97.別れの万寿
夢主名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
この日、何を思ったのか比古は小屋に戻ってから、一度もまともに夢主の顔を見なかった。
夢主は荷造りを終えて、手持ち無沙汰になっていた。
同じ空間で一度も目が合わないまま過ぎる時。比古の様子のおかしさに不安が募り、居た堪れなくなっていた。
夕飯時、比古からたっぷりと煮物が入った器を渡され、ようやくその目が合った。
「晩酌、お供します……」
ほっとして夢主が呟いた。
目を合わせたまま暫く黙っていた比古だが、やがて観念したように口を開いた。
「好きにしろ……」
夢主が静かに微笑んで頷くと、比古はさっさと食事を終えて酒瓶片手に外に出て行ってしまった。窯は燃えていないが外で酒を呑むつもりだ。
既に雪がちらつきそうなほど寒い山の夜。
比古はいつもと同じ衣で外の丸太に腰掛けた。
暫くして食事を終えた夢主が、静かに比古の隣に腰を下ろした。
「比古師匠……何か怒ってらっしゃるんですか、町から戻ってからとても……怖いです。不機嫌と言うか……ぴりぴりして……」
そう言う夢主の言葉は尻すぼみに消えていった。
また目も合わず口も利いてもらえないのか。
「いや、怒っている訳ではない。すまん、萎縮させたか」
「……いぇ……」
その通りだと言わんばかりに戸惑う夢主に比古は優しい顔を向け、猪口を一つ手渡した。
「ほら、本当に最後になるかもしれん。俺とお前の晩酌だ」
「そんな……」
俯きながら猪口を手に取り、比古からの酒を受けた。
最後の晩酌、今生の別れになるかもしれない。激動の時代が極みを迎える現実を身に沁みて感じる。
「お前は戻るんだ、元の生活に。そして必ず時代に巻き込まれる」
「比古師匠……」
「教えた護身術だが、無理をして使うなよ。ここぞと筋が見えた時にだけ発動するんだ。今の京都、生半可ではない男が多すぎる。しかも力ばかりで頭のずれた男ばかりだ」
比古は見えない何かに怒っているように酒を呑み干した。
「だが、中にはいい男も混じっているな、沖田総司……あれは真っ直ぐでいい男だ。壬生狼として生きている事がどれほど口惜しいか」
「沖田さん……」
「あぁ。それから斎藤か、沖田ほどではないが悪くはないな、確かに……。俺は気に食わんがな」
「はぃ……」
しゅんと体を小さくする夢主に比古は尚も続けた。
「だがお前が選んだ男だというのなら、間違いなかろう。俺より自分の目を信じるんだな」
顔を上げる夢主に微笑みかけて比古は頷いた。
「いつでも戻って来い。間違えたと思ったならば、酷い仕打ちをされたならば、いつでも戻って来い。俺はお前を迎え入れる。そうだな……客では無く、家族としてはどうだ」
「家族……」
「あぁ、悪くないだろう」
妻とは言わない、家族で良い。
再び自らの元に戻って来る日が来るのならば、その時は責任を持ってお前を守り、面倒を見よう。
そしてもしお前がそう望む日が来たならば……俺は全てをお前に捧げよう。
比古は心強い笑顔を向けた。
夢主は荷造りを終えて、手持ち無沙汰になっていた。
同じ空間で一度も目が合わないまま過ぎる時。比古の様子のおかしさに不安が募り、居た堪れなくなっていた。
夕飯時、比古からたっぷりと煮物が入った器を渡され、ようやくその目が合った。
「晩酌、お供します……」
ほっとして夢主が呟いた。
目を合わせたまま暫く黙っていた比古だが、やがて観念したように口を開いた。
「好きにしろ……」
夢主が静かに微笑んで頷くと、比古はさっさと食事を終えて酒瓶片手に外に出て行ってしまった。窯は燃えていないが外で酒を呑むつもりだ。
既に雪がちらつきそうなほど寒い山の夜。
比古はいつもと同じ衣で外の丸太に腰掛けた。
暫くして食事を終えた夢主が、静かに比古の隣に腰を下ろした。
「比古師匠……何か怒ってらっしゃるんですか、町から戻ってからとても……怖いです。不機嫌と言うか……ぴりぴりして……」
そう言う夢主の言葉は尻すぼみに消えていった。
また目も合わず口も利いてもらえないのか。
「いや、怒っている訳ではない。すまん、萎縮させたか」
「……いぇ……」
その通りだと言わんばかりに戸惑う夢主に比古は優しい顔を向け、猪口を一つ手渡した。
「ほら、本当に最後になるかもしれん。俺とお前の晩酌だ」
「そんな……」
俯きながら猪口を手に取り、比古からの酒を受けた。
最後の晩酌、今生の別れになるかもしれない。激動の時代が極みを迎える現実を身に沁みて感じる。
「お前は戻るんだ、元の生活に。そして必ず時代に巻き込まれる」
「比古師匠……」
「教えた護身術だが、無理をして使うなよ。ここぞと筋が見えた時にだけ発動するんだ。今の京都、生半可ではない男が多すぎる。しかも力ばかりで頭のずれた男ばかりだ」
比古は見えない何かに怒っているように酒を呑み干した。
「だが、中にはいい男も混じっているな、沖田総司……あれは真っ直ぐでいい男だ。壬生狼として生きている事がどれほど口惜しいか」
「沖田さん……」
「あぁ。それから斎藤か、沖田ほどではないが悪くはないな、確かに……。俺は気に食わんがな」
「はぃ……」
しゅんと体を小さくする夢主に比古は尚も続けた。
「だがお前が選んだ男だというのなら、間違いなかろう。俺より自分の目を信じるんだな」
顔を上げる夢主に微笑みかけて比古は頷いた。
「いつでも戻って来い。間違えたと思ったならば、酷い仕打ちをされたならば、いつでも戻って来い。俺はお前を迎え入れる。そうだな……客では無く、家族としてはどうだ」
「家族……」
「あぁ、悪くないだろう」
妻とは言わない、家族で良い。
再び自らの元に戻って来る日が来るのならば、その時は責任を持ってお前を守り、面倒を見よう。
そしてもしお前がそう望む日が来たならば……俺は全てをお前に捧げよう。
比古は心強い笑顔を向けた。