主名前設定
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夕暮れ時、夢主が戻った祝いだと、誰からともなく小さな宴の準備が始まった。
集まる者が少なく宴は小さいが場所は広い。
島原の角屋の松の間にも負けない広々とした大広間に、料理が乗った膳や酒が次々と並んでいった。
夢主は宴の存在を知ると申し訳ない気持ちが先行してしまった。笑顔で輪の中に入れない。
またすぐ旅立ってしまう自分が再会の宴を開いてもらうなど、許されるのだろうか。
この宴を素直に受け入れられずにいる。
「皆、嬉しいんだろう」
戸惑う夢主の背中を押してくれたのは斎藤だ。
この先の事を今、気に病む必要は無い。
そう言って夢主を宴会の輪の中心へ導いてくれた。
「ほら、自覚が無いかも知れんがな、皆お前の笑う顔が好きなんだよ」
「私の……」
「そうだ」
斎藤にフッと微笑まれ、夢主も自ずと微笑み返していた。
……私は斎藤さんのその小さな微笑みが大好きです……
「ふふっ」
心の中でそう告げると、自然といつもの笑顔が戻ってきた。
小さな微笑みだけど、与えてくれるものの大きさは計り知れない。
「あの、先程の桜の……土方さんにまだお渡ししていないので、渡してきます!」
土方は既に宴会の上座にいる。
斎藤に会釈を残し、土方のもとへ急いだ。
「土方さん」
「よく戻ったな、元気そうで何よりだ」
冷静に応える土方は沖田の話で夢主が時を置かずここを出て行くのは承知済み。
少し身を乗り出して耳打ちをした。
「総司に聞いた。また後日詳しい話を……安心しろ、手は貸すつもりだ」
「土方さん……ありがとうございます」
夢主は目尻をそっと拭い、握り締める陶器を三つ差し出した。
差し出された土方は目を大きくして、小さな掌を見つめた。
「これは……世話になった連中に配ってる物だろう。いいのか、俺にも」
「当たり前です!どれ程お世話になったか……数え切れません」
クスッと首を傾けると土方は少しはにかんで頷いた。
夢主を慈しむ気持がしっかり伝わっている。辛く寂しい思いを強いた身として、贈り物がとても愛おしく、感慨深かった。
「しかし、三つとはどういう訳だ」
「ひとつは鉄之助くんに……彼にもお世話になりました。それと、山崎さん……私からはお渡し出来ないので」
「山崎か。確かにあいつもお前の回りで動いてもらっているな」
「はいっ。いつも気に掛けてくださって……私が西本願寺を出た際も、山崎さん見守ってくださってたみたいで」
「何っ、それは本当か。俺は何も指示してねぇぞ……山崎の野郎ぅ、初耳だ」
把握出来ていない事案があるとは……
土方は眉を寄せて、目を眇めて渋い顔をした。
「山崎さんの独断だったんですね……あの、責めないでくださいね、私とっても嬉しかったんです」
「あぁ、もう済んだことだ。確かにお前を宜しく頼んでいたからな。隊規違反にはならねぇさ。あいつらの分、確かに預かるぜ」
山崎の気持ちは分かると過ぎた出来事を飲み込み、すらりと指の美しい大きな手の中に三つの陶器を収めた。
「宜しくお願いします」
「あぁ。夢主、折角だ。すまないが皆に酌をしてやってくれないか」
「すまないだなんて……喜んで」
笑顔で応え、ふと振り返って広い座敷で楽しそうに笑っている皆がいる。
途端に、夢主は別の世界に一人取り残されている様な不思議な感覚を得た。
皆の声が遠ざかってゆく。
既に酒は始まり、互いに酌をしては笑い合い、肩を組んだり顔を寄せて幸せそうに歓談している。
……半分は……死んでしまうんだ……
部屋を見回すうちに、知らず知らず涙が頬を伝い始めた。
「おいっ」
気付いた土方が腰を上げると、同じく異変に気付いた斎藤が寄ってきた。
「夢主、大丈夫か」
周りの目がこちらに集まり、夢主の涙に気が付く。
幹部の皆も馬鹿騒ぎをやめ、顔色を変え始めた。
「大丈夫か、夢主」
「どうした……」
「夢主は再会が嬉しすぎて泣いてしまったようです。さぁ、皆に酒を注ぐんだろ」
出来るか……
斎藤に優しく促された夢主は涙を拭きながら大きく頷いた。
斎藤にはその涙の意味がよく分かる。
間もなく訪れる再びの別れと、永久の別れの数々。夢主はこの面々の中の誰が生き、誰が死ぬか分かっているのだろう。
