96.橙の祇園
夢主名前設定
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「比古師匠……どうしたんですか……」
いつも自信に満ちて、迷いを微塵も感じさせない堂々とした人。その人がこんな儚い表情を浮かべるなんて。
余りに比古らしからぬ表情に訊ねてしまった。
「ん?いや……すまんな、少し羨ましいと思ってしまったのさ」
「えっ、羨ましい……比古師匠がですか」
「あぁ……お前にそこまで想われて斎藤の野郎めとな」
手元の猪口の酒を一気に流し込むと比古は驚く夢主を見て笑った。
「誤解するなよ、何もお前の気が引きたいわけじゃねぇ。そうも慕い合っているのかと思うとな、お前ら二人が羨ましく見えちまったんだ」
「師匠……」
夢主は両手で持っていた猪口をゆっくりと下ろした。
比古は何も言わず真っ直ぐ窯に顔を向けている。
「比古師匠……比古師匠も想うお人がいるのですか、その……女の方のお心を随分と奪ってきたんですよね、モテるってご自分で……」
「ははっ、まぁ望んだわけではないがな、そうなっちまうんだから仕方が無い。だが……」
暫く経って夢主が口を開くと、比古は空になった猪口を眺めて一息ついた。
「お前に話してやるか、俺はお前を気に入っている。お前には幸せになって欲しいからな」
「比古師匠……」
……人を以て鑑と為せ……俺達とは違う道を見出してくれ……
比古は目を伏せて懐かしい想いを整理してから、ゆっくり話し始めた。
「確かに、俺にだって惚れた女の一人や二人いたさ」
「どうして一緒にならなかったのですか……」
早速素朴な疑問をぶつけると、比古は苦笑いを浮かべて夜空を眺めた。
晴れ渡った夜空には無数の星が輝いている。
「そうだな……一緒にか」
星が埋め尽くす夜空から目を下ろすと、お前はなりたいんだな、斎藤と……そんな優しい眼差しを夢主に向けて、小さな溜息を吐く。
そして窯に目を戻して語り出した。
「本気で惚れた女がいた。俺も若かった……惚れたら我慢などしなかったさ、思いを告げ……そして遂げた。何度も何度も……俺は惚れた女を抱いた」
突然聞かされた比古の昔話に夢主は赤面してしまった。
淡い話を期待していたのだ、打ち明けられた真実は聞いているだけで体の奥が熱くなってしまう。
「そんな顔をするな、聞きたいんだろう」
少し意地悪に微笑む比古に夢主は応えられず、困り顔で見つめ返した。
「お前、飛天御剣流がどんなものか知っているんだろう」
「はぃ……」
「ならば、俺の背負っている宿命も……知っているだろう」
「宿命……」
比古を見つめる瞳がハッと大きくなる。
夢主は思わず口を手で覆った。
「そうだ。十三代目を受け継いだ俺は、次の世代を育てなければならなかった。それが……弟子を育てるという事が何を意味するのか……」
比古は窯の炎を目にしながら話を進めている。
ゆらゆらと揺れる焔光の中で比古の横顔は淋しげで、見つめる夢主は涙が込み上げてきた。
「弟子が成長する程に、俺は死に近づく。そんな俺が……一緒になって惚れた女を遺して逝くと分かっていて…………俺は一緒にはなれなかった」
比古は空の手に力を込めて拳を作っていた。
その力はどんどん強まり、今にも拳から血が滲みそうだ。
「一緒にいてやりたかったさ……幸せにしてやりたかった」
感情が抑えられず、比古は酒を注ぐと一気に呑み干した。
「出来なかったんだ。そもそもすべきではなかった……想いなど告げるべきでは……」
段々と小さくなる比古の声が震えている気がして、夢主は驚いて比古を凝視した。
首を垂れ俯く比古の顔を艶やかな長い髪が隠し、その表情は分からなかった。
……その人は……今……
とても訊ねられないが、気になってしまう。
