99.油小路の辻に

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主人公の女の子

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主人公の女の子

「こんなに大変な時に遊んでばっかじゃねぇか」

「近藤さんはな、各所のお偉方との御目見得も多い。それに相応しい学を身につけようとあちこち足を運んでんだよ。近藤さんが動くからこそ入ってくる情報もあるんだ」

「酒呑んで女と遊んで教養を身に付けようだなんて大層なお心がけだぜ」

「なんだとっ」

「それに今に始まった事じゃないじゃないか、池田屋の辺りからもうおかしかったんだ。だからもう……俺はもう、ついていけない」

「平助……、誤解だ……」

「安心してよ。土方さんが喧嘩売ってこない限り伊東さんは何かしたりしないよ」

「…………甘いな」

二人の視線がぶつかり両者少しも引かない。ぶつかり合う視線だが、どこか互いの身を案じているようにも感じられる。
刹那の事ながらとても長い時間に感じられたのは、向かい合いまともに話をするのはこれが最後かもしれないと、互いに思いを馳せていたからだろうか。

「平助、伊東に夢主のことをこれ以上話したらただじゃおかねぇぞ」

「安心してくれよ、俺だって男だ。夢主を巻き込んだりしたくない」

仮にも密かな想いを抱いた相手。
危険に晒したりするものかと、藤堂は真剣な眼差しだ。

「じゃあ何故伊東さんに話した。お前が話したせいであいつは随分と怖い思いしたんだぜ」

「それは……本当にすまないって思ってる。でもあの時は江戸から強い力を、助っ人をって思ったんだ!夢主の存在を知れば伊東さんの迷いも消えると思ったんだ!!そうだろ、あの時は力が必要だったじゃないか!何も新選組を割りたかったんじゃない!!でも、こうなっちまったんだ……俺には分からなかったよ、こんな事になっちまうなんて……土方さん……」

「平助……」

夢主はどうなるんだ」

「お前には話せない。どうしても知りたいなら本人に聞け。あいつ自身が話すなら俺は止めねぇ」

「……分かった。土方さん……」

藤堂はぐっと腰を折ると座ったまま深く頭を下げた。
手の平をべったり畳に付ける。鼻頭も、額も、畳に擦り付けんばかりに深く。肩は小刻みに震えている。

「お世話に、なりましたっ……!!」

「…………あぁ」

そのまま暫く沈黙が続いた。
土方も掛けたい言葉は数多く浮かべど、纏まらなかったのだ。
声を掛ければ藤堂はそれで終いと行ってしまう。下手な事を言えばそれこそ今生の別れになってしまうだろう。

……平助、俺はお前が好きだぜ、どこまでも真っ直ぐなお前が……

土方の想いを余所に、藤堂は立ち上がると顔を伏せたまま部屋を出ようとした。

「平助っ」

咄嗟に土方が呼び止めるも、僅かに首を動かすだけでその顔の色は分からない。
藤堂もこれ以上、土方の顔を見ていられなかった。
これ以上あの熱い瞳と対峙すれば己の信念すら溶けてしまいそうだ。

「生きろよ」

「……っ」

驚きを隠し、小さく頷いて静かに障子を閉めた。
頷きながら微かに口元に笑みが浮かんだ……土方にはそう見えた。

「平助、生きろ……お前の道を」

土方は藤堂が立ち上がった後に残る、畳についた雫の痕を眺めていた。

この日、新選組は藤堂平助という大きな力を失った。

そして今、彼は御陵衛士として・・・


藤堂はぼんやりと目の前の景色を眺め、懐かしい出来事を思い出していた。
ふと狭い路地から空を見上げた。
座り込む地面は凍りそうなほど冷たい。

「月……見えねぇや……」

狭いこの場からは町屋の屋根に阻まれ、月は見えなかった。

「このままじゃ死ねねぇな、月が見たい……それに、夢主に礼を言わなきゃ……ちょっと、休んでからだな……」

幸い辺りは静かだ。斬り合う音も聞こえない。それなりに遠くへ逃げ出せたのだろう。
藤堂はゆっくりと息を吐き目を閉じた。

やがて路地の藤堂に気付くこと無く、何人かの新選組隊士が路地の向こうを走り抜けていった。
藤堂はまだ、目を閉じていた。
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