夢主が酌を始めると、斎藤は見届けるようにその様子を見守った。
集まる者が少なく宴は小さいが場所は広い。
島原の角屋の松の間にも負けない広々とした大広間に、料理が乗った膳や酒が次々と並んでいった。
夢主は宴の存在を知ると申し訳ない気持ちが先行してしまった。笑顔で輪の中に入れない。
またすぐ旅立ってしまう自分が再会の宴を開いてもらうなど、許されるのだろうか。
この宴を素直に受け入れられずにいる。
「皆、嬉しいんだろう」
戸惑う夢主の背中を押してくれたのは斎藤だ。
この先の事を今、気に病む必要は無い。
そう言って夢主を宴会の輪の中心へ導いてくれた。
「ほら、自覚が無いかも知れんがな、皆お前の笑う顔が好きなんだよ」
「私の……」
「そうだ」
斎藤にフッと微笑まれ、夢主も自ずと微笑み返していた。
……私は斎藤さんのその小さな微笑みが大好きです……
「ふふっ」
心の中でそう告げると、自然といつもの笑顔が戻ってきた。
小さな微笑みだけど、与えてくれるものの大きさは計り知れない。
「あの、先程の桜の……土方さんにまだお渡ししていないので、渡してきます!」
土方は既に宴会の上座にいる。
斎藤に会釈を残し、土方のもとへ急いだ。
「土方さん」
「よく戻ったな、元気そうで何よりだ」
冷静に応える土方は沖田の話で夢主が時を置かずここを出て行くのは承知済み。
少し身を乗り出して耳打ちをした。
「総司に聞いた。また後日詳しい話を……安心しろ、手は貸すつもりだ」
「土方さん……ありがとうございます」
夢主は目尻をそっと拭い、握り締める陶器を三つ差し出した。
差し出された土方は目を大きくして、小さな掌を見つめた。
「これは……世話になった連中に配ってる物だろう。いいのか、俺にも」
「当たり前です!どれ程お世話になったか……数え切れません」
クスッと首を傾けると土方は少しはにかんで頷いた。
夢主を慈しむ気持がしっかり伝わっている。辛く寂しい思いを強いた身として、贈り物がとても愛おしく、感慨深かった。
「しかし、三つとはどういう訳だ」
「ひとつは鉄之助くんに……彼にもお世話になりました。それと、山崎さん……私からはお渡し出来ないので」
「山崎か。確かにあいつもお前の回りで動いてもらっているな」
「はいっ。いつも気に掛けてくださって……私が西本願寺を出た際も、山崎さん見守ってくださってたみたいで」
「何っ、それは本当か。俺は何も指示してねぇぞ……山崎の野郎ぅ、初耳だ」
把握出来ていない事案があるとは……
土方は眉を寄せて、目を眇めて渋い顔をした。
「山崎さんの独断だったんですね……あの、責めないでくださいね、私とっても嬉しかったんです」
「あぁ、もう済んだことだ。確かにお前を宜しく頼んでいたからな。隊規違反にはならねぇさ。あいつらの分、確かに預かるぜ」
山崎の気持ちは分かると過ぎた出来事を飲み込み、すらりと指の美しい大きな手の中に三つの陶器を収めた。
「宜しくお願いします」
「あぁ。夢主、折角だ。すまないが皆に酌をしてやってくれないか」
「すまないだなんて……喜んで」
笑顔で応え、ふと振り返って広い座敷で楽しそうに笑っている皆がいる。
途端に、夢主は別の世界に一人取り残されている様な不思議な感覚を得た。
皆の声が遠ざかってゆく。
既に酒は始まり、互いに酌をしては笑い合い、肩を組んだり顔を寄せて幸せそうに歓談している。
……半分は……死んでしまうんだ……
部屋を見回すうちに、知らず知らず涙が頬を伝い始めた。
「おいっ」
気付いた土方が腰を上げると、同じく異変に気付いた斎藤が寄ってきた。
「夢主、大丈夫か」
周りの目がこちらに集まり、夢主の涙に気が付く。
幹部の皆も馬鹿騒ぎをやめ、顔色を変え始めた。
「大丈夫か、夢主」
「どうした……」
「夢主は再会が嬉しすぎて泣いてしまったようです。さぁ、皆に酒を注ぐんだろ」
出来るか……
斎藤に優しく促された夢主は涙を拭きながら大きく頷いた。
斎藤にはその涙の意味がよく分かる。
間もなく訪れる再びの別れと、永久の別れの数々。夢主はこの面々の中の誰が生き、誰が死ぬか分かっているのだろう。
夢主が酌を始めると、斎藤は見届けるようにその様子を見守った。