97.別れの万寿
夢主名前設定
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「比古師匠のお話していた人……京のお方なんですか」
「俺の惚れた女か、いや……もっと離れた場所さ。もういい、その話は……」
「すみません、つい……」
夢主は猪口を口へ運び、そっと唇を近づけた。
「美味しい……ありがとうございます。お酒の呑み方……教えてくださって」
「あぁ、構わんさ。教えない男共が悪い。戻ってからは無茶な呑み方をするなよ、酒がまずいと感じたならば己の心を疑え」
「はぃ……」
酒がまずいと……それは今京の町で思い悩んでいる緋村の話ではないのか。
比古が度々京の町に下りるのは、飛び出した幼い弟子が同じ町にいると知って彼を心配し様子を見ているのでは。夢主は比古の横顔を見つめた。
「あの……」
「なんだ」
「お弟子さん……剣心が京の町にいるの……ご存知なんですよね」
比古は猪口の酒を全て流し込んだ。飲み干した反動のように夢主を見下ろす。
何か言いたげに目が表情を変えた。
「さぁな……もう俺に弟子なんざいねぇからな」
「そうですか……でも、もしかして気に掛けているんじゃ」
「俺は知らん。ただこの場所が気に入っているだけだ。だが戦が始まり山に軍が入れば厄介……一旦ここを離れるかもしれん。分からんな。だが戦の中に入るのはご免だ」
「そうですね……」
「お前はどうするんだ。京が戦に巻き込まれた時、どこへ行く」
「分かりません……でもきっと東へ……いつかは江戸へと思っています」
「江戸、女一人で向かう気か」
「それも……わかりません……」
「そうか……お前が一人京を去るというのなら力を貸すぞ」
「比古師匠……」
女一人で行く長旅は危険だ。戦火が訪れればそれは更に増す。
お前のような女なら尚更だと、比古は夢主の為なら面倒も厭わないと協力を申し出た。
しかし己が動くまでもあるまいと、すぐさま気持ちを改めた。
「だが、その必要も無いかもしれんがな」
「何故ですか」
「フッ。さぁな、お前はそのうちに情の深さを知ることになるだろうよ」
「情の……」
「さぁ、俺にも酌をしてくれないか」
「はい」
夢主は自分の猪口を置き、小さめの酒瓶を手にした。
酒屋の行き帰りに比古が抱えるのは大きな酒瓶、一人で呑む時はそのまま盃に汲む。
予め酌を受けることを望んでいたかのように、小さな瓶が置かれていた。
「注ぐのが上手いな、酒が美味くなる」
「そんな……ありがとうございます」
ことりと瓶を置くと、二人の周りを吹き抜けた夜風に夢主はひとつ、くしゃみをした。
「おいおい、大丈夫か。明日ここを出るのに風邪を引くなよ」
「すみませんっ、雪でも降りそうな寒さですね……」
「そうだな、初雪が来るかもしれん」
空を仰ぎ見ると、月の周りを囲む雲が淡く虹色に輝いていた。
「虹……月夜の虹……」
「美しいな。本当に降るかも知れんぞ」
「はぃ……夜の虹を見ると幸せが訪れるそうですよ」
「ほぅ、それは初耳だな」
「ふふっ、ただの言い伝えです。でも……綺麗ですね……」
静かな冷えた空気の中、空を見上げる夢主の頬にひたりと何かが下りてきた。
「俺の惚れた女か、いや……もっと離れた場所さ。もういい、その話は……」
「すみません、つい……」
夢主は猪口を口へ運び、そっと唇を近づけた。
「美味しい……ありがとうございます。お酒の呑み方……教えてくださって」
「あぁ、構わんさ。教えない男共が悪い。戻ってからは無茶な呑み方をするなよ、酒がまずいと感じたならば己の心を疑え」
「はぃ……」
酒がまずいと……それは今京の町で思い悩んでいる緋村の話ではないのか。
比古が度々京の町に下りるのは、飛び出した幼い弟子が同じ町にいると知って彼を心配し様子を見ているのでは。夢主は比古の横顔を見つめた。
「あの……」
「なんだ」
「お弟子さん……剣心が京の町にいるの……ご存知なんですよね」
比古は猪口の酒を全て流し込んだ。飲み干した反動のように夢主を見下ろす。
何か言いたげに目が表情を変えた。
「さぁな……もう俺に弟子なんざいねぇからな」
「そうですか……でも、もしかして気に掛けているんじゃ」
「俺は知らん。ただこの場所が気に入っているだけだ。だが戦が始まり山に軍が入れば厄介……一旦ここを離れるかもしれん。分からんな。だが戦の中に入るのはご免だ」
「そうですね……」
「お前はどうするんだ。京が戦に巻き込まれた時、どこへ行く」
「分かりません……でもきっと東へ……いつかは江戸へと思っています」
「江戸、女一人で向かう気か」
「それも……わかりません……」
「そうか……お前が一人京を去るというのなら力を貸すぞ」
「比古師匠……」
女一人で行く長旅は危険だ。戦火が訪れればそれは更に増す。
お前のような女なら尚更だと、比古は夢主の為なら面倒も厭わないと協力を申し出た。
しかし己が動くまでもあるまいと、すぐさま気持ちを改めた。
「だが、その必要も無いかもしれんがな」
「何故ですか」
「フッ。さぁな、お前はそのうちに情の深さを知ることになるだろうよ」
「情の……」
「さぁ、俺にも酌をしてくれないか」
「はい」
夢主は自分の猪口を置き、小さめの酒瓶を手にした。
酒屋の行き帰りに比古が抱えるのは大きな酒瓶、一人で呑む時はそのまま盃に汲む。
予め酌を受けることを望んでいたかのように、小さな瓶が置かれていた。
「注ぐのが上手いな、酒が美味くなる」
「そんな……ありがとうございます」
ことりと瓶を置くと、二人の周りを吹き抜けた夜風に夢主はひとつ、くしゃみをした。
「おいおい、大丈夫か。明日ここを出るのに風邪を引くなよ」
「すみませんっ、雪でも降りそうな寒さですね……」
「そうだな、初雪が来るかもしれん」
空を仰ぎ見ると、月の周りを囲む雲が淡く虹色に輝いていた。
「虹……月夜の虹……」
「美しいな。本当に降るかも知れんぞ」
「はぃ……夜の虹を見ると幸せが訪れるそうですよ」
「ほぅ、それは初耳だな」
「ふふっ、ただの言い伝えです。でも……綺麗ですね……」
静かな冷えた空気の中、空を見上げる夢主の頬にひたりと何かが下りてきた。