97.別れの万寿

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主人公の女の子

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主人公の女の子

「斎藤さん……貴方、新選組を討つと言ったら、それでも変わらず私に力を貸してくれるのかしら」

「……フッ」

斎藤はこの上ない悦びと顔を歪めた。

「もちろんです。俺はその為に出て来たんだ、力を振るい続ける為にな」

「消えゆく組織にあっては折角の力も無力……さすがよ斎藤さん、私が見込んだ人だわ」

「そいつはどうも」

……お前に見込まれようが嬉しくないがね……

「藤堂君はどうするんです、彼はあれでいて試衛館の面々と仲が良かったはずだが」

「心配無用よ、彼は心を決めているわ」

「そうですか、それは良かった」

藤堂が意を決しているとは意外だった。そうならば彼も共に粛清されてしまう。
瞬間的に江戸の試衛館や壬生の道場で木刀を向け合った日、阿呆に興じる藤堂を野次った日々を思い浮かべてしまった。
すぐに思いを振り払うと斎藤は誤魔化すようにフフンと鼻をならし、伊東も笑って応えた。

この夜、伊東と坂本の会談でそばに控えた斎藤は多くの情報を耳にした。
穏便に事を進めるのを望む坂本が帰った後、伊東の口から決定的な言葉を聞いた。

「近藤、土方の首を取るわよ」

伊東が扇を手に斎藤に近寄り、静かに告げた。

「そうですか」

「ふふっ、驚かないのね。あの二人さえいなければ組織は潰れたも同然……使える戦力だけこちらに引き抜いて、あとは全て事に乗じて滅するのよ」

「成る程。それで俺の出番ですね」

「えぇ、出来るかしら。貴方のよく知る相手よ」

「フッ、見くびられたものだ。知る相手だからこそ面白いと言うもの。日取りや手段は貴方が決めるのでしょう、伊東さん」

「もちろんよ、もう策は練ってあるの。既に使いも出してあるわ」

斎藤が見た中で一番の卑しい微笑を湛え、伊東は新選組局長・副長を討ち取る策を語り始めた。
支援が足りず金に困っている、新選組の手当てを分けて欲しいと頭を下げに行くのだ。
尊大な近藤達は自分が頭を下げると知れば喜んで迎えるだろう。そして金を借りた代わりに礼を振舞う。
その謝礼の席で取り囲んで始末しようと言うのだ。多勢に無勢、奴らの得意の策で討ち取ってやると伊東は上機嫌に語った。

兼ねてからの企みを実行できる上、纏まった金まで手に入るのだ。
政治活動には実際、金が掛かることを伊東は知っていた。

「斎藤さんは待機して頂戴、まずは私が頭を下げる振りをするから、動くのはその後よ」

「そうですか。ではまた祇園にでも行っていましょうかね」

「いいわ、お代は持ちましょう。その代わり酔って使い物にならない、なんて事はご免よ」

「俺を誰だと思っているんです」

「ほほっ、そうでしたわね……島原に泊り込んだ時も貴方だけは酒に染まっていなかったわ、恐ろしい人」

「御理解頂き光栄、健闘を祈りますよ」

「お互いに」

伊東は会話を隠していた扇を音を立てて畳んだ。
そして伊東が席を外すと斎藤は早速祇園に向かう仕度を整えた。

「さて、どうするか」

斎藤は思いついたように伊東が溜め込んでいた御陵衛士の活動資金を一つに纏めた。
祇園の花代ならつけ払いでよい。払うにしても小判数枚抜くだけで事足りる。

「ここが潰れるならばこれも無用だろう。祇園で呑むのに丁度よい……」

斎藤は金に困ってはいない。
だが事態に気付いた御陵衛士達の当面の逃走資金を奪う為、月真院に残されていた金を全て持ち出した。
直ぐに見つかり祇園に使いが来るかもしれないが、呑み代だと適当に断りを入れれば済む。
金の当てがある伊東は深く拘らないだろうと踏んでいた。

「フン、どうせなら面白いことに使ってみるか」

斎藤は大金を手に祇園へ入ると、店の者に方々への手紙を頼んだ。
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