98.絢爛と静寂の再会

夢主名前設定

本棚全体の夢小説設定
主人公の女の子

この小説の夢小説設定
主人公の女の子

「呑めるなら、呑め」

「は……はぃ……」

断るなと気迫ある言葉。
斎藤から酒を受け、夢主はそっと口に運んだ。
ちろ……と舐めるように口に含む。そのさまを二人から見られるのすら恥ずかしい。酒が触れた舌先がじんと熱を持った。

「美味しいです……」

「貸せ」

「あっ……」

斎藤は夢主の手から盃を奪うと残りを一気に呑み干した。

「うむ、確かに本物の酒だな。お前も酒を楽しめるようになったのか」

「おいっ……斎藤っ!」

「何か」

きょとんと二人を交互に眺める夢主には、比古が怒った意味が分からなかった。
斎藤も理由を説明せず、鋭い目を比古に向けてほくそ笑むばかりだ。

「ちっ……斎藤、貴様はやはり性質が悪いな。全く、どうして沖田にしないんだか」

「懐かしい名前を出すな、すっかり忘れていたぜ」

「よく言うぜ、二人で取り合ってたんだろう、新選組の仕事ではよく連れ立って京の町を取り締まってたそうじゃねぇか。言わば相棒みたいな男だろ」

「フッ、相棒とはまた奇妙な言葉だ。巡察か……そういえば沖田と共に、そんな事もあったな」

「すっかり忘れたという訳か、薄情な男だ。夢主、やはりこいつは止めておけ!」

「貴様の許しなど乞う気は無い」

夢主は何の話しか首を傾げるが、良からぬ雰囲気だけはひりひりと伝わった。
二人の勢いに押され、斎藤が沖田と自分を取り合っていたと認めた事すら聞き逃していた。
更に、斎藤がこの特別な雰囲気を利用し、婚礼の盃を真似て遊んだ事にも気付かなかった。
比古はそれに気付き、いい気がしなかったのだ。

「それよりも、私……斎藤さんに色々とお聞きしたいんです。こうして会えたという事は……斎藤さんはもう御陵衛士を……」

夢主が話し始めると、斎藤は比古を警戒して目配せをした。

「あ……大丈夫です。その、新津さんには私の事は全部お話してあります……あっ、全部ではありませんが、でも隠し事をしている訳ではっ!」

斎藤と比古、どちらの顔も立てようとするが上手く纏められず慌てる夢主に、二人の男はやれやれと目を合わせた。
察しの良い男達は互いの立場を了解したと頷いた。

「いいさ気にするな。お前の言う通りだ夢主、時は来た」

「い……伊東さんは……」

「時間の問題だろうな」

「そう……ですか……斎藤さんはどうされるのですか、いつまでこちらに……」

「伊東が討たれるまで……と言えば分かるか。暫くここに、後は連絡待ちだ。匿ってくれる場所の目処は付いている」

「分かりました、伊東さんが……斎藤さん、藤堂さんは」

斎藤はゆっくり首を振った。
夢主は顔を歪めて涙を落としそうになる。

「泣くなよ、白粉が落ちると厄介だぞ」

「はぃっ……大丈夫です……」

藤堂さんも死んでしまう……
夢主は涙を堪えながら震えていた。

「言い伝えを……藤堂さんが実は生きていたって噂話を聞いたことがあるんです。もしかしたら……」

「無理だ」

「俺も手は出さん」

もしかしたら藤堂を助けられるのでは。
夢主は縋るように二人の顔を見るが、きっぱりと断りの言葉が返ってきた。
今まで張り合って言い合いをしていた二人が揃って見せた反応に、肩を落とす。

自分一人でも藤堂の逃走を手助けするくらいなら出来るだろうか。
記憶が正しければ、藤堂は一度騒動の中から抜け出す間際まで動いていた。
あと一歩、藤堂の背を切りつけた隊士さえ止められたら……
夢主は膝の上で握り締めた拳を見つめた。

「馬鹿な考えはよせよ」

「お前が出来ることは何も無い。時代に任せるんだな」

「時代に……」

夢主の心中を察した二人、だが思いを振り切ることは難しい。
斎藤は参ったなと溜息を吐き、夢主から視線を逸らして呟いた。

「それから取り決めのせいもあってな……俺は改名するぞ」

気に病まぬよう、少しでも気を逸らそうと呟いた。
気が逸れるほど夢主にとって大事であるかどうかは分からぬが、自らの改名を伝えた。
4/9ページ
スキ