87.向き合う恐怖
夢主名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「待たせたか」
やがて戻ってきた二人に夢主は首を振った。
「ありがとうございます。お猪口、湯呑みと同じ綺麗な桜色ですね……それから」
「若葉色。あの男趣味がいいな」
斎藤は酒の乗った膳を置き、沖田も静かに腰を下ろした。
「私のはお水ですか」
いつかのように夢主の猪口には透明な液体がなみなみと注がれている。
「いや、今日のは酒だ」
「弱いお酒……」
「いや俺達と同じだ。良かろう、一口。折角の新しい器だ、同じものを呑んではみないか」
「同じお酒……」
「寝ても構わんように仕度したんだろう、いいさ構わない……酔って寝てしまっても、今はそれでいい。呑んだら休め。少し疲れているだろう」
自分達が傍にいる今だけでも、心も体も休むが良いと、斎藤は夢主に酒の入った猪口を渡した。
「では僕も……今度の器は大丈夫でしたね」
沖田は手にした新津の作品を嬉しそうに見ている。
「えぇと……かんぱい、でしたね」
沖田の一声にくすりと笑い、三人ほぼ同時に酒を口に含んだ。
夢主が酒を含んだ瞬間から斎藤も沖田もその姿から目を離さなかった。
色付いてゆく夢主の姿を目に収めたい気持ちもあるが、感情が溢れ出すかもしれないという思いもあったからだ。
酒の回りを感じているのか夢主は目を閉じている。
体が徐々に淡く色付き、暫くの後に目を開いた時には、すっかり酒が回っていた。
赤い頬を緩ませ、潤い揺れる瞳で微笑んでいる。
「休むか」
斎藤の問いかけに夢主は黙って首を振った。
そのまま猪口に目を落とし、緩んだ笑顔で何やら考えているようだった。
「今日は頑張ったな、行くあてが出来て良かった」
斎藤が続けた言葉にゆっくり顔を上げると、夢主は赤らんだ穏やかな顔で何か伝えようと口を開いた。
斎藤も沖田も身を乗り出し言葉を待つが、夢主は話し始める代わりにほろりと一雫の涙を落とした。
言葉を待ち構えていた二人の男は、突然の涙に驚いて目を見開いた。こんな時、二人は顔を見合わせる。
「どうした、夢主」
「いいぇ……なにも……おふたりが……ごぶじ、なら……」
そう言い終えると空になった猪口を転がすように落とし、自身の体からも意識を手放した。
倒れきる前に体を抱えて受け止めた斎藤だが、言葉の意味を図りかねて再び沖田と顔を見合わせた。
すぐに眠ってしまうとは考えていたが、黙って涙を残すとは思わず、少なからず動揺している。
夢主を布団に移して再び酒を呑み始めた二人だが、解せない涙に気まずい時間が流れた。
斎藤の部屋と夢主の部屋を繋ぐ襖は風が通るようにと開けられ、横たわる布団が半分ほど見えている。
「どうして泣いたんだろう……」
「分からんな、思い当たる節が……多すぎる」
「多すぎる、か……そうですね」
沖田が空を見上げると、夢主の好きな月が薄い雲をかぶり、霞んで見えた。
元より細い今夜の月は、すぐに雲で隠れてしまう。
「お酒、一緒のにしないほうが良かったのかな」
「同じ酒がいいと言い出したのは君だろう」
同じ器で同じ酒をと言い出したのは沖田だった。
「だって、義兄弟の契りみたいでなんかいいじゃありませんか、同じお酒に同じではないけれど……揃いの器……」
「君と義兄弟になりたいとは思わんがね」
「僕だって!でも……何かいいじゃありませんか、せっかく頂いた新しい器が……」
強く言い返そうとしたが、めでたい器を前に喧嘩はしたくないと言葉を飲み込んだ。
