90.密偵、酒宴
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「まぁ三日も呑み続けたからな、仕方あるまい。お前も呑んで行くか、沖田君も呑むか、先に帰っても構わんが」
「なっ、何言ってるんですか!だいたい角屋さんってもっとこう格式がある場所なんじゃないですか……何ですかこの……みっともないです!」
怒る夢主の後で沖田は落ち着いた笑顔を崩さず、酔った仲間達を眺めている。
「おぅ夢主いいじゃねぇか、斎藤の言う通りだ!酔っちまったら斎藤が屯所に運んでくれるさ!」
「永倉さんまでっ!誰かを抱えて歩ける程しっかりしてるとは思えません!それにっ、こんな場所で酔うなんて無理ですっ……みんなお酒は入りすぎてて怖いです……臭いですしっ……」
横目で再び部屋を見回すと、赤い顔で眠たげであったり、寄り添う女に鼻の下を伸ばしていたりと、只ならぬ雰囲気が漂っている。
女の着物の中に手を忍ばせている者までいる。夢主は反射的に俯いた。
「みんな酔ってるだけだ、大丈夫だ」
俯いて顔を隠す夢主の手を剥ぎ取ろうと、斎藤がのぼせたような虚ろな目で手を伸ばした。
だが横から、この場で唯一酒の入っていない白い顔のままの沖田が斎藤の手首を掴んだ。
「そこまでですよ、土方さんが帰って来いと仰ってます。斎藤さん」
何か言いだけな目線で見上げてくる沖田、斎藤は睨んでから手を振り払った。
今度の密偵仕事について土方は沖田には話さないと言っていたが、もう気付いたのか。
斎藤は眉間に皺を寄せて沖田を見下ろした。
「分かったよ。伊東さん、潮時のようですね」
「そうねぇ……仕方ないわねぇ……帰りましょうか……ほほっ、籠を使いましょう……私は籠を。歩けるならお先にどうぞ……みなさんお強いのね……」
そう言うと伊東は崩れるように眠ってしまった。
夜もろくに寝ず騒いでいた。同じように数名倒れるように眠っていた。
「斎藤さんのお酒の強さは本当に凄いと思います、でも……」
鼻を摘まんで話す夢主は鼻声になっている。
「何だ」
連れ戻されるのが不満なのか宴がお開きになり不満なのか、夢主がこの場に来たことが不満なのか、とにかく斎藤は不機嫌だった。
「白粉臭いです……」
部屋から溢れる酒気にやられたのか、ほんのり赤らんだ顔で夢主は皮肉を言い捨て、皆を残して一人角屋から出ようと駆け出した。
見守っていた沖田は慌てて追いかけた。
階段では危なくて手を伸ばせないと距離を縮めて後を追い、出入り口付近の刀掛けの前で夢主を捉まえる。
「一人で動かないで下さい、ここには色んな人間がいるんです。確かに角屋の中は休戦地ですよ……でも外を行けば皆、敵味方に戻るんです、気をつけて」
「は……はぃ……」
優しい声だが真摯に願う気持ちが伝わってくる。
誰よりも案じてくれる人を困らせてしまったと反省して下を向くと、沖田が見てご覧と夢主の顔を上げさせた。
「皆で帰りましょう、ほら、困った人達も降りてきましたよ」
目を向けると、沖田の肩越しに二階から降りてくる男達の姿が目に入った。
背の高い斎藤は頭を下げるように階段を下りている。
夢主にはその姿が少し遠慮がちに頭を下げているように見え、滑稽に思えた。
階段を降りきって目の前に不服そうな顔で立つ斎藤だが、夢主は怒っていた自分を忘れてくすくすと笑い出した。
「やれやれだな、ここからまた歩くぞ、大丈夫か。部屋の酒の匂いだけで酔ったんじゃあるまいな」
「それは私の台詞です!斎藤さんこそ千鳥足で転ばないで下さいよっ」
「フン、侮られたもんだ」
斎藤は話しているうちに運ばれてきた刀を腰に戻し、草履に足を入れた。
そして足元がしっかりしていることを示す為、先立って数歩、歩いて見せた。
振り返り「どうだ」と得意気に口角を上げる。夢主は笑いながら頷くしか出来なかった。
「でも、もう駄目ですよ……あんなに乱れて呑むのは……袴付けて出なきゃ駄目ですからっ」
「ハハッ、そうか、悪かったな」
身なりを言われると思わなかった斎藤はククッと喉を鳴らし角屋の外に出た。
