93.ひとときの さようなら
夢主名前設定
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その頃、夢主が出て行った屯所では、戻ってきた沖田が斎藤に報告を済ませていた。
「夢主ちゃん、笑顔で行きましたよ。やっぱり新津さんは凄いな」
久しぶりに彼の目の前に立った時、沖田は得体の知れない憧れにも近い感情を抱いた。
人に憧れられ続けた試衛館の塾頭、そして新選組一番隊の組長にとって、それは新鮮な感覚だった。
……あの人は僕にないものを持っている……どうあがいても……届かないものを……
「心からお願いしますと夢主ちゃんを託せました、新津さんに」
「そうか。色々とすまなかったな」
伊東達との話を終え部屋に戻っていた斎藤だが、未だ夢主の最後の姿を気にかけていた。
腕組みをして座り、その腕の上で無意識に指をとんとん動かしている。
「斎藤さん、大丈夫ですか」
「あぁ、当然大丈夫だ。しかしあの阿呆、散々前もって伝えてやったというのに何だあの反応は」
言いながら斎藤の指の動きが速まっていく。
「ははっ、でもあれが正しい反応なのでしょう、斎藤さんが思い描いていた」
「そうだが、それにしてもだな」
指を動かすのを止めると、もう一度夢主の顔を思い浮かべた。
……泣くやつがあるか……しかもあの顔は本当に……喪心しおって……
心を傷付けられた女の顔に見覚えがある斎藤、余所の女をどれだけ傷付けようが何度泣かせようが、一度たりとも気に病んだ覚えは無かった。
酷いと言われればその通りだ。
だが求めてもいない感情を押し付けられても斎藤は迷惑にしか感じてこなかった。
……色恋など……そんなものだろう……
そう高を括っていた斎藤は、そうでは無かったと思い知らされ、大きな溜息を吐きたいのを我慢して舌打ちをした。
単純な感情だったはずがいつの間に……。
「ちっ」
嘘だと、ただの芝居だと知らせたはずが、真に傷ついた顔を見せた夢主を思い浮かべる度に、胸の奥がむかむかする。
「不機嫌ですね……斎藤さん」
「フン。さっさと面倒な仕事は終わらせたいものだ」
「これからでしょう、行ってらっしゃい」
幸せそうなほくほく顔で無邪気に言う沖田に、斎藤は再び舌打ちをした。
もちろん沖田としては あらん限りの皮肉を込めた笑顔を送った。
「あぁ、そう言えば山崎さんが戻ってきたみたいですよ。様子からして後をついて行ったんでしょうね……馬鹿だなぁ、新津さんに情けがあって助かりましたよ」
「そうか、戻ったのか」
「まさか情報を期待していたんですか」
「そんな訳あるまい。場所が分からなかったのは仕方ないが連絡方法は指定してきたんだろう、なら良しとするしかない」
斎藤は翌日、伊東達と西本願寺を出て行った。
やがて京の町に夜が訪れ、比古が燃やす火の煙は夜空に吸い込まれていた。
「いい夜だ……」
酒が美味い……
舐めるように少しずつ味わう比古、手にしているのは昼間用意した酒瓶のままだった。
「起きたか」
比古が窯の火に照らされた顔を向けると、薄暗い小屋から夢主が顔を覗かせた。
途中、目覚めても良いよう小さく灯した明かりが小屋の中を薄明るく照らしている。
「はい……すっかり寝ちゃいました。おかげでこんな時間に……」
寝過ぎた自分を笑うと、比古は笑顔で「いいじゃないか」と受け入れた。
夢主は汗や煤を拭えるように濡れた手拭いをそっと手渡した。余計なことを咎められるかと思ったが、手拭いを受け取った比古からは笑顔が返ってきた。
「すまないな。助かる」
「あの……ご飯でもお持ちしましょうか、比古師匠の作ったご飯ですけど……」
「いや飯はいい。追加の酒を頼む。火を見る時はいつもそうするのさ」
「わかりました。小屋の中にありますよね……」
比古が頷くと夢主は中に戻り、それと分かる酒瓶を見つけて外に持ち出した。
「お隣、いいでしょうか……」
「お前も物好きだな」
