96.橙の祇園
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「祇園精舎の……鐘の声……」
……えっ……
夢主は真っ白になった頭で、聞こえた声を疑った。
周りの喧騒が、今聞こえた声を耳から奪っていく。
……後に、誰か……
背中合わせに寄り添い、立っている……
夢主の振り向きたい気持ちに反し、体は驚きで動いてくれなかった。
「祇園精舎の鐘の声……」
もう一度、同じ声が聞こえた。
覚えのある一文、新選組の屯所で初めて字を書いた時の一文。
その時一緒にいたあの人は褒めてくれた、この声……
……あぁっ、忘れるはずが無い……
夢主は零れそうな涙を堪えて、平家物語の冒頭にあたる一文の続きを口にした。
「しょっ……諸行……無常の……」
「響きあり……」
泣きそうになりながら、消えそうな小さな声で言葉を紡ぐと、すぐに続きが返ってきた。
低く響く美しい優しい声でゆっくりと。
続きを、続きを……
夢主は震える唇で声を絞りだした。
「さ……沙羅っ……双樹の……」
「花の色……」
「……盛者……必衰のっ」
「理をあらわす……」
「……っ」
夢主は堪えきれず涙を落とすと、それをきっかけに体の自由を取り戻した。
「斎藤さんっ!!」
忘れようも無い愛しい声、その名を呼びながら背中に抱きついた。
そのつもりだったが、振り返ったのは夢主だけでは無かったようだ。
飛び込んだ夢主は斎藤の腕に抱かれていた。
「斎藤さん……斎藤さんっ!……来ちゃいました……ごめんなさぃ、ごめんなさい……」
「いいさ、この人ごみでは誰にも見つかるまい……」
夢主は胸に顔をうずめたまま小さく頷いた。
ほろほろと涙を零す夢主を斎藤は優しい眼差しで見守っている。
見慣れた小さな体、数ヶ月もの間、人目を忍んで耐える暮らしに身を置き、頑張ってきた。
張り詰めていたものが切れたのか、止まらない涙。
見つめる斎藤の瞳が、柔らかな光を湛えた。
「噂……聞きました……」
「噂だ。俺も聞いたぞ、死人が会いに来てくれるとは思わなかったな、盆はまだ先のはずだが」
斎藤の冗談に夢主は小さく肩を震わせた。
そしてようやく潤んだ瞳で顔を上げた。
この橙の光の中を一緒に歩きたいと願った人が、自分を抱きしめてくれている。
数々の提灯に照らされた斎藤の瞳は、温かく煌めいていた。
「ふふっ……ごめんなさい、色々と……あって……」
「あぁ、伊東さんのせいだろう。こちらこそすまなかったな。ま、沖田氏縁者とは笑えないが」
「えぇっ、そんな風にっ」
「知らなかったのか」
笑うと思った夢主が吃驚して目を丸くするとは意外だった。
斎藤はてっきり己が揶揄われたのだと考えていた。
「はぃ……知りませんでした、そうだったんだ……沖田氏縁者の墓……ふふっ、変な気分です」
「そうだな」
フッ……優しく笑みながら斎藤は夢主の目元を拭ってやった。
「髪が」
斎藤はそう言うと夢主の髪をさらりと触れた。
掬うとすぐに指から落ちてしまう、短くなった髪。
「はい、噂の為に切っちゃいました」
「そうか、またすぐに伸びるだろう」
腰まで長かった美しい髪は死の報せ役に。
髪を落とすのは辛くは無かったか、斎藤は慰めるつもりで幾度か撫でてやった。
短くなっても変わらない滑らかな感触、久しぶりに感じる心地良さ。
触れる斎藤も、触れられる夢主も心地よさに身を委ねていた。
「山はどうだ、不自由は無いか」
「はぃ……おかげさまで……」
「そうか」
変わらない安らいだ笑顔に、斎藤もひねくれること無く微笑み返していた。
「あいつは大丈夫か、変な事はされていないか」
「変なっ……だ、大丈夫ですよ……」
俯きながらほんのり頬を染めた夢主を見逃さなかった斎藤、ん?っと覗き込みながらその表情を見た。
「その反応、何かあったな」
「なっ、何もっ!!ただちょっと……下帯姿を見ちゃったくらいで……」
「成る程な、まぁ寝食共にしていれば仕方あるまい……屯所でもそれなりに目にしていただろう」
赤い顔で何度か頷いた。
言われた通り、目にしてしまった褌姿は一人二人では無い。
気を取り直すと夢主は斎藤の腕の中でごそごそと動き出した。
「これは……」
夢主が自分の懐から何かを取り出し、斎藤の懐に差し込んだ。
「私が作ったんです……斎藤さんに受け取って欲しくて……今まで沢山贈り物ありがとうございます。やっと私も贈り物が出来ます……」
「物など……俺はこだわらんぞ」
「ふふっ……そうだと思ったんですが……」
「だがまぁ、ありがたく頂こう」
