94.山での一日
夢主名前設定
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翌朝、東の空が明らむ頃、比古は既に山を下りていた。
四刻以上も窯の前に座り続けた比古だが、火を落とし、窯の中が冷えるまでの間に布団を取りに下りたのだ。
夢主と二人歩けば一刻掛かる道のりも、比古一人で駆け抜ければあっという間。夢主が目を覚ます頃には、隣にもう一組の布団が畳まれていた。
一方、新選組の屯所では伊東一派がいよいよ西本願寺を出て行った。
屯所に残った男達は夢主の姿が無いと気付き、小さな騒ぎが起きていた。
一番に気付かなければ不審である沖田は芝居が苦手な為、土方に「夢主を探しに行きます」と告げ屯所を飛び出していた。
中には御陵衛士について行ったのでは、伊東達の後を追うべきだと進言する者もあったが、土方はこれを止めた。
気心の知れた仲間だけではなく、日々殺伐とした隊務で荒む心を和ませてくれた存在までもがいなくなってしまった。
この日はさすがの原田や永倉も呆然と一日を過ごした。
西本願寺を出た斎藤達は、三条にある城安寺に入るものの何やら落ち着ける様子ではなく、そのうちに一人場を離れていた伊東が渋い顔で戻って来た。
「どうかしましたか」
「いえ……何でもないわ。……明日にはここを出るわよ」
早速問題発生かと斎藤が探りを入れると、思いもよらない言葉が返ってきた。
周りにいた男達から動揺の声が上げる。
「何っ」
「伊東さん、どういう事ですか」
「ここは宿舎には出来ないという事よ、全く……みんな理解が悪いのよ」
初めは二条城にほど近い辺りに宿舎を探した伊東だが、それを諦めて入ったのが今回の城安寺。
当初の予定よりかなり東と言えよう。
「フン、残念ですね、伊東さん」
「大丈夫よ……ちょっと出てくるわ」
次の宿舎を本日中に決めなければ……伊東は焦りを浮かべた顔で出て行った。
「俺も少し出てくる」
斎藤も伊東の後を追うように外に出た。
城安寺の山門前、伊東は既にどこかへ消えて姿は無い。
慌てて探す必要も無かろうと斎藤は目に付いた道を歩き出した。
……新津の住処は山と言っていたな……そういえば大津へ行きたいと歩いた雪の日、あれは五条だったか……
斎藤はそんなことを考えながら、目的もなく南へ歩いて行った。
……寒い冬の日に積もった雪の中、夢主をつれて歩き汁粉を食べさせた店は……沖田君の馴染みの店はもう少し先だな……
再び降り出した雪に、店の傘を借りて歩いた日が懐かしい。
遠慮がちに体を寄せる夢主、傘の下に並んで歩けば嫌でも時々触れてしまう。
斎藤は思い出してしまった感触を振り払うように一人頭を振った。
歩きなれた京の町、斎藤は今更迷いもせず、過ぎ去る景色を気にもせず歩いていた。
やがてぴたりと足を止めて十字路の一方を眺めた。
……ここを西へ行けば懐かしい地だな……だが、今は行く訳にはいかん……
仮宿舎からただひたすら南に歩いた斎藤は、思い立って清水寺に向かった。
理由はただ辿り着いてしまったから、それだけだった。
清水寺は多くの参拝客で賑わっている。
参道を歩く斎藤は、いつしかすれ違う人々の中に夢主の姿が無いか探している己に気が付いた。
「昨日の今日でいる訳があるまい」
愚かな行動をと自分を笑う斎藤は、本堂まで上って行った。
「相変わらず賑やかだ」
斎藤は本堂の欄干から京の市中を見渡し、傍に迫る山に目を向けた。
「どこかにいるのだろう……フッ」
……我ながら真に阿呆ぅ……
斎藤は再び我に返り自嘲すると山を下り始めた。
なかなかに愚かしい。自分を笑わずにいられず、どこかにやけた表情で歩いていた。
「あら、斎藤さん!」
「伊東さん。どうしました、顔色が良くなっていますね」
蒼白な顔で出て行った伊東がにこやかな顔で声を掛けてきた。
斎藤は皮肉を込めて返した。
「ふふふっ、良い話があったのよ、明日の宿舎が決まったわ!」
「ほぅ、それは……さすがは伊東さん。弁が立つのも才能ですね」
「えっ?まぁ私の交渉力は、なかなかのものでしょう、ふふふ」
口が巧いのは確かだな……斎藤は機嫌よく歩く伊東の後姿を目で追った。
ひとまず肩の荷が下りたと軽い足取りで皆の待つ城安寺へ戻って行く。ただ歩き回っていただけの斎藤もその後に続いた。
任務の為に伊東について新選組を出て来たとは言え、明日から寝床にも困るのではさすがに阿呆臭い。
