97.別れの万寿
夢主名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
斎藤が出した手紙の一つは比古が通う酒屋に届けられた。手紙の中には、夢主を預かってくれた礼だと、幾らかの金子が共に包まれていた。
手にした比古は文面を眺めてしかめっ面をしている。
「フン、斎藤の野郎……おい、主人」
「あぃ」
いつもの気が利く店の主人に声を掛けると、比古は手にしていた金をそのまま手渡した。
「これは……一体なんのおつもりで」
「すまないな主人、散々世話になったが店を変えざるを得ないかも知れん。これ以上俺が通えばあんたの店も目をつけられちまう」
「そいつはまた何が起きているのです。しかし、こんな大金は頂けませんよ、持っていればそれこそ疑われてしまいます」
「そうか、考え無しですまなかったな。だがこれくらいなら……持っていても良かろう」
比古は押し返された金の中から小判を数枚ひっそりと渡した。
「しかし」
「世話になった。同じ酒でも、ここの酒は格別に美味かった。来れたらまた来るが、それが来年なのか十年後になるのか、俺にも分からん。時代が……動こうとしている」
「旦那……」
「すまんな、俺はもう行く」
「へぃ……ありがとうございました、またのお越しを……心待ちにしております」
いつも器一杯に酒を入れてくれるこの店、この日はこれ以上一滴も入らない程ぎりぎりまで満たされていた。
比古は深々と頭を下げる店の主人を背に感じながら、大きな酒瓶を担いで山へ戻って行った。
「あっ、比古師匠……」
小道を登る比古の顔付きがいつもと違う。
夢主は首を傾げて出迎えた。
「どうしたんですか、町で何か……」
「ここでの生活も慣れたと言うのにな、お別れのようだ」
「じゃあ……」
「あぁ。斎藤からお呼びが掛かったぞ。しかも祇園だ、あの馬鹿何を考えていやがる」
「祇園ですか」
「あぁ。支度金まで入ってやがった。何を考えてるんだか」
懐から比古が手紙を取り出し読み返すと握り潰してしまった。
この手紙は酒屋で一度目を通している。二度目、隅から隅まで目を通した比古は手紙を窯の中に放り込んでしまった。
「今度一緒に燃やしてやる」
「あの……手紙にはなんと」
「あぁ?お前を祇園に連れて来いと。勿論連れて行ってやるさ、あんな場所に俺は行きたくないがな」
「すみません、苦手な場所なんですね……」
「お前が謝らずとも良いが、全く斎藤の野郎」
酒を置く為に小屋に入ろうとした比古は、入り口ではたと立ち止まった。
「夢主、明日だ。明日連れて行くから荷物を……纏めろよ」
「急なんですね……ありがとうございます。あの、今まで……」
「分かっている、言うな」
今から別れの挨拶などされては堪らん。
比古は夢主の言葉を遮って小屋の中に姿を消した。
手にした比古は文面を眺めてしかめっ面をしている。
「フン、斎藤の野郎……おい、主人」
「あぃ」
いつもの気が利く店の主人に声を掛けると、比古は手にしていた金をそのまま手渡した。
「これは……一体なんのおつもりで」
「すまないな主人、散々世話になったが店を変えざるを得ないかも知れん。これ以上俺が通えばあんたの店も目をつけられちまう」
「そいつはまた何が起きているのです。しかし、こんな大金は頂けませんよ、持っていればそれこそ疑われてしまいます」
「そうか、考え無しですまなかったな。だがこれくらいなら……持っていても良かろう」
比古は押し返された金の中から小判を数枚ひっそりと渡した。
「しかし」
「世話になった。同じ酒でも、ここの酒は格別に美味かった。来れたらまた来るが、それが来年なのか十年後になるのか、俺にも分からん。時代が……動こうとしている」
「旦那……」
「すまんな、俺はもう行く」
「へぃ……ありがとうございました、またのお越しを……心待ちにしております」
いつも器一杯に酒を入れてくれるこの店、この日はこれ以上一滴も入らない程ぎりぎりまで満たされていた。
比古は深々と頭を下げる店の主人を背に感じながら、大きな酒瓶を担いで山へ戻って行った。
「あっ、比古師匠……」
小道を登る比古の顔付きがいつもと違う。
夢主は首を傾げて出迎えた。
「どうしたんですか、町で何か……」
「ここでの生活も慣れたと言うのにな、お別れのようだ」
「じゃあ……」
「あぁ。斎藤からお呼びが掛かったぞ。しかも祇園だ、あの馬鹿何を考えていやがる」
「祇園ですか」
「あぁ。支度金まで入ってやがった。何を考えてるんだか」
懐から比古が手紙を取り出し読み返すと握り潰してしまった。
この手紙は酒屋で一度目を通している。二度目、隅から隅まで目を通した比古は手紙を窯の中に放り込んでしまった。
「今度一緒に燃やしてやる」
「あの……手紙にはなんと」
「あぁ?お前を祇園に連れて来いと。勿論連れて行ってやるさ、あんな場所に俺は行きたくないがな」
「すみません、苦手な場所なんですね……」
「お前が謝らずとも良いが、全く斎藤の野郎」
酒を置く為に小屋に入ろうとした比古は、入り口ではたと立ち止まった。
「夢主、明日だ。明日連れて行くから荷物を……纏めろよ」
「急なんですね……ありがとうございます。あの、今まで……」
「分かっている、言うな」
今から別れの挨拶などされては堪らん。
比古は夢主の言葉を遮って小屋の中に姿を消した。