87.向き合う恐怖
夢主名前設定
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「だが、例え京を守る使命の為とは言え、命を捨てて戦う姿勢を俺は好かん。佐幕だの倒幕だの所詮は権力争いだ。その中に奴らがいる、お前はその傍にいる。それが事実だ」
「はぃ……」
「人の命が奪われる瞬間にお前が慣れる必要はない。お前は奴らの姿が恐ろしいんじゃない、命が失われて行く瞬間が怖いのだろう」
「命が……」
「あぁ。俺が奴らをかばう謂れはないがな、お前の気持ちを考えるとそうなっちまうな。やれやれだぜ。ほら、泣き止んだか」
「はぃ……」
いつしか口に添えていた手を下ろし、比古の話に耳を傾けていた。
「あいつらに怖かったと言ったのか」
「いぇ……」
「ちゃんと伝えるといい。そして話し合え。消化しきれない気持ちを抑えていては潰れてしまうぞ」
比古は夢主の心を心配して本気で語っていた。
飛天御剣流を知っていると言うだけで、放っておけないと感じてしまう。
出会ったばかりだと言うのに、妙に気に入ってしまった。
目の前の女が、少しでも気が楽になればいいと望んでいた。
「でも私の気持ちなんて邪魔なだけなんじゃないかと……」
「かもしれんな。だがお前はあいつらにとってもなかなか大事な存在のようじゃないか」
「それは……」
「そばにいる大切な者の想いも受け止められんようでは、剣客以前にいち男として失格だ」
二人はきっと話を聞いて受け止めてくれると、比古は頼もしい眼差しで夢主を見つめた。
「フッ、目が赤いのはお前が言い訳しろよ。帰ったらその猪口で一杯やって落ち着くことだな」
「はぃ」
僅かに微笑んだ夢主に「よし」と声を掛けて、比古は自らの酒瓶を手に立ち上がった。
「俺は月に一度はあの酒屋に行く。何かあれば伝言を残せ。あそこの主人とは長いからな」
「あっ、ありがとうございます」
「構わんさ、その時が来たらいつでも迎え入れてやる」
頭を下げる夢主に笑顔を向け、外套を翻して外に出て行った。
外では長い話に気を揉んでいた二人が、出てきた比古の不機嫌さに反応して身構えた。
「沖田、お前を見損なったぞ、もっと出来る男だと思ったんだがな」
「え、あの……」
不機嫌な比古が突然自分に対し苦言を呈したので、沖田は受け止めきれずに戸惑った。
「仕事熱心なのは結構だが、惚れた女にあんな顔をさせるんじゃねぇよ」
「あんな顔……」
比古は構えを緩めた沖田に小さく溜息を吐くと、続けて斎藤を一瞥した。
「お前もだ」
「フン……」
沖田と違い事情をいくらか察した斎藤は目を逸らして鼻をならした。
「帰ったら日頃の感謝を込めて、お前らであいつに酌をしてやるんだな」
「日頃の……確かに夢主ちゃんには感謝はしていますが」
「うだうだ言ってねぇでさっさと行ってやらねぇか!」
そう言うと比古は二人の肩を叩いて歩き出した。
「あいつの身柄は引き受けた。いつかは知らんが、安心して任せろ。その代わり貴様らの争いには一切関知せんからな、忘れるなよ。命を懸けて戦うのは勝手だが、その結果何が起こるかを忘れるな」
比古はすれ違うと足を止め、背中越しに言い残して去って行った。
「夢主のやつ、首尾よく話を纏めたようだな」
「えぇ……」
立ち去る比古の姿を確認して、二人は中に入った。
中で目を泣き腫らした夢主を見つけ、慌ててそばに駆け寄った。
「どうした、何かされたか」
斎藤の問いに夢主は黙ったまま首を振り、二人に向かい優しく微笑んだ。
「新津さんは優しいお方です。もう……帰りましょう。新しいお猪口でお酒でも……私、お酌しますね」
赤い目で穏やかに話す夢主は木箱を手に立ち、二人を通り過ぎて出口へ立った。
二人は顔を見合わせ後に続くしかなかった。
屯所へ戻り日が暮れると、寝支度を済ませた夢主は斎藤の部屋の障子を開いて外を眺めていた。
比古の勧め通り酒を呑むことになったが、新しい器が再び割れないとも限らないと、酒の用意は斎藤と沖田が引き受けた。
静かな夜空には細い月が浮かんでいる。