ひとまず目先の問題が解決し、斎藤もやれやれと一息を吐いた。
四刻以上も窯の前に座り続けた比古だが、火を落とし、窯の中が冷えるまでの間に布団を取りに下りたのだ。
夢主と二人歩けば一刻掛かる道のりも、比古一人で駆け抜ければあっという間。夢主が目を覚ます頃には、隣にもう一組の布団が畳まれていた。
一方、新選組の屯所では伊東一派がいよいよ西本願寺を出て行った。
屯所に残った男達は夢主の姿が無いと気付き、小さな騒ぎが起きていた。
一番に気付かなければ不審である沖田は芝居が苦手な為、土方に「夢主を探しに行きます」と告げ屯所を飛び出していた。
中には御陵衛士について行ったのでは、伊東達の後を追うべきだと進言する者もあったが、土方はこれを止めた。
気心の知れた仲間だけではなく、日々殺伐とした隊務で荒む心を和ませてくれた存在までもがいなくなってしまった。
この日はさすがの原田や永倉も呆然と一日を過ごした。
西本願寺を出た斎藤達は、三条にある城安寺に入るものの何やら落ち着ける様子ではなく、そのうちに一人場を離れていた伊東が渋い顔で戻って来た。
「どうかしましたか」
「いえ……何でもないわ。……明日にはここを出るわよ」
早速問題発生かと斎藤が探りを入れると、思いもよらない言葉が返ってきた。
周りにいた男達から動揺の声が上げる。
「何っ」
「伊東さん、どういう事ですか」
「ここは宿舎には出来ないという事よ、全く……みんな理解が悪いのよ」
初めは二条城にほど近い辺りに宿舎を探した伊東だが、それを諦めて入ったのが今回の城安寺。
当初の予定よりかなり東と言えよう。
「フン、残念ですね、伊東さん」
「大丈夫よ……ちょっと出てくるわ」
次の宿舎を本日中に決めなければ……伊東は焦りを浮かべた顔で出て行った。
「俺も少し出てくる」
斎藤も伊東の後を追うように外に出た。
城安寺の山門前、伊東は既にどこかへ消えて姿は無い。
慌てて探す必要も無かろうと斎藤は目に付いた道を歩き出した。
……新津の住処は山と言っていたな……そういえば大津へ行きたいと歩いた雪の日、あれは五条だったか……
斎藤はそんなことを考えながら、目的もなく南へ歩いて行った。
……寒い冬の日に積もった雪の中、夢主をつれて歩き汁粉を食べさせた店は……沖田君の馴染みの店はもう少し先だな……
再び降り出した雪に、店の傘を借りて歩いた日が懐かしい。
遠慮がちに体を寄せる夢主、傘の下に並んで歩けば嫌でも時々触れてしまう。
斎藤は思い出してしまった感触を振り払うように一人頭を振った。
歩きなれた京の町、斎藤は今更迷いもせず、過ぎ去る景色を気にもせず歩いていた。
やがてぴたりと足を止めて十字路の一方を眺めた。
……ここを西へ行けば懐かしい地だな……だが、今は行く訳にはいかん……
仮宿舎からただひたすら南に歩いた斎藤は、思い立って清水寺に向かった。
理由はただ辿り着いてしまったから、それだけだった。
清水寺は多くの参拝客で賑わっている。
参道を歩く斎藤は、いつしかすれ違う人々の中に夢主の姿が無いか探している己に気が付いた。
「昨日の今日でいる訳があるまい」
愚かな行動をと自分を笑う斎藤は、本堂まで上って行った。
「相変わらず賑やかだ」
斎藤は本堂の欄干から京の市中を見渡し、傍に迫る山に目を向けた。
「どこかにいるのだろう……フッ」
……我ながら真に阿呆ぅ……
斎藤は再び我に返り自嘲すると山を下り始めた。
なかなかに愚かしい。自分を笑わずにいられず、どこかにやけた表情で歩いていた。
「あら、斎藤さん!」
「伊東さん。どうしました、顔色が良くなっていますね」
蒼白な顔で出て行った伊東がにこやかな顔で声を掛けてきた。
斎藤は皮肉を込めて返した。
「ふふふっ、良い話があったのよ、明日の宿舎が決まったわ!」
「ほぅ、それは……さすがは伊東さん。弁が立つのも才能ですね」
「えっ?まぁ私の交渉力は、なかなかのものでしょう、ふふふ」
口が巧いのは確かだな……斎藤は機嫌よく歩く伊東の後姿を目で追った。
ひとまず肩の荷が下りたと軽い足取りで皆の待つ城安寺へ戻って行く。ただ歩き回っていただけの斎藤もその後に続いた。
任務の為に伊東について新選組を出て来たとは言え、明日から寝床にも困るのではさすがに阿呆臭い。
ひとまず目先の問題が解決し、斎藤もやれやれと一息を吐いた。