89.熱燗の熱
夢主名前設定
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すっかり酔いが醒めた斎藤と沖田は、揃って部屋に転がった徳利等を盆に集め片付けた。
誰かを呼んで任せようと考えていたが、あれだけ土方を怒らせて部屋の片付けまでさせたのが露見すれば、始末が悪い。負い目がある斎藤はせめて運んでおくかと立ち上がった。
「やれやれ、勝手元にでも置いておくか」
「冬の洗い物は冷たいですよね~置いておいたら夢主ちゃんが朝、自分でやっちゃうかもしれませんよ」
「うむ……仕方が無いか」
何度も冬の冷たい水に負け、夢主が指先を傷めるのを見ている。
斎藤は勝手元に着くと、嫌な顔をしながらも猪口と徳利を小さなたらいに移した。
「誰もいないのか」
辺りを見回すが洗い物を言いつけられそうな隊士は出歩いていない。
「やれやれだな」
簡単な洗い物だ。たまには自分で済ませるかとそのまま井戸に向かった。
沖田も手伝うつもりで斎藤の後をひょこひょことついて行く。
そんな二人を屋根の上から見ていた男が、良い頃合だと建物内に潜りこんだ。四乃森蒼紫だ。
蒼紫はこの日、訳あって夢主に面会したいと考えていた。
新選組の男達に事情を話せば会わせてくれるかもしれないが、隊士達に姿を晒したくなかった。
「おい、おい寝ているのか」
難なく夢主の枕元まで忍び込むと、眠る耳元で話し掛けるがぴくりともしない。
大きい声を出したくない蒼紫は、仕方が無いと別の方法を考えた。
さっさと夢主を起こそうと思うが、あまりの姿に手が止まる。
「全く……何というはしたない格好で寝ている」
せっかく斎藤達が掛けてくれた布団を蹴飛ばし、元の姿を晒していた。
見ていられず、蒼紫は夢主の体の一部を親指で強く突いて無理矢理眠りから引き戻した。
無論、衝撃で声を出されないように口を塞いで行った。
「っ……」
目覚めた夢主は何が起こったかわからず慌てるが、蒼紫の姿に気付き体の力を抜いた。その様子に蒼紫も手を離す。
目の前に座る蒼紫の顔立ちは、心なしか大人の男に近付いていた。
「声を出すな、いいな。今日はひとつだけ伝えに来た」
夢主は黙って頷いた。
「俺は間もなく京を離れ江戸に向かう。だから……お前をもう守ってはやれない」
「えっ……」
「夜の間だが、時間があればここに来ていた。恐らく斎藤達は気付いていただろう。しかしそれももう出来なくなる。気をつけろ、何度か不貞な輩を追い払った。ここの警備は非常に甘い」
不審な者を追い払ってくれていたと知った夢主は、まだ酔いの醒めない顔を蒼紫に向けた。
「それから、いくら自室とは言えそのような警戒心の無い格好は如何かなものか。お前はどうしてかおかしな男を引き寄せてしまうようだ。その姿を晒してはどうにもならんぞ」
蒼紫の言葉で酔ったまま寝た自分の崩れた姿を思い出し、慌てて緩んだ袷を閉めた。
すらりと覗いていた足にも、恥じらいも無く見えていた胸の谷間にも顔色を変えず、蒼紫はただ夢主の姿を捉えていた。
「は、はぃ……あの、見守っていただいていたの、ありがとうございます……」
「構わん。新選組は今や幕府に頼りにされている。その中で警護を手助けすることは俺にも意義がある。お前が捕まればここの連中は力を出せんのだろう。厄介なものだな」
しょんぼりと、夢主があまりに申し訳無さそうに俯くので、蒼紫は声にならないほど小さな笑みを浮かべた。
「とにかく気をつけて過ごすことだ」
顔を上げると蒼紫は姿を消していた。
「あっ、待って……」
首をあちこち振って部屋中に気を探ってみるが蒼紫の存在は到底わからなかった。
見覚えのある小さな花だけが残されていた。恐らく最後の藤の花になるのだろう。
夢主はそっと手に取り、胸の前で優しく包んだ。
「ありがとう、蒼紫様……」
この後、蒼紫は御庭番衆の一員として江戸城警護の任に就く。
幕末という時を生き、やがて仲間達と緋村の前に、斎藤の前に再び姿を現すのだ。
叶うならば、静かで美しく澄んだ今の瞳の彼にもう一度会えるよう、夢主は小さな花に祈りを込めた。
部屋の外では、事態を悟り戻ってきた斎藤達が息を潜めて夢主の気が落ち着くのを待っていた。
