96.橙の祇園
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「斎藤さんが……祇園で……」
「女のもとに入り浸っているそうだ。噂だがな。だが祇園に通い詰めているのは事実のようだ」
「そう……なんですか……」
自分の死の噂のせいなのか、それとも任務の上で必要な事なのか、もしかしたら本当に遊んでいるのか……
夢主は斎藤の姿を、温もりを思い浮かべながら考えを巡らせた。
「行ってみても……いいですか。お祭に……祇園に……」
「フッ、そう来ると思っていたさ」
お願いします……頭を下げる夢主の顔から血の気が引いていたのは水浴びで冷えすぎたせいではなかった。
……大丈夫、斎藤さんはもう前とは違う……でも……何か約束されたわけじゃないんだ……
生きて戻り、再び会う。
そう約束したが、それだけである。
「どうした夢主」
「いぇ……」
伝えずに祇園に連れて行ったほうが良かったか、比古は夢主の暗い顔に後悔するが、もう元には戻れなかった。
祇園祭は長い期間かけて行われる。
夢主と比古が祇園に出向いたのは見事な駒形提灯が見られる宵山の日。
建ち並ぶ町屋の屋根よりも高くそびえる山鉾の数々に目を奪われ、吸い込まれるように近寄っていった。
「凄い……凄いっ……凄いです、師匠っ!!」
「新津……」
「ぁっ、新津さん……」
昂った夢主は呼び慣れてしまった比古の名を口にしそうになり、軽く咎められて肩をすくめた。
灯された無数の提灯の明りに負けず、夢主の顔も感動で興奮し赤く色付いていた。
目に入る沢山の提灯も壮観だが、行き交う人々の群れにも圧倒された。
人の流れに巻き込まれるように体をくるりと回しながら辺りを眺める。
いつか斎藤さんや沖田さんとも歩けたら……
皆と歩けたらどれだけ楽しいだろう。想い描くだけで胸が熱くなり心が躍る。
「こんなにも人が集まってくるんですね……」
「あぁ。はぐれるなよ」
斎藤の噂も忘れたように、夢主はきょろきょろと楽しそうに首を振って歩き回った。
背後にピタリと比古が付き、姿を見失わないよう気を配る。人混みの中で夢主はしっかりと守られていた。
目に入る全ての物が橙色に染まった美しい世界にすっかり心を奪われていた。
「綺麗……」
暫くの間、夢主は祭の人混みの中を比古に付き添われて自由に歩いた。
ふらふらと人の間を縫って歩いて行く。
後ろを見れば比古が落ち着いた顔で見守っている。
艶やかな景色の中、夢主は不安を忘れ夢見心地に浸っていた。
しかし一番の群衆の真ん中で、比古が不意に夢主の肩を掴んで立ち止まらせた。
「新津さん……?」
「ほらっ……」
振り返ると突然、比古は夢主の体をトンと押した。
「えっ……」
驚いた夢主はよろめきながら手を伸ばした。
離れてしまわないよう懸命に伸ばした手、しかし比古はニッと笑うばかりでその手を取ってはくれなかった。
どうして……
戸惑いながら押された力のままに何歩か下がってようやく足が止まった。
「比……新津さん……」
周囲を窺うが比古の姿は消えていた。
……どうして……何で、比古師匠、どこっ……
突然一人にされ、夢主は不安に押し潰されそうにながら必死に比古を探した。
騒がしい人々の中、唯一頼りになる存在が消えてしまったのだ。
泣きそうな顔で途方にくれ立ち竦むが、人の流れに逆らえば、途端に誰かとぶつかる。
慌てて謝ろうとするが、振り返るとぶつかった誰かはもういない。この雑踏だ、気にも留めずに行ってしまったのだろう。
気付くと周りの人々は立ち止まること無く、楽しそうに連れ合いと話しながら歩いている。
その笑顔は一人として夢主には向いていない。
温かい提灯灯りの中に於いて一人きり、夢主は急に不安な気持ちに支配されてしまった。
周りの幸せな光景に悲しみを覚えた。
「あ……」
なんて楽しそうなのだろう……
幸せに満ちた人々の顔、一人なのは自分だけ、この時代、この広い世界、自分は一人ぼっちなの……
奇妙な孤独に襲われ、目頭が熱くなる。
そんなことはない、支えてくれる人達がいる。
我に返った夢主は比古を探そうとした。
その名を呼ぼうとするが、泣き出しそうな夢主は声を発することが出来ない。唇が震え始めた。
その時、今度は誰かが夢主にぶつかってきた。
ぶつかったと言うより、背中を合わせてきたと言った方が良いだろう。
