「一太刀、一太刀、……今の僕は剣を振るう度に自分の運命を断ち切っているんです」

「何を言っている」

「緋村さんには分からないでしょうね……ねぇ、僕の病を知っているならご存知ですか、夢主ちゃんが新選組を去ったのを」

……何っ……

緋村は思わず目を剥いた。
気が乱れ、しまった！そう思った時には沖田が飛び込んで来ていた。

「俺には関係ない！うぉおおおお！！」

沖田渾身の一撃を全身全霊の力で弾き返し、そのまま上から斬りつけた。

「っく、」

崩れた体に振り下ろされる刀、沖田は地面を転がって難を逃れた。

「動揺しましたね……やっぱり緋村さんも気になるんですね」

「黙れ、夢主殿には一度会ったきりだ」

「あははっ、その一度が大きかったようですね、そんな丁寧に呼んでくれてありがとう、僕の大事な人です」

「よく喋る男だ」

「これは失礼」

口を閉じると共に、緋村の正面へ踏み込んで三度の突きを繰り出す。
飛び退く緋村だが全ての太刀は交わしきれず、鎖骨のそばに突傷が付いてしまった。

「ちっ」

つつっと一筋血が滴り、そのまま着物の中へ垂れていく。

「惜しい、二回も外しましたか」

「調子に乗るな」

「調子に乗っているのは貴方達です、緋村さん！貴方達が世を掻き乱すからこんな事に！！夢主ちゃんだって……」

沖田はいつしか八つ当たりの言葉を吐いて斬りつけていた。

この場に勝手知ったる斎藤がいれば「落ち着け、勝てる戦いも勝てなくなるぞ」、そう諭してくれただろう。
だが今は沖田を宥める者はいなく、対する緋村も激情家の気質を備えていた。

「いい迷惑だ、世を乱しているのはお前達だろう！！沖田総司！！」

「みんな穏やかに暮らしていたのに、町を焼こうとしたり闇討ちをしたり、争いに関係のない人々をどうしてそんな平気で殺せるんですか！」

「黙れ！」

「貴方は強い、確かに強い！だからって、やって良いことと悪いことがあるでしょう！」

「知ったふうな口を！」

緋村は怒るように叫んだ。

好きで斬っているわけでは、好きで殺しているわけでは無い。
いつか平和が訪れたら人を斬るのを止めたいと思う程、今は葛藤を抱えて人を斬っている。
そんな本音を言えるはずもなく、沖田の罵声に耐えて剣をぶつけた。

人々の幸せを守りたい想いはどちらも同じだ。

周囲では隊士達と長志士達がぶつかり合っている。罵り合う二人の剣客に、男達は怪訝な顔を見せていた。

緋村は疾さと軽い体を活かして町屋の壁を蹴り加速するが、剣客として似ている沖田も同じく壁を蹴って加速する。
凄まじい速さでぶつかり、夜の空気に火花が散った。
飛び上がって斬りつけても軽々と躱される。
下から突き上げても、身を翻してすぐに体勢を整える。
疾さを活かしても同じ疾さで弾かれるだけだった。

双方、互角の力でせめぎ合う時間が過ぎていく。
互いの息も切れ始めた頃、遠くで呼び子の音が鳴り響いた。
新選組の呼子、永倉の隊で吹かれたものだ。

「呼び子っ……新手かっ！こっちも手が離せないと言うのに」

助けを待つ仲間がいる。沖田が気を散らした瞬間、きりがないと案じていた緋村が咄嗟に体を離した。
隙を突いて技を放ち、周囲に土礫を巻き起こす。
緋村に体を向けていた隊士達は目潰しを受ける形になり、顔を守った。

「あっ！！卑怯です緋村さん！！」

「これ以上の争いは無用！！皆、早く！！」

「ちっ」

緋村の声に従い走り去る志士がいる一方、このまま逃げられるかと逃走を拒んだ者もいた。
動きが鈍った隊士に斬りつけようと刀を振りかぶり、阻止に入った沖田の一太刀で倒される。
その間に、緋村と残る志士達は姿を消していた。

「争いが無用……こんな時代にそんなことを……」

沖田は大きな音を立てて刀を振り下ろした。
血を払い、隊士達を引き連れて、呼び子が聞こえた方角へ駆け出した。