86.見上げる背
夢主名前設定
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大坂に着いた沖田は、土方から言い付かった仕事を早々に終え、憂鬱な気持ちながら聞かされた大きな商家に向かっていた。
夢主にちょっかいを出した娘の実家だ。
以前からうろついていた大店の娘、存在感のある娘であった為、監察により居場所はすぐさま伝わった。
「ここか……随分と繁盛している店なんだ」
見つけた看板。遠くから店を確認すると、客がひっきりなしに出入りする店先に驚いた。
なんと賑やかなのだろう。使用人の数も相当なものに違いない。
「嫌だなぁ……あそこに行くのか……」
ただでさえ会いたくない娘を訪ねるのだ。沖田は深く大きな溜息を吐いた。
隠れて斜め向かいの路地から眺めていると、後ろから誰かが駆けて来た。
殺気は無く通り抜けの町人かと振り返ると、右腕を包帯で固定した一本差しの男が会釈をしてやって来た。
「貴方は……」
「沖田様、お話はご存知かと……ご迷惑をおかけした者です」
そう言うとその場に膝をつき、怪我した腕をも地面につけて頭を下げた。
「な、何をなさるんですか……貴方が夢主ちゃんの話していたお店の下男……」
「仰る通り、お嬢様にお仕えする者です。夢主様には本当に償いきれない仕打ちを……」
「ぁ……このままでは話も出来ません、顔を上げてください」
いっそ見えている首を落としてしまいたい……以前の沖田ならそう考えただろう。
落ち着いた声で促すと、男は申し訳なさそうにゆっくり立ち上がった。
「どうしてこんな所に」
「昨日医者に腕を見ていただき……一晩様子を見る為ご厄介になったのです。症状も落ち着いておりましたので、帰ってきた次第にございます」
「そうですか……」
男の腕は手首から肘まで幅広く包帯が巻かれ、首から垂れ下がる晒で吊られ固定されている。
「そのお嬢様に一度だけ……会ってお話をしたいのですが、あんなに繁盛している中に入り難くて。話が、話ですから」
「沖田様の仰る通りです。お心遣い痛み入ります。実はお嬢様は店の主人であるお父上に酷く叱られ謹慎しております。私がこれだけの傷を負いましたもので、何も話さない訳にはいかず……」
まるで自分のせいで娘が不自由を強いられているとでも言いたげに、男は自由の残る左手で包帯の上をさすった。
「お嬢様がよく出歩く辺りで新選組と浪士の大騒動があり、近辺でお嬢様を見たという話が店にも伝わっておりました。ご主人様は大層お冠で何てことをしてくれたと顔を赤くしたり青くしたり……新選組の方々に睨まれては商売など出来ぬと大慌てでございます」
「ははっ、そうですか……僕にはよく分からないですが……今日は申し訳ありませんが、お父上にはお会い出来ません。娘さんにだけ、会えませんか」
「わかりました……外にはお連れ出来ませんので、店の奥の庭へご案内いたします。ご主人様に話を通してお嬢様だけお連れします」
「お願いします。必ず娘さんだけでお願いしますよ」
「はい」
返事をすると下男は沖田の先を行き、店の裏へと導いた。
「貴方、下男ではなく娘さんの護衛なのではありませんか」
沖田がふと前を行く大きな背中に話し掛けると、男は困った顔で振り向いた。
「叶いませんね……下男ということで、自尊心のお強いお嬢様の傍に控えているのです。ご主人様の言いつけで……護衛というか、目付けと言いますか」
男はくすりと苦笑いを漏らした。
我が強く行動力のある娘が過ちを犯さないよう、心配になった父がそばに置いたのだ。
「それなのに今回は役目を果たせず……目付け失格です」
「それは……貴方にとって、娘さんが大事な人に変わってしまったからなのでしょう」
沖田の言葉に男は素直に顔を赤くし目を逸らした。
「それは……ならぬことです」
「僕は悪いとは思いませんよ。でも、男なら慕う女の人を守りきってくださいよ。体だけではなく、心までも……」
「……はい。沖田様の仰る通り、お恥ずかしい限り……これからはお嬢様の為に多少は鬼に、鬼にならなければ」
