96.橙の祇園
夢主名前設定
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「もう一つ相談があるのよ」
「何でしょう」
話は終わりと、歩き出そうとした斎藤は片眉を上げながら振り返った。
「宿舎の話なのよ。恥ずかしい話……ここもずっとはいられないの」
西本願寺を出てすぐの宿舎は一日で追い出された。
次に入ったここは自分達を受け入れてくれた、そう思ったが実はそうでは無かったのだ。
「それで場所を新たに探しているのですけれどなかなか話が進まず……どこか斎藤さんの心当たりは無いかしら、貴方それなりに京に詳しいでしょう」
「そうですね」
……それくらい自分で都合してみせろ、分隊を言い出したお前の仕事だろう……
腕を組んで考える素振りを見せながら、斎藤は内心伊東を非難した。
企み事は得意だが交渉は苦手なのか、それとも新選組を脱した者達という足枷の所為か。
「まぁ、俺は月が見える場所ならばどこへでも」
「月……斎藤さんも風流ねぇ、確かに月が綺麗に見える場所がいいわね、月……」
探し出して決めるのはお前だ。
他人事に答えた斎藤だが、伊東は何やらぶつぶつと斎藤の言葉を反芻している。
「そうよ、月真院!あそこはどうかしら!」
「月真院、高台寺ですか」
「えぇ!ちょっと私、出てくるわ!」
何かが弾けたように声を張り上げて、伊東は飛び出していった。
「やれやれ、また引越しか」
自らの宿所の移動に溜息が出る。
しかし少しは面白い事が起きそうだと懐かしい笑顔を脳裏に思い描いた。
……事実を知れば怒るだろう、夢主……
それから数日、斎藤は言葉通り祇園に通い始めた。
一方、土方の力を使い夢主の存在を一旦消してみせた比古、二人の生活がすっかり身に馴染んでいた。
……もうすぐ三月が経つが、御陵衛士とやらに大きな動きがあるようには見えない……夢主のやつ、どうする気だ……
三月の約束で身柄を受け入れたが、ここに来て三月で終わらない気配を感じていた。
しかし夢主との日々に不快はない。その時が来たら訊ねてみるか、その程度に考えた。
夢主と作ったものを本焼する夜が迫っている。
粘土から形作り、素焼きして色付けまで行った。
火が入るのを心待ちにして夢主は何度も並んだ作品を覗いていた。
この日、朝から暑い中、護身術の稽古に打ち込んだ夢主はすっかり疲れ果てていた。
食事を終えるとすぐに昼寝に就く。
その隙に比古は済ませるべき山仕事や買出しを終わらせた。
比古の思惑通り夢主は夕方目を覚まして共に火を見ると申し出た。
夢主の作品も一緒に火に入るのだ、比古は快諾した。
夕餉を終えるといつも通り酒を用意し、窯に火を入れて丸太に腰掛ける。夢主は比古の隣に腰掛けた。
「いいな、今日は一気に飲み干すなよ、分かったな」
「はい、この前はごめんなさい……でも今日は大丈夫です!でも少し……暑いですね」
ふふっと笑う夢主はやや汗ばんでいた。
前回の焼入れの時と異なり、今宵は昼間の熱が残る。
「フン、確かにな」
爽やかに笑む比古も暑さを感じていた。
背後を吹き抜ける山風はひやりと熱を冷ましてくれるが、窯からの熱が二人を煌々と照らす。
「綺麗に焼き上がるといいな、お前の桜」
「はぃ、無事に完成するといいな……」
夢主は手元の酒を舐めるように含み、パチパチと音を立てる窯を眺めた。
「出来上がったらどうするんだ、お前が身につけるのか」
「そうですね、でも……実は、斎藤さんにひとつ渡したいなって……色々贈り物を頂いているのにお返しをしたことが無くて」
「そうか、そいつは完成が楽しみだな」
「はいっ」
夢主が笑顔を向けると、比古は一瞬笑んで目を逸らした。視線が離れる刹那、微笑みが物悲しげに見えた。