「怖かったって伝えて、本当にいいのかな……」
比古に正直に伝えて話し合えと言われた夢主は、時折薄い雲が細長い月を横切って流れて行くのを眺めていた。
「はぃ……」
「人の命が奪われる瞬間にお前が慣れる必要はない。お前は奴らの姿が恐ろしいんじゃない、命が失われて行く瞬間が怖いのだろう」
「命が……」
「あぁ。俺が奴らをかばう謂れはないがな、お前の気持ちを考えるとそうなっちまうな。やれやれだぜ。ほら、泣き止んだか」
「はぃ……」
いつしか口に添えていた手を下ろし、比古の話に耳を傾けていた。
「あいつらに怖かったと言ったのか」
「いぇ……」
「ちゃんと伝えるといい。そして話し合え。消化しきれない気持ちを抑えていては潰れてしまうぞ」
比古は夢主の心を心配して本気で語っていた。
飛天御剣流を知っていると言うだけで、放っておけないと感じてしまう。
出会ったばかりだと言うのに、妙に気に入ってしまった。
目の前の女が、少しでも気が楽になればいいと望んでいた。
「でも私の気持ちなんて邪魔なだけなんじゃないかと……」
「かもしれんな。だがお前はあいつらにとってもなかなか大事な存在のようじゃないか」
「それは……」
「そばにいる大切な者の想いも受け止められんようでは、剣客以前にいち男として失格だ」
二人はきっと話を聞いて受け止めてくれると、比古は頼もしい眼差しで夢主を見つめた。
「フッ、目が赤いのはお前が言い訳しろよ。帰ったらその猪口で一杯やって落ち着くことだな」
「はぃ」
僅かに微笑んだ夢主に「よし」と声を掛けて、比古は自らの酒瓶を手に立ち上がった。
「俺は月に一度はあの酒屋に行く。何かあれば伝言を残せ。あそこの主人とは長いからな」
「あっ、ありがとうございます」
「構わんさ、その時が来たらいつでも迎え入れてやる」
頭を下げる夢主に笑顔を向け、外套を翻して外に出て行った。
外では長い話に気を揉んでいた二人が、出てきた比古の不機嫌さに反応して身構えた。
「沖田、お前を見損なったぞ、もっと出来る男だと思ったんだがな」
「え、あの……」
不機嫌な比古が突然自分に対し苦言を呈したので、沖田は受け止めきれずに戸惑った。
「仕事熱心なのは結構だが、惚れた女にあんな顔をさせるんじゃねぇよ」
「あんな顔……」
比古は構えを緩めた沖田に小さく溜息を吐くと、続けて斎藤を一瞥した。
「お前もだ」
「フン……」
沖田と違い事情をいくらか察した斎藤は目を逸らして鼻をならした。
「帰ったら日頃の感謝を込めて、お前らであいつに酌をしてやるんだな」
「日頃の……確かに夢主ちゃんには感謝はしていますが」
「うだうだ言ってねぇでさっさと行ってやらねぇか!」
そう言うと比古は二人の肩を叩いて歩き出した。
「あいつの身柄は引き受けた。いつかは知らんが、安心して任せろ。その代わり貴様らの争いには一切関知せんからな、忘れるなよ。命を懸けて戦うのは勝手だが、その結果何が起こるかを忘れるな」
比古はすれ違うと足を止め、背中越しに言い残して去って行った。
「夢主のやつ、首尾よく話を纏めたようだな」
「えぇ……」
立ち去る比古の姿を確認して、二人は中に入った。
中で目を泣き腫らした夢主を見つけ、慌ててそばに駆け寄った。
「どうした、何かされたか」
斎藤の問いに夢主は黙ったまま首を振り、二人に向かい優しく微笑んだ。
「新津さんは優しいお方です。もう……帰りましょう。新しいお猪口でお酒でも……私、お酌しますね」
赤い目で穏やかに話す夢主は木箱を手に立ち、二人を通り過ぎて出口へ立った。
二人は顔を見合わせ後に続くしかなかった。
屯所へ戻り日が暮れると、寝支度を済ませた夢主は斎藤の部屋の障子を開いて外を眺めていた。
比古の勧め通り酒を呑むことになったが、新しい器が再び割れないとも限らないと、酒の用意は斎藤と沖田が引き受けた。
静かな夜空には細い月が浮かんでいる。
「怖かったって伝えて、本当にいいのかな……」
比古に正直に伝えて話し合えと言われた夢主は、時折薄い雲が細長い月を横切って流れて行くのを眺めていた。