「ははっ、それもまた大変なお役目ですね、嫌われないかと気が気ではないでしょう」
「それは……」
「僕達は一緒ですね、僕も……追いかけてばかりですから」
夢主にちょっかいを出した娘の実家だ。
以前からうろついていた大店の娘、存在感のある娘であった為、監察により居場所はすぐさま伝わった。
「ここか……随分と繁盛している店なんだ」
見つけた看板。遠くから店を確認すると、客がひっきりなしに出入りする店先に驚いた。
なんと賑やかなのだろう。使用人の数も相当なものに違いない。
「嫌だなぁ……あそこに行くのか……」
ただでさえ会いたくない娘を訪ねるのだ。沖田は深く大きな溜息を吐いた。
隠れて斜め向かいの路地から眺めていると、後ろから誰かが駆けて来た。
殺気は無く通り抜けの町人かと振り返ると、右腕を包帯で固定した一本差しの男が会釈をしてやって来た。
「貴方は……」
「沖田様、お話はご存知かと……ご迷惑をおかけした者です」
そう言うとその場に膝をつき、怪我した腕をも地面につけて頭を下げた。
「な、何をなさるんですか……貴方が夢主ちゃんの話していたお店の下男……」
「仰る通り、お嬢様にお仕えする者です。夢主様には本当に償いきれない仕打ちを……」
「ぁ……このままでは話も出来ません、顔を上げてください」
いっそ見えている首を落としてしまいたい……以前の沖田ならそう考えただろう。
落ち着いた声で促すと、男は申し訳なさそうにゆっくり立ち上がった。
「どうしてこんな所に」
「昨日医者に腕を見ていただき……一晩様子を見る為ご厄介になったのです。症状も落ち着いておりましたので、帰ってきた次第にございます」
「そうですか……」
男の腕は手首から肘まで幅広く包帯が巻かれ、首から垂れ下がる晒で吊られ固定されている。
「そのお嬢様に一度だけ……会ってお話をしたいのですが、あんなに繁盛している中に入り難くて。話が、話ですから」
「沖田様の仰る通りです。お心遣い痛み入ります。実はお嬢様は店の主人であるお父上に酷く叱られ謹慎しております。私がこれだけの傷を負いましたもので、何も話さない訳にはいかず……」
まるで自分のせいで娘が不自由を強いられているとでも言いたげに、男は自由の残る左手で包帯の上をさすった。
「お嬢様がよく出歩く辺りで新選組と浪士の大騒動があり、近辺でお嬢様を見たという話が店にも伝わっておりました。ご主人様は大層お冠で何てことをしてくれたと顔を赤くしたり青くしたり……新選組の方々に睨まれては商売など出来ぬと大慌てでございます」
「ははっ、そうですか……僕にはよく分からないですが……今日は申し訳ありませんが、お父上にはお会い出来ません。娘さんにだけ、会えませんか」
「わかりました……外にはお連れ出来ませんので、店の奥の庭へご案内いたします。ご主人様に話を通してお嬢様だけお連れします」
「お願いします。必ず娘さんだけでお願いしますよ」
「はい」
返事をすると下男は沖田の先を行き、店の裏へと導いた。
「貴方、下男ではなく娘さんの護衛なのではありませんか」
沖田がふと前を行く大きな背中に話し掛けると、男は困った顔で振り向いた。
「叶いませんね……下男ということで、自尊心のお強いお嬢様の傍に控えているのです。ご主人様の言いつけで……護衛というか、目付けと言いますか」
男はくすりと苦笑いを漏らした。
我が強く行動力のある娘が過ちを犯さないよう、心配になった父がそばに置いたのだ。
「それなのに今回は役目を果たせず……目付け失格です」
「それは……貴方にとって、娘さんが大事な人に変わってしまったからなのでしょう」
沖田の言葉に男は素直に顔を赤くし目を逸らした。
「それは……ならぬことです」
「僕は悪いとは思いませんよ。でも、男なら慕う女の人を守りきってくださいよ。体だけではなく、心までも……」
「……はい。沖田様の仰る通り、お恥ずかしい限り……これからはお嬢様の為に多少は鬼に、鬼にならなければ」
「ははっ、それもまた大変なお役目ですね、嫌われないかと気が気ではないでしょう」
「それは……」
「僕達は一緒ですね、僕も……追いかけてばかりですから」