86.見上げる背
夢主名前設定
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沖田の言葉に全くその通りと下男は頷いた。
「ここでお待ちください」
男が去って間もなく、店の中で慌しく動き回る気配がした。
恐らく主人が驚き慌てふためき、頭を下げに行こうとするのを男が必死に引きとめ、何とか娘だけを連れ出そうと……
沖田は耳を澄まして待っていた。
「お待たせいたしました」
男の後ろに娘が小さくなり控えていた。
相当怒られたのか、さすがに堪えているようだ。目が腫れ上がっている。
男は頭を下げるとその場から離れ、沖田と娘を二人きりにした。
残された娘は口を開けずにいた。
待ちに待った人が会いにきてくれたのがこのような形になるとは、娘に謝罪の言葉は見つからなかった。
「沖田様……」
「この度は……さすがの僕も怒っています」
「百も承知です……とんでもないことを……してしまいました……」
「これをお返しします」
懐から取り出して突き出すように渡すと、娘は怖々それを受け取った。
「私の頭巾……」
「やはり貴女の物ですね。僕は女の人を斬ったことはないんです」
「沖田様……」
静かに話す言葉が、娘の顔を蒼白に変えていく。
娘を追い詰めてはいけないと考えるが、沖田は素直に怒りを伝えずにはいられなかった。
「ねぇ、お願いですから夢主ちゃんを怖い目に合わせないでください。じゃないと僕……本当に怒りますよ」
沖田の沈んだ声に、娘はことの重大さを認識した。
顔は更に青ざめ、がたがたと歯が震えている。
「もう……もう二度と致しません……京にも……参りません……」
沖田は謝りながら泣き出した娘に大きな溜息を吐いた。
「正直言いますと、僕は本当に女の人が苦手なんです。唯一愛しいと思えるのが貴女が傷付けた夢主さんなんだ。僕にはかけがえのない人なんです。……お願いですから、どうか僕から彼女を奪わないで下さい……」
「沖田様……」
恋慕う人を哀しい顔にさせてしまったと、娘は自分を責めた。
沖田は何もしてやれないと黙り、暫く沈黙が続いた。
「でも…………貴女のおかげで、人の想いに応えられない辛さや、追いかけられ続ける人の気持ちが少しだけ分かりました。僕も自重しないとな」
ふふっと漏らした沖田の苦笑いに、娘は驚くが涙を流しながら小さく笑った。
「さようなら、きっともう二度とお会いしません」
「はい、心得ております。どうか……ご武運を……」
娘の最後の一言は不覚にも沖田の胸の奥に突き刺さった。
帰り道、馬の上でその言葉を何度も繰り返した。
「ご武運を……。あんな子でも、僕を本当に想ってくれていたんだ…………変な気持ちだな」
日が暮れるまでに屯所へ戻ろうと、沖田はひたすら馬を走らせた。
屯所では一日共に過ごした夢主と斎藤が縁側に腰掛けて、西の空を眺めていた。
既に日が傾いた、空は赤く染まっている。
「沖田さん、戻るかな……」
「まぁ戻るだろうな、たまには遊んで来ればいいものを」
「斎藤さんだったら遊んでくるんですか」
夢主の意地悪な問いに、斎藤は眉をぴくりと動かして意地悪な目で睨みつけた。
「遊んでくるさ」
「嘘ばっかり……」
「ほぉ……何故そう思う」
「だって……」
……土方さんが言ってたもん……
斎藤が死にそうな顔で戻ってきた話を聞いたことは内緒だ。
「ふふっ、内緒です」
「答えになっとらん」
「じゃぁ、斎藤さんは意外と真面目!だからです」
「ちっ……」
確かに遊ばず、泊まらずに戻るだろうと己の行動を考えた斎藤は舌打ちをした。
「でも、ありがとうございます。今日は本当に楽しかったです……お稽古してもらって、ご飯も一緒に食べて……写本も付き合ってくださって」
「境内の散歩もしたな。最近忙しかったから、ちょうど良かったのかもしれん」
斎藤は遠くを見つめるように顔を上げて呟いた。
今日は言葉通り丸一日共に過ごした二人。すっかり穏やかな顔に戻っていた。
「フッ、すっかり元気だな」
「お蔭様で」
「最後にして欲しいことはないか、今日なら何でも聞いてやるぞ」