「だってもう眠れませんから……私は晩ご飯いただきます」
酒だけを口にする比古の隣で、夢主は昼と同じ煮物を口にした。
「夢主ちゃん、笑顔で行きましたよ。やっぱり新津さんは凄いな」
久しぶりに彼の目の前に立った時、沖田は得体の知れない憧れにも近い感情を抱いた。
人に憧れられ続けた試衛館の塾頭、そして新選組一番隊の組長にとって、それは新鮮な感覚だった。
……あの人は僕にないものを持っている……どうあがいても……届かないものを……
「心からお願いしますと夢主ちゃんを託せました、新津さんに」
「そうか。色々とすまなかったな」
伊東達との話を終え部屋に戻っていた斎藤だが、未だ夢主の最後の姿を気にかけていた。
腕組みをして座り、その腕の上で無意識に指をとんとん動かしている。
「斎藤さん、大丈夫ですか」
「あぁ、当然大丈夫だ。しかしあの阿呆、散々前もって伝えてやったというのに何だあの反応は」
言いながら斎藤の指の動きが速まっていく。
「ははっ、でもあれが正しい反応なのでしょう、斎藤さんが思い描いていた」
「そうだが、それにしてもだな」
指を動かすのを止めると、もう一度夢主の顔を思い浮かべた。
……泣くやつがあるか……しかもあの顔は本当に……喪心しおって……
心を傷付けられた女の顔に見覚えがある斎藤、余所の女をどれだけ傷付けようが何度泣かせようが、一度たりとも気に病んだ覚えは無かった。
酷いと言われればその通りだ。
だが求めてもいない感情を押し付けられても斎藤は迷惑にしか感じてこなかった。
……色恋など……そんなものだろう……
そう高を括っていた斎藤は、そうでは無かったと思い知らされ、大きな溜息を吐きたいのを我慢して舌打ちをした。
単純な感情だったはずがいつの間に……。
「ちっ」
嘘だと、ただの芝居だと知らせたはずが、真に傷ついた顔を見せた夢主を思い浮かべる度に、胸の奥がむかむかする。
「不機嫌ですね……斎藤さん」
「フン。さっさと面倒な仕事は終わらせたいものだ」
「これからでしょう、行ってらっしゃい」
幸せそうなほくほく顔で無邪気に言う沖田に、斎藤は再び舌打ちをした。
もちろん沖田としては あらん限りの皮肉を込めた笑顔を送った。
「あぁ、そう言えば山崎さんが戻ってきたみたいですよ。様子からして後をついて行ったんでしょうね……馬鹿だなぁ、新津さんに情けがあって助かりましたよ」
「そうか、戻ったのか」
「まさか情報を期待していたんですか」
「そんな訳あるまい。場所が分からなかったのは仕方ないが連絡方法は指定してきたんだろう、なら良しとするしかない」
斎藤は翌日、伊東達と西本願寺を出て行った。
やがて京の町に夜が訪れ、比古が燃やす火の煙は夜空に吸い込まれていた。
「いい夜だ……」
酒が美味い……
舐めるように少しずつ味わう比古、手にしているのは昼間用意した酒瓶のままだった。
「起きたか」
比古が窯の火に照らされた顔を向けると、薄暗い小屋から夢主が顔を覗かせた。
途中、目覚めても良いよう小さく灯した明かりが小屋の中を薄明るく照らしている。
「はい……すっかり寝ちゃいました。おかげでこんな時間に……」
寝過ぎた自分を笑うと、比古は笑顔で「いいじゃないか」と受け入れた。
夢主は汗や煤を拭えるように濡れた手拭いをそっと手渡した。余計なことを咎められるかと思ったが、手拭いを受け取った比古からは笑顔が返ってきた。
「すまないな。助かる」
「あの……ご飯でもお持ちしましょうか、比古師匠の作ったご飯ですけど……」
「いや飯はいい。追加の酒を頼む。火を見る時はいつもそうするのさ」
「わかりました。小屋の中にありますよね……」
比古が頷くと夢主は中に戻り、それと分かる酒瓶を見つけて外に持ち出した。
「お隣、いいでしょうか……」
「お前も物好きだな」
「だってもう眠れませんから……私は晩ご飯いただきます」
酒だけを口にする比古の隣で、夢主は昼と同じ煮物を口にした。