95.弔い
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今の宿所である善立寺から五条通りへはすぐだ。
そのまま西へ向かい、少し下れば西本願寺。
「辿り着いてどうする。こんな夜更けに客人か。忍び込む、いや……」
明日まで待つと決めたはずが、五条に向かっている。斎藤は自分に呆れていた。
「夜の巡察隊に出くわすかも知れんな」
話の分かる幹部の隊ならば路地に誘って聞いてみるか……
斎藤は通りに出て西へ歩き出した。
考えを廻らせて進んでいると、ふと北の路地から斎藤の好む視線が飛んできた。
ゾクリと刺さる、生きていると実感させてくれる視線だ。
「フン、こんな夜に出くわすとはな。久しぶりだ、抜刀斎」
深い考えの中から自らの意識を引き戻し、路地の暗がりから現れた緋村に話しかけた。
「新選組……三番隊組長の斎藤一か」
「フフン、今その名で呼ばれると少々苛付くな」
斎藤の言葉に緋村はピクリと眉を動かした。
「俺は今御陵衛士、お前とて聞いているだろう。残念ながら剣を向ける相手では……無いんだよ」
そう言いながら斎藤は鯉口を切っていた。
「ならばその溢れ出る殺気は何だ、言っていることが違うな。俺も無用な争いは好まない」
緋村は斎藤が刀を向けて来るならば受けて立つしかない。
だが桂の政治を実現させる為には、今この男と戦ってはならない気がして、どう切り抜けるか判断し兼ねていた。
御陵衛士が密かに支援を受けているのは薩摩藩と聞いた、長州と薩摩が裏で何やら動き始めているとも聞く。
ここで殺り合えば桂さんに迷惑か。避けるとしても、どうやって。
緋村が威嚇の目を向けていると、斎藤の手から力が抜けた。
「喜んで殺り合いたいところだがな、俺も立場があるんだよ」
斎藤は斎藤で、土方から受けた指令を全うするには、ここで緋村と単身剣を交えるのは得策ではないと感じていた。
「残念だ」
斎藤は舌打ちをして抜きかけた刀をもとに納めた。
「斎藤一……」
「決着はまた、いずれ」
それまで死ぬなよ、宿敵に心の中で気遣いの言葉を掛け、斎藤は西へ急いだ。
もうすぐ西本願寺という辺りで、斎藤は思わぬ歓迎を受けた。
今度は南の路地から、またも暗がりからの視線だ。
「……土方さん」
「来ると思ってたぜ」
「大丈夫ですか」
「あぁ、誰にも気付かれちゃいない。来い」
土方さんにしては無謀な行動を……
斎藤は密偵の自分に会いにきた土方を内心笑うが、大人しくその後に続いた。
「ここは」
「入れ」
土方の先導に付き従い辿り着いた場所は寺だった。
光縁寺、ここには新選組の者が幾人か葬られている。
疑問を感じるがついて行くしかない。
寺の奥へ進むうちに、空を覆う雲が途切れて月明かりが射し込み始めた。
辿り着いたそこで、月色に染まり浮かび上がる墓石の文字が目に入り、斎藤は目を見開いた。
「これは」
「あいつの墓だ」
「どんな……策ですか」
「……そう思うか」
「それ以外に、何が」
刹那、衝撃を受けた斎藤だが、我に返ると真っ直ぐに土方を見据えた。
「貴方の策なのでしょう」
死んでいない前提で話す斎藤に、土方は小さな笑い声を上げた。
「くくっ、いいなぁお前は。そうだよ、その通りさ。だが今回は俺の策じゃねぇんだ」
ならば誰の……斎藤は土方の顔を見て先を促した。
「お前なら知っているだろう、夢主を託した男の策だ。何かあったんだろう、それで死んでいてくれた方が都合が良いと来たもんだ」
「成る程……腕は立つが人嫌いで面倒臭がり、そんな印象でしたね。あの男が考えそうな話だ」
「その男こそ面倒な野郎だぜ」
「全く、いい迷惑だ。しかしこの銘は……」
「ははっ、お前の名を彫って欲しかったか、だが仕方ねぇだろう、あんなこと言い放って出て行ったんだ。ここは総司に譲ってやるんだな」
「譲るも何も拘りなど」
言い返そうとする斎藤の肩をなだめるようにポン……と叩き、土方は改めて周りを見渡した。
「まぁそういう事にしておくか。それで、報告はあるか」
「ここで宜しいので」
「あぁ」
斎藤は伊東と御陵衛士の動きを事細かに伝えた。
宿舎の定まらない様子に土方は興味を抱く。
「成る程な、伊東さんは焦っているのか」
にやり……土方は嬉しそうに含み笑いを見せた。
「先は長いだろうが頼んだぜ」
「御意」
斎藤がわざと厭らしい笑みを浮かべると、土方もそれに応えて口元をにやりと動かした。
「さて、夢主が帰ってきたらこの件を何と揶揄ってやろうか」