そんな夢主の心中を察したのか、比古は顔を見せずにフッと小さく笑うと静かに告げた。
いつも自信に満ちて、迷いを微塵も感じさせない堂々とした人。その人がこんな儚い表情を浮かべるなんて。
余りに比古らしからぬ表情に訊ねてしまった。
「ん?いや……すまんな、少し羨ましいと思ってしまったのさ」
「えっ、羨ましい……比古師匠がですか」
「あぁ……お前にそこまで想われて斎藤の野郎めとな」
手元の猪口の酒を一気に流し込むと比古は驚く夢主を見て笑った。
「誤解するなよ、何もお前の気が引きたいわけじゃねぇ。そうも慕い合っているのかと思うとな、お前ら二人が羨ましく見えちまったんだ」
「師匠……」
夢主は両手で持っていた猪口をゆっくりと下ろした。
比古は何も言わず真っ直ぐ窯に顔を向けている。
「比古師匠……比古師匠も想うお人がいるのですか、その……女の方のお心を随分と奪ってきたんですよね、モテるってご自分で……」
「ははっ、まぁ望んだわけではないがな、そうなっちまうんだから仕方が無い。だが……」
暫く経って夢主が口を開くと、比古は空になった猪口を眺めて一息ついた。
「お前に話してやるか、俺はお前を気に入っている。お前には幸せになって欲しいからな」
「比古師匠……」
……人を以て鑑と為せ……俺達とは違う道を見出してくれ……
比古は目を伏せて懐かしい想いを整理してから、ゆっくり話し始めた。
「確かに、俺にだって惚れた女の一人や二人いたさ」
「どうして一緒にならなかったのですか……」
早速素朴な疑問をぶつけると、比古は苦笑いを浮かべて夜空を眺めた。
晴れ渡った夜空には無数の星が輝いている。
「そうだな……一緒にか」
星が埋め尽くす夜空から目を下ろすと、お前はなりたいんだな、斎藤と……そんな優しい眼差しを夢主に向けて、小さな溜息を吐く。
そして窯に目を戻して語り出した。
「本気で惚れた女がいた。俺も若かった……惚れたら我慢などしなかったさ、思いを告げ……そして遂げた。何度も何度も……俺は惚れた女を抱いた」
突然聞かされた比古の昔話に夢主は赤面してしまった。
淡い話を期待していたのだ、打ち明けられた真実は聞いているだけで体の奥が熱くなってしまう。
「そんな顔をするな、聞きたいんだろう」
少し意地悪に微笑む比古に夢主は応えられず、困り顔で見つめ返した。
「お前、飛天御剣流がどんなものか知っているんだろう」
「はぃ……」
「ならば、俺の背負っている宿命も……知っているだろう」
「宿命……」
比古を見つめる瞳がハッと大きくなる。
夢主は思わず口を手で覆った。
「そうだ。十三代目を受け継いだ俺は、次の世代を育てなければならなかった。それが……弟子を育てるという事が何を意味するのか……」
比古は窯の炎を目にしながら話を進めている。
ゆらゆらと揺れる焔光の中で比古の横顔は淋しげで、見つめる夢主は涙が込み上げてきた。
「弟子が成長する程に、俺は死に近づく。そんな俺が……一緒になって惚れた女を遺して逝くと分かっていて…………俺は一緒にはなれなかった」
比古は空の手に力を込めて拳を作っていた。
その力はどんどん強まり、今にも拳から血が滲みそうだ。
「一緒にいてやりたかったさ……幸せにしてやりたかった」
感情が抑えられず、比古は酒を注ぐと一気に呑み干した。
「出来なかったんだ。そもそもすべきではなかった……想いなど告げるべきでは……」
段々と小さくなる比古の声が震えている気がして、夢主は驚いて比古を凝視した。
首を垂れ俯く比古の顔を艶やかな長い髪が隠し、その表情は分からなかった。
……その人は……今……
とても訊ねられないが、気になってしまう。
そんな夢主の心中を察したのか、比古は顔を見せずにフッと小さく笑うと静かに告げた。