離れていた時を取り戻すように会話を重ねる二人だが、それはとても短い一時。
別れを切り出さねばならない時は訪れる。
……えっ……
夢主は真っ白になった頭で、聞こえた声を疑った。
周りの喧騒が、今聞こえた声を耳から奪っていく。
……後に、誰か……
背中合わせに寄り添い、立っている……
夢主の振り向きたい気持ちに反し、体は驚きで動いてくれなかった。
「祇園精舎の鐘の声……」
もう一度、同じ声が聞こえた。
覚えのある一文、新選組の屯所で初めて字を書いた時の一文。
その時一緒にいたあの人は褒めてくれた、この声……
……あぁっ、忘れるはずが無い……
夢主は零れそうな涙を堪えて、平家物語の冒頭にあたる一文の続きを口にした。
「しょっ……諸行……無常の……」
「響きあり……」
泣きそうになりながら、消えそうな小さな声で言葉を紡ぐと、すぐに続きが返ってきた。
低く響く美しい優しい声でゆっくりと。
続きを、続きを……
夢主は震える唇で声を絞りだした。
「さ……沙羅っ……双樹の……」
「花の色……」
「……盛者……必衰のっ」
「理をあらわす……」
「……っ」
夢主は堪えきれず涙を落とすと、それをきっかけに体の自由を取り戻した。
「斎藤さんっ!!」
忘れようも無い愛しい声、その名を呼びながら背中に抱きついた。
そのつもりだったが、振り返ったのは夢主だけでは無かったようだ。
飛び込んだ夢主は斎藤の腕に抱かれていた。
「斎藤さん……斎藤さんっ!……来ちゃいました……ごめんなさぃ、ごめんなさい……」
「いいさ、この人ごみでは誰にも見つかるまい……」
夢主は胸に顔をうずめたまま小さく頷いた。
ほろほろと涙を零す夢主を斎藤は優しい眼差しで見守っている。
見慣れた小さな体、数ヶ月もの間、人目を忍んで耐える暮らしに身を置き、頑張ってきた。
張り詰めていたものが切れたのか、止まらない涙。
見つめる斎藤の瞳が、柔らかな光を湛えた。
「噂……聞きました……」
「噂だ。俺も聞いたぞ、死人が会いに来てくれるとは思わなかったな、盆はまだ先のはずだが」
斎藤の冗談に夢主は小さく肩を震わせた。
そしてようやく潤んだ瞳で顔を上げた。
この橙の光の中を一緒に歩きたいと願った人が、自分を抱きしめてくれている。
数々の提灯に照らされた斎藤の瞳は、温かく煌めいていた。
「ふふっ……ごめんなさい、色々と……あって……」
「あぁ、伊東さんのせいだろう。こちらこそすまなかったな。ま、沖田氏縁者とは笑えないが」
「えぇっ、そんな風にっ」
「知らなかったのか」
笑うと思った夢主が吃驚して目を丸くするとは意外だった。
斎藤はてっきり己が揶揄われたのだと考えていた。
「はぃ……知りませんでした、そうだったんだ……沖田氏縁者の墓……ふふっ、変な気分です」
「そうだな」
フッ……優しく笑みながら斎藤は夢主の目元を拭ってやった。
「髪が」
斎藤はそう言うと夢主の髪をさらりと触れた。
掬うとすぐに指から落ちてしまう、短くなった髪。
「はい、噂の為に切っちゃいました」
「そうか、またすぐに伸びるだろう」
腰まで長かった美しい髪は死の報せ役に。
髪を落とすのは辛くは無かったか、斎藤は慰めるつもりで幾度か撫でてやった。
短くなっても変わらない滑らかな感触、久しぶりに感じる心地良さ。
触れる斎藤も、触れられる夢主も心地よさに身を委ねていた。
「山はどうだ、不自由は無いか」
「はぃ……おかげさまで……」
「そうか」
変わらない安らいだ笑顔に、斎藤もひねくれること無く微笑み返していた。
「あいつは大丈夫か、変な事はされていないか」
「変なっ……だ、大丈夫ですよ……」
俯きながらほんのり頬を染めた夢主を見逃さなかった斎藤、ん?っと覗き込みながらその表情を見た。
「その反応、何かあったな」
「なっ、何もっ!!ただちょっと……下帯姿を見ちゃったくらいで……」
「成る程な、まぁ寝食共にしていれば仕方あるまい……屯所でもそれなりに目にしていただろう」
赤い顔で何度か頷いた。
言われた通り、目にしてしまった褌姿は一人二人では無い。
気を取り直すと夢主は斎藤の腕の中でごそごそと動き出した。
「これは……」
夢主が自分の懐から何かを取り出し、斎藤の懐に差し込んだ。
「私が作ったんです……斎藤さんに受け取って欲しくて……今まで沢山贈り物ありがとうございます。やっと私も贈り物が出来ます……」
「物など……俺はこだわらんぞ」
「ふふっ……そうだと思ったんですが……」
「だがまぁ、ありがたく頂こう」
離れていた時を取り戻すように会話を重ねる二人だが、それはとても短い一時。
別れを切り出さねばならない時は訪れる。