87.向き合う恐怖
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夜更け、京市中を巡察していた新選組の見廻り提灯の明りが、西本願寺の屯所へ戻ってきた。
空からの光がない新月の夜は、提灯の明りがより浮かび上がる。
気を張っていた男達は肩の荷を降ろし、ほうっと大きな息を吐いたり、寛ぎの声を出して武装を解いていった。
そんな暗闇にぼんやり浮かぶ屯所の様子を大きな木の上から眺める男、志々雄がいた。
志々雄は殺気を放たず、気配を消して屯所をただ観察している。
夜に動く仕事が多い志々雄は夜目が利く。
門を照らす灯りや、消されようとしている提灯から目を逸らし、灯りのない居室を見張っていた。
動き回る隊士達もやがて片付けや水浴びを済ませ寝間に戻って行く。
がやがやしていた広場が落ち着き、見張りの門番が二名残るのみ、至って静かな空間が広がった。
「成る程な、遅くまでご苦労なこった。だが帰った連中が寝ちまえばこんなにも無防備か。随分と甘い警備だな」
志々雄は興味本位で屯所を覗きに来ていた。
先日、壬生狼の前に放った娘はどうなったのか。勘が正しければあの娘は血の味を知らなかった。
惚れていると思しき男の血生臭い姿を見せ付けてやり、志々雄は密かにほくそ笑んでいた。
女はどう変わる。壊れたか、それとも。その後の姿を愉しみに来たのだ。
志々雄が忍び込んだのは日が暮れてすぐ。
こんな男ばかりの屯所だ、明りの灯る部屋から女の声がすれば、あの夢主という女がいる部屋に間違いない。
そして読み通り、斎藤一が出入りする部屋から女の声が聞こえてきた。
それからずっと、夜が更けるまで女の様子を眺めていた。
部屋の明かりが次々と消え、斎藤の部屋の明かりも消えた。
志々雄は更に屯所が静まる時を待った。
戻った巡察隊士達が深い眠りに付けば更に静かになると、ひたすら待っていた。
「やっぱり斎藤さんで間違ってなかったんだな。しかし何だよ、ちっとも壊れちゃいねぇじゃねぇか」
志々雄は不満を漏らした後、そろそろ頃合かと屯所内を舐めるように見回し、隙だらけの敷地内に飛び降りた。
「ちっ」
地面に足をついた直後に舌打ちをさせられた。足元には苦無が一本刺さっている。
志々雄は寺の大きな屋根を見上げた。
「どこだ……」
昼間は銀色に輝く屋根瓦も、月の無い夜には空と同化し黒く溶け込んで見える。潜む者が容易に影を隠せる場所だ。
「そこか」
本堂の黒く染まった瓦屋根に人の存在を捉えた志々雄は、一点を見据えた。
人影はすぐにその場を蹴って、新選組が屯所にしている北集会所へ飛び移った。
音を立てずに移動を続け、志々雄の間近、太鼓楼の傍までやって来た。
男はそこから二本目の苦無を志々雄に投げつけた。
志々雄はにやりと笑い、飛んでくる苦無を避け、咄嗟に体を落とすと先に刺さっていた苦無を引き抜き、屋根の上の男に投げ返した。
屋根の男は難なく飛び退けるが、地面から勢いよく飛んできた苦無は瓦にぶつかり、中にいる勘の鋭い男達に届くのに充分な音を響かせた。
「ここまでだ、去れ」
「監察方か、新選組にも出来る男がいるってわけか」
音を立てた屋根の下で幾つかの居室に明りが灯った。
「ちっ、勘付かれたじゃねぇか」
志々雄は腰を落として勢いよく地面を蹴り、寺を囲う塀に飛び乗るとそのまま敷地の外へ飛び降りて走り去った。
「随分と甘い警備……か。確かにな」
騒ぎ出した男達が物音を確かめに外に出てきたのを確認すると、屋根の上にいた蒼紫は懐から小さな花を取り出した。