「本当ですか……」
夢主は斎藤を見上げ、お願いしたいことを思い浮かべて頬を染めた。
「ここでお待ちください」
男が去って間もなく、店の中で慌しく動き回る気配がした。
恐らく主人が驚き慌てふためき、頭を下げに行こうとするのを男が必死に引きとめ、何とか娘だけを連れ出そうと……
沖田は耳を澄まして待っていた。
「お待たせいたしました」
男の後ろに娘が小さくなり控えていた。
相当怒られたのか、さすがに堪えているようだ。目が腫れ上がっている。
男は頭を下げるとその場から離れ、沖田と娘を二人きりにした。
残された娘は口を開けずにいた。
待ちに待った人が会いにきてくれたのがこのような形になるとは、娘に謝罪の言葉は見つからなかった。
「沖田様……」
「この度は……さすがの僕も怒っています」
「百も承知です……とんでもないことを……してしまいました……」
「これをお返しします」
懐から取り出して突き出すように渡すと、娘は怖々それを受け取った。
「私の頭巾……」
「やはり貴女の物ですね。僕は女の人を斬ったことはないんです」
「沖田様……」
静かに話す言葉が、娘の顔を蒼白に変えていく。
娘を追い詰めてはいけないと考えるが、沖田は素直に怒りを伝えずにはいられなかった。
「ねぇ、お願いですから夢主ちゃんを怖い目に合わせないでください。じゃないと僕……本当に怒りますよ」
沖田の沈んだ声に、娘はことの重大さを認識した。
顔は更に青ざめ、がたがたと歯が震えている。
「もう……もう二度と致しません……京にも……参りません……」
沖田は謝りながら泣き出した娘に大きな溜息を吐いた。
「正直言いますと、僕は本当に女の人が苦手なんです。唯一愛しいと思えるのが貴女が傷付けた夢主さんなんだ。僕にはかけがえのない人なんです。……お願いですから、どうか僕から彼女を奪わないで下さい……」
「沖田様……」
恋慕う人を哀しい顔にさせてしまったと、娘は自分を責めた。
沖田は何もしてやれないと黙り、暫く沈黙が続いた。
「でも…………貴女のおかげで、人の想いに応えられない辛さや、追いかけられ続ける人の気持ちが少しだけ分かりました。僕も自重しないとな」
ふふっと漏らした沖田の苦笑いに、娘は驚くが涙を流しながら小さく笑った。
「さようなら、きっともう二度とお会いしません」
「はい、心得ております。どうか……ご武運を……」
娘の最後の一言は不覚にも沖田の胸の奥に突き刺さった。
帰り道、馬の上でその言葉を何度も繰り返した。
「ご武運を……。あんな子でも、僕を本当に想ってくれていたんだ…………変な気持ちだな」
日が暮れるまでに屯所へ戻ろうと、沖田はひたすら馬を走らせた。
屯所では一日共に過ごした夢主と斎藤が縁側に腰掛けて、西の空を眺めていた。
既に日が傾いた、空は赤く染まっている。
「沖田さん、戻るかな……」
「まぁ戻るだろうな、たまには遊んで来ればいいものを」
「斎藤さんだったら遊んでくるんですか」
夢主の意地悪な問いに、斎藤は眉をぴくりと動かして意地悪な目で睨みつけた。
「遊んでくるさ」
「嘘ばっかり……」
「ほぉ……何故そう思う」
「だって……」
……土方さんが言ってたもん……
斎藤が死にそうな顔で戻ってきた話を聞いたことは内緒だ。
「ふふっ、内緒です」
「答えになっとらん」
「じゃぁ、斎藤さんは意外と真面目!だからです」
「ちっ……」
確かに遊ばず、泊まらずに戻るだろうと己の行動を考えた斎藤は舌打ちをした。
「でも、ありがとうございます。今日は本当に楽しかったです……お稽古してもらって、ご飯も一緒に食べて……写本も付き合ってくださって」
「境内の散歩もしたな。最近忙しかったから、ちょうど良かったのかもしれん」
斎藤は遠くを見つめるように顔を上げて呟いた。
今日は言葉通り丸一日共に過ごした二人。すっかり穏やかな顔に戻っていた。
「フッ、すっかり元気だな」
「お蔭様で」
「最後にして欲しいことはないか、今日なら何でも聞いてやるぞ」
「本当ですか……」
夢主は斎藤を見上げ、お願いしたいことを思い浮かべて頬を染めた。