蒼紫も二人が戻ったのに気付いて去ったのだ。
遠ざかる気配。この京の町であの男に会う事はもう無いだろうと、斎藤も沖田も感じていた。
誰かを呼んで任せようと考えていたが、あれだけ土方を怒らせて部屋の片付けまでさせたのが露見すれば、始末が悪い。負い目がある斎藤はせめて運んでおくかと立ち上がった。
「やれやれ、勝手元にでも置いておくか」
「冬の洗い物は冷たいですよね~置いておいたら夢主ちゃんが朝、自分でやっちゃうかもしれませんよ」
「うむ……仕方が無いか」
何度も冬の冷たい水に負け、夢主が指先を傷めるのを見ている。
斎藤は勝手元に着くと、嫌な顔をしながらも猪口と徳利を小さなたらいに移した。
「誰もいないのか」
辺りを見回すが洗い物を言いつけられそうな隊士は出歩いていない。
「やれやれだな」
簡単な洗い物だ。たまには自分で済ませるかとそのまま井戸に向かった。
沖田も手伝うつもりで斎藤の後をひょこひょことついて行く。
そんな二人を屋根の上から見ていた男が、良い頃合だと建物内に潜りこんだ。四乃森蒼紫だ。
蒼紫はこの日、訳あって夢主に面会したいと考えていた。
新選組の男達に事情を話せば会わせてくれるかもしれないが、隊士達に姿を晒したくなかった。
「おい、おい寝ているのか」
難なく夢主の枕元まで忍び込むと、眠る耳元で話し掛けるがぴくりともしない。
大きい声を出したくない蒼紫は、仕方が無いと別の方法を考えた。
さっさと夢主を起こそうと思うが、あまりの姿に手が止まる。
「全く……何というはしたない格好で寝ている」
せっかく斎藤達が掛けてくれた布団を蹴飛ばし、元の姿を晒していた。
見ていられず、蒼紫は夢主の体の一部を親指で強く突いて無理矢理眠りから引き戻した。
無論、衝撃で声を出されないように口を塞いで行った。
「っ……」
目覚めた夢主は何が起こったかわからず慌てるが、蒼紫の姿に気付き体の力を抜いた。その様子に蒼紫も手を離す。
目の前に座る蒼紫の顔立ちは、心なしか大人の男に近付いていた。
「声を出すな、いいな。今日はひとつだけ伝えに来た」
夢主は黙って頷いた。
「俺は間もなく京を離れ江戸に向かう。だから……お前をもう守ってはやれない」
「えっ……」
「夜の間だが、時間があればここに来ていた。恐らく斎藤達は気付いていただろう。しかしそれももう出来なくなる。気をつけろ、何度か不貞な輩を追い払った。ここの警備は非常に甘い」
不審な者を追い払ってくれていたと知った夢主は、まだ酔いの醒めない顔を蒼紫に向けた。
「それから、いくら自室とは言えそのような警戒心の無い格好は如何かなものか。お前はどうしてかおかしな男を引き寄せてしまうようだ。その姿を晒してはどうにもならんぞ」
蒼紫の言葉で酔ったまま寝た自分の崩れた姿を思い出し、慌てて緩んだ袷を閉めた。
すらりと覗いていた足にも、恥じらいも無く見えていた胸の谷間にも顔色を変えず、蒼紫はただ夢主の姿を捉えていた。
「は、はぃ……あの、見守っていただいていたの、ありがとうございます……」
「構わん。新選組は今や幕府に頼りにされている。その中で警護を手助けすることは俺にも意義がある。お前が捕まればここの連中は力を出せんのだろう。厄介なものだな」
しょんぼりと、夢主があまりに申し訳無さそうに俯くので、蒼紫は声にならないほど小さな笑みを浮かべた。
「とにかく気をつけて過ごすことだ」
顔を上げると蒼紫は姿を消していた。
「あっ、待って……」
首をあちこち振って部屋中に気を探ってみるが蒼紫の存在は到底わからなかった。
見覚えのある小さな花だけが残されていた。恐らく最後の藤の花になるのだろう。
夢主はそっと手に取り、胸の前で優しく包んだ。
「ありがとう、蒼紫様……」
この後、蒼紫は御庭番衆の一員として江戸城警護の任に就く。
幕末という時を生き、やがて仲間達と緋村の前に、斎藤の前に再び姿を現すのだ。
叶うならば、静かで美しく澄んだ今の瞳の彼にもう一度会えるよう、夢主は小さな花に祈りを込めた。
部屋の外では、事態を悟り戻ってきた斎藤達が息を潜めて夢主の気が落ち着くのを待っていた。
蒼紫も二人が戻ったのに気付いて去ったのだ。
遠ざかる気配。この京の町であの男に会う事はもう無いだろうと、斎藤も沖田も感じていた。