炎の明かりが揺らめいているせいだろうか。夢主は窯を見つめる比古の横顔を眺めた。
「何でしょう」
話は終わりと、歩き出そうとした斎藤は片眉を上げながら振り返った。
「宿舎の話なのよ。恥ずかしい話……ここもずっとはいられないの」
西本願寺を出てすぐの宿舎は一日で追い出された。
次に入ったここは自分達を受け入れてくれた、そう思ったが実はそうでは無かったのだ。
「それで場所を新たに探しているのですけれどなかなか話が進まず……どこか斎藤さんの心当たりは無いかしら、貴方それなりに京に詳しいでしょう」
「そうですね」
……それくらい自分で都合してみせろ、分隊を言い出したお前の仕事だろう……
腕を組んで考える素振りを見せながら、斎藤は内心伊東を非難した。
企み事は得意だが交渉は苦手なのか、それとも新選組を脱した者達という足枷の所為か。
「まぁ、俺は月が見える場所ならばどこへでも」
「月……斎藤さんも風流ねぇ、確かに月が綺麗に見える場所がいいわね、月……」
探し出して決めるのはお前だ。
他人事に答えた斎藤だが、伊東は何やらぶつぶつと斎藤の言葉を反芻している。
「そうよ、月真院!あそこはどうかしら!」
「月真院、高台寺ですか」
「えぇ!ちょっと私、出てくるわ!」
何かが弾けたように声を張り上げて、伊東は飛び出していった。
「やれやれ、また引越しか」
自らの宿所の移動に溜息が出る。
しかし少しは面白い事が起きそうだと懐かしい笑顔を脳裏に思い描いた。
……事実を知れば怒るだろう、夢主……
それから数日、斎藤は言葉通り祇園に通い始めた。
一方、土方の力を使い夢主の存在を一旦消してみせた比古、二人の生活がすっかり身に馴染んでいた。
……もうすぐ三月が経つが、御陵衛士とやらに大きな動きがあるようには見えない……夢主のやつ、どうする気だ……
三月の約束で身柄を受け入れたが、ここに来て三月で終わらない気配を感じていた。
しかし夢主との日々に不快はない。その時が来たら訊ねてみるか、その程度に考えた。
夢主と作ったものを本焼する夜が迫っている。
粘土から形作り、素焼きして色付けまで行った。
火が入るのを心待ちにして夢主は何度も並んだ作品を覗いていた。
この日、朝から暑い中、護身術の稽古に打ち込んだ夢主はすっかり疲れ果てていた。
食事を終えるとすぐに昼寝に就く。
その隙に比古は済ませるべき山仕事や買出しを終わらせた。
比古の思惑通り夢主は夕方目を覚まして共に火を見ると申し出た。
夢主の作品も一緒に火に入るのだ、比古は快諾した。
夕餉を終えるといつも通り酒を用意し、窯に火を入れて丸太に腰掛ける。夢主は比古の隣に腰掛けた。
「いいな、今日は一気に飲み干すなよ、分かったな」
「はい、この前はごめんなさい……でも今日は大丈夫です!でも少し……暑いですね」
ふふっと笑う夢主はやや汗ばんでいた。
前回の焼入れの時と異なり、今宵は昼間の熱が残る。
「フン、確かにな」
爽やかに笑む比古も暑さを感じていた。
背後を吹き抜ける山風はひやりと熱を冷ましてくれるが、窯からの熱が二人を煌々と照らす。
「綺麗に焼き上がるといいな、お前の桜」
「はぃ、無事に完成するといいな……」
夢主は手元の酒を舐めるように含み、パチパチと音を立てる窯を眺めた。
「出来上がったらどうするんだ、お前が身につけるのか」
「そうですね、でも……実は、斎藤さんにひとつ渡したいなって……色々贈り物を頂いているのにお返しをしたことが無くて」
「そうか、そいつは完成が楽しみだな」
「はいっ」
夢主が笑顔を向けると、比古は一瞬笑んで目を逸らした。視線が離れる刹那、微笑みが物悲しげに見えた。
炎の明かりが揺らめいているせいだろうか。夢主は窯を見つめる比古の横顔を眺めた。