辺りを見回す男の前に落ちるよう、花を手から離して、自らは姿を消した。
空からの光がない新月の夜は、提灯の明りがより浮かび上がる。
気を張っていた男達は肩の荷を降ろし、ほうっと大きな息を吐いたり、寛ぎの声を出して武装を解いていった。
そんな暗闇にぼんやり浮かぶ屯所の様子を大きな木の上から眺める男、志々雄がいた。
志々雄は殺気を放たず、気配を消して屯所をただ観察している。
夜に動く仕事が多い志々雄は夜目が利く。
門を照らす灯りや、消されようとしている提灯から目を逸らし、灯りのない居室を見張っていた。
動き回る隊士達もやがて片付けや水浴びを済ませ寝間に戻って行く。
がやがやしていた広場が落ち着き、見張りの門番が二名残るのみ、至って静かな空間が広がった。
「成る程な、遅くまでご苦労なこった。だが帰った連中が寝ちまえばこんなにも無防備か。随分と甘い警備だな」
志々雄は興味本位で屯所を覗きに来ていた。
先日、壬生狼の前に放った娘はどうなったのか。勘が正しければあの娘は血の味を知らなかった。
惚れていると思しき男の血生臭い姿を見せ付けてやり、志々雄は密かにほくそ笑んでいた。
女はどう変わる。壊れたか、それとも。その後の姿を愉しみに来たのだ。
志々雄が忍び込んだのは日が暮れてすぐ。
こんな男ばかりの屯所だ、明りの灯る部屋から女の声がすれば、あの夢主という女がいる部屋に間違いない。
そして読み通り、斎藤一が出入りする部屋から女の声が聞こえてきた。
それからずっと、夜が更けるまで女の様子を眺めていた。
部屋の明かりが次々と消え、斎藤の部屋の明かりも消えた。
志々雄は更に屯所が静まる時を待った。
戻った巡察隊士達が深い眠りに付けば更に静かになると、ひたすら待っていた。
「やっぱり斎藤さんで間違ってなかったんだな。しかし何だよ、ちっとも壊れちゃいねぇじゃねぇか」
志々雄は不満を漏らした後、そろそろ頃合かと屯所内を舐めるように見回し、隙だらけの敷地内に飛び降りた。
「ちっ」
地面に足をついた直後に舌打ちをさせられた。足元には苦無が一本刺さっている。
志々雄は寺の大きな屋根を見上げた。
「どこだ……」
昼間は銀色に輝く屋根瓦も、月の無い夜には空と同化し黒く溶け込んで見える。潜む者が容易に影を隠せる場所だ。
「そこか」
本堂の黒く染まった瓦屋根に人の存在を捉えた志々雄は、一点を見据えた。
人影はすぐにその場を蹴って、新選組が屯所にしている北集会所へ飛び移った。
音を立てずに移動を続け、志々雄の間近、太鼓楼の傍までやって来た。
男はそこから二本目の苦無を志々雄に投げつけた。
志々雄はにやりと笑い、飛んでくる苦無を避け、咄嗟に体を落とすと先に刺さっていた苦無を引き抜き、屋根の上の男に投げ返した。
屋根の男は難なく飛び退けるが、地面から勢いよく飛んできた苦無は瓦にぶつかり、中にいる勘の鋭い男達に届くのに充分な音を響かせた。
「ここまでだ、去れ」
「監察方か、新選組にも出来る男がいるってわけか」
音を立てた屋根の下で幾つかの居室に明りが灯った。
「ちっ、勘付かれたじゃねぇか」
志々雄は腰を落として勢いよく地面を蹴り、寺を囲う塀に飛び乗るとそのまま敷地の外へ飛び降りて走り去った。
「随分と甘い警備……か。確かにな」
騒ぎ出した男達が物音を確かめに外に出てきたのを確認すると、屋根の上にいた蒼紫は懐から小さな花を取り出した。
辺りを見回す男の前に落ちるよう、花を手から離して、自らは姿を消した。