比古師匠っ……振り返ろうとした時、背後から聞こえた声に夢主は体の自由を奪われた。
「女のもとに入り浸っているそうだ。噂だがな。だが祇園に通い詰めているのは事実のようだ」
「そう……なんですか……」
自分の死の噂のせいなのか、それとも任務の上で必要な事なのか、もしかしたら本当に遊んでいるのか……
夢主は斎藤の姿を、温もりを思い浮かべながら考えを巡らせた。
「行ってみても……いいですか。お祭に……祇園に……」
「フッ、そう来ると思っていたさ」
お願いします……頭を下げる夢主の顔から血の気が引いていたのは水浴びで冷えすぎたせいではなかった。
……大丈夫、斎藤さんはもう前とは違う……でも……何か約束されたわけじゃないんだ……
生きて戻り、再び会う。
そう約束したが、それだけである。
「どうした夢主」
「いぇ……」
伝えずに祇園に連れて行ったほうが良かったか、比古は夢主の暗い顔に後悔するが、もう元には戻れなかった。
祇園祭は長い期間かけて行われる。
夢主と比古が祇園に出向いたのは見事な駒形提灯が見られる宵山の日。
建ち並ぶ町屋の屋根よりも高くそびえる山鉾の数々に目を奪われ、吸い込まれるように近寄っていった。
「凄い……凄いっ……凄いです、師匠っ!!」
「新津……」
「ぁっ、新津さん……」
昂った夢主は呼び慣れてしまった比古の名を口にしそうになり、軽く咎められて肩をすくめた。
灯された無数の提灯の明りに負けず、夢主の顔も感動で興奮し赤く色付いていた。
目に入る沢山の提灯も壮観だが、行き交う人々の群れにも圧倒された。
人の流れに巻き込まれるように体をくるりと回しながら辺りを眺める。
いつか斎藤さんや沖田さんとも歩けたら……
皆と歩けたらどれだけ楽しいだろう。想い描くだけで胸が熱くなり心が躍る。
「こんなにも人が集まってくるんですね……」
「あぁ。はぐれるなよ」
斎藤の噂も忘れたように、夢主はきょろきょろと楽しそうに首を振って歩き回った。
背後にピタリと比古が付き、姿を見失わないよう気を配る。人混みの中で夢主はしっかりと守られていた。
目に入る全ての物が橙色に染まった美しい世界にすっかり心を奪われていた。
「綺麗……」
暫くの間、夢主は祭の人混みの中を比古に付き添われて自由に歩いた。
ふらふらと人の間を縫って歩いて行く。
後ろを見れば比古が落ち着いた顔で見守っている。
艶やかな景色の中、夢主は不安を忘れ夢見心地に浸っていた。
しかし一番の群衆の真ん中で、比古が不意に夢主の肩を掴んで立ち止まらせた。
「新津さん……?」
「ほらっ……」
振り返ると突然、比古は夢主の体をトンと押した。
「えっ……」
驚いた夢主はよろめきながら手を伸ばした。
離れてしまわないよう懸命に伸ばした手、しかし比古はニッと笑うばかりでその手を取ってはくれなかった。
どうして……
戸惑いながら押された力のままに何歩か下がってようやく足が止まった。
「比……新津さん……」
周囲を窺うが比古の姿は消えていた。
……どうして……何で、比古師匠、どこっ……
突然一人にされ、夢主は不安に押し潰されそうにながら必死に比古を探した。
騒がしい人々の中、唯一頼りになる存在が消えてしまったのだ。
泣きそうな顔で途方にくれ立ち竦むが、人の流れに逆らえば、途端に誰かとぶつかる。
慌てて謝ろうとするが、振り返るとぶつかった誰かはもういない。この雑踏だ、気にも留めずに行ってしまったのだろう。
気付くと周りの人々は立ち止まること無く、楽しそうに連れ合いと話しながら歩いている。
その笑顔は一人として夢主には向いていない。
温かい提灯灯りの中に於いて一人きり、夢主は急に不安な気持ちに支配されてしまった。
周りの幸せな光景に悲しみを覚えた。
「あ……」
なんて楽しそうなのだろう……
幸せに満ちた人々の顔、一人なのは自分だけ、この時代、この広い世界、自分は一人ぼっちなの……
奇妙な孤独に襲われ、目頭が熱くなる。
そんなことはない、支えてくれる人達がいる。
我に返った夢主は比古を探そうとした。
その名を呼ぼうとするが、泣き出しそうな夢主は声を発することが出来ない。唇が震え始めた。
その時、今度は誰かが夢主にぶつかってきた。
ぶつかったと言うより、背中を合わせてきたと言った方が良いだろう。
比古師匠っ……振り返ろうとした時、背後から聞こえた声に夢主は体の自由を奪われた。