自分にはきっと夫婦の契り酒は交わせない、そう自覚している沖田のささやかな望みだったのかもしれない。
やがて戻ってきた二人に夢主は首を振った。
「ありがとうございます。お猪口、湯呑みと同じ綺麗な桜色ですね……それから」
「若葉色。あの男趣味がいいな」
斎藤は酒の乗った膳を置き、沖田も静かに腰を下ろした。
「私のはお水ですか」
いつかのように夢主の猪口には透明な液体がなみなみと注がれている。
「いや、今日のは酒だ」
「弱いお酒……」
「いや俺達と同じだ。良かろう、一口。折角の新しい器だ、同じものを呑んではみないか」
「同じお酒……」
「寝ても構わんように仕度したんだろう、いいさ構わない……酔って寝てしまっても、今はそれでいい。呑んだら休め。少し疲れているだろう」
自分達が傍にいる今だけでも、心も体も休むが良いと、斎藤は夢主に酒の入った猪口を渡した。
「では僕も……今度の器は大丈夫でしたね」
沖田は手にした新津の作品を嬉しそうに見ている。
「えぇと……かんぱい、でしたね」
沖田の一声にくすりと笑い、三人ほぼ同時に酒を口に含んだ。
夢主が酒を含んだ瞬間から斎藤も沖田もその姿から目を離さなかった。
色付いてゆく夢主の姿を目に収めたい気持ちもあるが、感情が溢れ出すかもしれないという思いもあったからだ。
酒の回りを感じているのか夢主は目を閉じている。
体が徐々に淡く色付き、暫くの後に目を開いた時には、すっかり酒が回っていた。
赤い頬を緩ませ、潤い揺れる瞳で微笑んでいる。
「休むか」
斎藤の問いかけに夢主は黙って首を振った。
そのまま猪口に目を落とし、緩んだ笑顔で何やら考えているようだった。
「今日は頑張ったな、行くあてが出来て良かった」
斎藤が続けた言葉にゆっくり顔を上げると、夢主は赤らんだ穏やかな顔で何か伝えようと口を開いた。
斎藤も沖田も身を乗り出し言葉を待つが、夢主は話し始める代わりにほろりと一雫の涙を落とした。
言葉を待ち構えていた二人の男は、突然の涙に驚いて目を見開いた。こんな時、二人は顔を見合わせる。
「どうした、夢主」
「いいぇ……なにも……おふたりが……ごぶじ、なら……」
そう言い終えると空になった猪口を転がすように落とし、自身の体からも意識を手放した。
倒れきる前に体を抱えて受け止めた斎藤だが、言葉の意味を図りかねて再び沖田と顔を見合わせた。
すぐに眠ってしまうとは考えていたが、黙って涙を残すとは思わず、少なからず動揺している。
夢主を布団に移して再び酒を呑み始めた二人だが、解せない涙に気まずい時間が流れた。
斎藤の部屋と夢主の部屋を繋ぐ襖は風が通るようにと開けられ、横たわる布団が半分ほど見えている。
「どうして泣いたんだろう……」
「分からんな、思い当たる節が……多すぎる」
「多すぎる、か……そうですね」
沖田が空を見上げると、夢主の好きな月が薄い雲をかぶり、霞んで見えた。
元より細い今夜の月は、すぐに雲で隠れてしまう。
「お酒、一緒のにしないほうが良かったのかな」
「同じ酒がいいと言い出したのは君だろう」
同じ器で同じ酒をと言い出したのは沖田だった。
「だって、義兄弟の契りみたいでなんかいいじゃありませんか、同じお酒に同じではないけれど……揃いの器……」
「君と義兄弟になりたいとは思わんがね」
「僕だって!でも……何かいいじゃありませんか、せっかく頂いた新しい器が……」
強く言い返そうとしたが、めでたい器を前に喧嘩はしたくないと言葉を飲み込んだ。
自分にはきっと夫婦の契り酒は交わせない、そう自覚している沖田のささやかな望みだったのかもしれない。