「行くぞ、ついて来い」
「はいっ」
酒など無かったようにすたすたと歩き出した斎藤を、夢主は軽い足取りで追いかけた。
「なっ、何言ってるんですか!だいたい角屋さんってもっとこう格式がある場所なんじゃないですか……何ですかこの……みっともないです!」
怒る夢主の後で沖田は落ち着いた笑顔を崩さず、酔った仲間達を眺めている。
「おぅ夢主いいじゃねぇか、斎藤の言う通りだ!酔っちまったら斎藤が屯所に運んでくれるさ!」
「永倉さんまでっ!誰かを抱えて歩ける程しっかりしてるとは思えません!それにっ、こんな場所で酔うなんて無理ですっ……みんなお酒は入りすぎてて怖いです……臭いですしっ……」
横目で再び部屋を見回すと、赤い顔で眠たげであったり、寄り添う女に鼻の下を伸ばしていたりと、只ならぬ雰囲気が漂っている。
女の着物の中に手を忍ばせている者までいる。夢主は反射的に俯いた。
「みんな酔ってるだけだ、大丈夫だ」
俯いて顔を隠す夢主の手を剥ぎ取ろうと、斎藤がのぼせたような虚ろな目で手を伸ばした。
だが横から、この場で唯一酒の入っていない白い顔のままの沖田が斎藤の手首を掴んだ。
「そこまでですよ、土方さんが帰って来いと仰ってます。斎藤さん」
何か言いだけな目線で見上げてくる沖田、斎藤は睨んでから手を振り払った。
今度の密偵仕事について土方は沖田には話さないと言っていたが、もう気付いたのか。
斎藤は眉間に皺を寄せて沖田を見下ろした。
「分かったよ。伊東さん、潮時のようですね」
「そうねぇ……仕方ないわねぇ……帰りましょうか……ほほっ、籠を使いましょう……私は籠を。歩けるならお先にどうぞ……みなさんお強いのね……」
そう言うと伊東は崩れるように眠ってしまった。
夜もろくに寝ず騒いでいた。同じように数名倒れるように眠っていた。
「斎藤さんのお酒の強さは本当に凄いと思います、でも……」
鼻を摘まんで話す夢主は鼻声になっている。
「何だ」
連れ戻されるのが不満なのか宴がお開きになり不満なのか、夢主がこの場に来たことが不満なのか、とにかく斎藤は不機嫌だった。
「白粉臭いです……」
部屋から溢れる酒気にやられたのか、ほんのり赤らんだ顔で夢主は皮肉を言い捨て、皆を残して一人角屋から出ようと駆け出した。
見守っていた沖田は慌てて追いかけた。
階段では危なくて手を伸ばせないと距離を縮めて後を追い、出入り口付近の刀掛けの前で夢主を捉まえる。
「一人で動かないで下さい、ここには色んな人間がいるんです。確かに角屋の中は休戦地ですよ……でも外を行けば皆、敵味方に戻るんです、気をつけて」
「は……はぃ……」
優しい声だが真摯に願う気持ちが伝わってくる。
誰よりも案じてくれる人を困らせてしまったと反省して下を向くと、沖田が見てご覧と夢主の顔を上げさせた。
「皆で帰りましょう、ほら、困った人達も降りてきましたよ」
目を向けると、沖田の肩越しに二階から降りてくる男達の姿が目に入った。
背の高い斎藤は頭を下げるように階段を下りている。
夢主にはその姿が少し遠慮がちに頭を下げているように見え、滑稽に思えた。
階段を降りきって目の前に不服そうな顔で立つ斎藤だが、夢主は怒っていた自分を忘れてくすくすと笑い出した。
「やれやれだな、ここからまた歩くぞ、大丈夫か。部屋の酒の匂いだけで酔ったんじゃあるまいな」
「それは私の台詞です!斎藤さんこそ千鳥足で転ばないで下さいよっ」
「フン、侮られたもんだ」
斎藤は話しているうちに運ばれてきた刀を腰に戻し、草履に足を入れた。
そして足元がしっかりしていることを示す為、先立って数歩、歩いて見せた。
振り返り「どうだ」と得意気に口角を上げる。夢主は笑いながら頷くしか出来なかった。
「でも、もう駄目ですよ……あんなに乱れて呑むのは……袴付けて出なきゃ駄目ですからっ」
「ハハッ、そうか、悪かったな」
身なりを言われると思わなかった斎藤はククッと喉を鳴らし角屋の外に出た。
「行くぞ、ついて来い」
「はいっ」
酒など無かったようにすたすたと歩き出した斎藤を、夢主は軽い足取りで追いかけた。