斎藤は月下の墓石に笑い掛けた。
偽りの墓石は月明かりを受けキラキラと輝いていた。
そのまま西へ向かい、少し下れば西本願寺。
「辿り着いてどうする。こんな夜更けに客人か。忍び込む、いや……」
明日まで待つと決めたはずが、五条に向かっている。斎藤は自分に呆れていた。
「夜の巡察隊に出くわすかも知れんな」
話の分かる幹部の隊ならば路地に誘って聞いてみるか……
斎藤は通りに出て西へ歩き出した。
考えを廻らせて進んでいると、ふと北の路地から斎藤の好む視線が飛んできた。
ゾクリと刺さる、生きていると実感させてくれる視線だ。
「フン、こんな夜に出くわすとはな。久しぶりだ、抜刀斎」
深い考えの中から自らの意識を引き戻し、路地の暗がりから現れた緋村に話しかけた。
「新選組……三番隊組長の斎藤一か」
「フフン、今その名で呼ばれると少々苛付くな」
斎藤の言葉に緋村はピクリと眉を動かした。
「俺は今御陵衛士、お前とて聞いているだろう。残念ながら剣を向ける相手では……無いんだよ」
そう言いながら斎藤は鯉口を切っていた。
「ならばその溢れ出る殺気は何だ、言っていることが違うな。俺も無用な争いは好まない」
緋村は斎藤が刀を向けて来るならば受けて立つしかない。
だが桂の政治を実現させる為には、今この男と戦ってはならない気がして、どう切り抜けるか判断し兼ねていた。
御陵衛士が密かに支援を受けているのは薩摩藩と聞いた、長州と薩摩が裏で何やら動き始めているとも聞く。
ここで殺り合えば桂さんに迷惑か。避けるとしても、どうやって。
緋村が威嚇の目を向けていると、斎藤の手から力が抜けた。
「喜んで殺り合いたいところだがな、俺も立場があるんだよ」
斎藤は斎藤で、土方から受けた指令を全うするには、ここで緋村と単身剣を交えるのは得策ではないと感じていた。
「残念だ」
斎藤は舌打ちをして抜きかけた刀をもとに納めた。
「斎藤一……」
「決着はまた、いずれ」
それまで死ぬなよ、宿敵に心の中で気遣いの言葉を掛け、斎藤は西へ急いだ。
もうすぐ西本願寺という辺りで、斎藤は思わぬ歓迎を受けた。
今度は南の路地から、またも暗がりからの視線だ。
「……土方さん」
「来ると思ってたぜ」
「大丈夫ですか」
「あぁ、誰にも気付かれちゃいない。来い」
土方さんにしては無謀な行動を……
斎藤は密偵の自分に会いにきた土方を内心笑うが、大人しくその後に続いた。
「ここは」
「入れ」
土方の先導に付き従い辿り着いた場所は寺だった。
光縁寺、ここには新選組の者が幾人か葬られている。
疑問を感じるがついて行くしかない。
寺の奥へ進むうちに、空を覆う雲が途切れて月明かりが射し込み始めた。
辿り着いたそこで、月色に染まり浮かび上がる墓石の文字が目に入り、斎藤は目を見開いた。
「これは」
「あいつの墓だ」
「どんな……策ですか」
「……そう思うか」
「それ以外に、何が」
刹那、衝撃を受けた斎藤だが、我に返ると真っ直ぐに土方を見据えた。
「貴方の策なのでしょう」
死んでいない前提で話す斎藤に、土方は小さな笑い声を上げた。
「くくっ、いいなぁお前は。そうだよ、その通りさ。だが今回は俺の策じゃねぇんだ」
ならば誰の……斎藤は土方の顔を見て先を促した。
「お前なら知っているだろう、夢主を託した男の策だ。何かあったんだろう、それで死んでいてくれた方が都合が良いと来たもんだ」
「成る程……腕は立つが人嫌いで面倒臭がり、そんな印象でしたね。あの男が考えそうな話だ」
「その男こそ面倒な野郎だぜ」
「全く、いい迷惑だ。しかしこの銘は……」
「ははっ、お前の名を彫って欲しかったか、だが仕方ねぇだろう、あんなこと言い放って出て行ったんだ。ここは総司に譲ってやるんだな」
「譲るも何も拘りなど」
言い返そうとする斎藤の肩をなだめるようにポン……と叩き、土方は改めて周りを見渡した。
「まぁそういう事にしておくか。それで、報告はあるか」
「ここで宜しいので」
「あぁ」
斎藤は伊東と御陵衛士の動きを事細かに伝えた。
宿舎の定まらない様子に土方は興味を抱く。
「成る程な、伊東さんは焦っているのか」
にやり……土方は嬉しそうに含み笑いを見せた。
「先は長いだろうが頼んだぜ」
「御意」
斎藤がわざと厭らしい笑みを浮かべると、土方もそれに応えて口元をにやりと動かした。
「さて、夢主が帰ってきたらこの件を何と揶揄ってやろうか」
斎藤は月下の墓石に笑い掛けた。
偽りの墓石は月明かりを受けキラキラと輝いていた。