86.見上げる背
夢主名前設定
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「フッ、分かればいいさ」
「はぃ……あの、沖田さんは……」
「彼は隊務で出ている。夜には戻るだろう」
「そうですか……沖田さんは大丈夫でしたか、お優しい沖田さんがまた女の方のことで……」
「辛そうだったな。だが沖田君を思うならお前が気にしてやるな。お前が気に掛ければ沖田君はより気にせざるを得なくなる。苦しめたくないなら、お前も乗り越えろ」
「……わかりました、斎藤さんの仰る通りですね……」
懸命に夢主が作った霞んだ笑顔に斎藤は息を呑んだ。
儚くて哀しげで、とても美しかった。
「ちょっと……待ってろ」
そう告げると着流しの斎藤は立ち上がり、夢主が開いたままにしていた障子から出て行った。
外からは障子越しにも眩しい白い光がさんさんと降り注いでいる。直接降り注ぐ光は視界を白く眩ませるほどだった。
眩しさに目を背けていると、すぐに斎藤が戻ってきた。
「外に出ろ、少し体を動かせ。それから朝飯だ」
「え……」
「ほらよ、お前の木刀だ。付き合ってやるよ」
「あ……」
手渡されたのは久しぶりに手にする小振りな木刀だった。
「持ってきてくれていたんですね」
「当たり前だ。暫く触っていないだろう、俺の部屋の前で動けばいい。俺がいれば誰も覗かないし文句も言わん。そんな阿呆がいれば俺が始末してやるさっ」
斎藤がフンと得意気に笑ったのは気持ちを解そうとしてだ。
クスリと声を漏らして夢主は立ち上がった。
「汗掻いちゃうけど……」
「水ぶっ掛けてやるよ」
「えぇっ」
「湯浴みに行きたいか、行く気があるならいいぜ」
「うぅん……外は……今日はここにいたいです……」
「じゃあ水だな。ひとまず動いてすっきりすることだ」
「はい」
夢主は襷掛けをすると単衣のまま木刀を握って外に下りた。
軽く構える夢主のすぐそばで、斎藤が大きな風斬り音を立てて重たい木刀を一振りした。
夢主は頬に風が届くような錯覚を感じた。
「凄いですね……斎藤さん」
「怖いか」
「いいえっ……怖くなんか……」
途中で言葉を止めて斎藤を見つめた。
木刀を持つ姿はいつも以上に大きく見える。
例え木刀であっても、この人が本気で振り下ろせば簡単に人の命を奪うことが出来る。
「私は斎藤さんの背中に……守ってもらったんです。怖くなんか……怖いわけありません」
目の前で血塗れた刃は自分を守ってくれた刀。怖くなんかない。
夢主は迷いを振り払うように、木刀を握る手に力を込めて素振りを始めた。
最初に沖田に稽古を勧められたのも落ち込んでいる時だった。
新選組の皆は落ち込むと稽古に打ち込むのだろうか。考えるうち、そんな不器用な男達を可笑しく感じてしまった。
「ふふ……っふふっ」
「なんだいきなり、壊れたか」
「ふふっ、すみません、違うんです……ふふふっ、ありがとうございます」
んっ……と斎藤は首を傾げて、突然笑い出した夢主を解せないとばかりに見つめた。
「元気が出てきました、体を動かすっていいですね!」
「フンッ、そいつは良かったぜ」
儚かった夢主の顔色はすっかり元気な色に戻っている。
「えいっ、隙ありっ!」
夢主に戻った笑顔に込み上げる安堵感から、斎藤は木刀を下ろした。
その斎藤に、夢主がにやりと踏み込んだ。
「フン」
抜刀の時と同じ、利き手と逆の右手に木刀を持っていた斎藤だが、軽く笑って顔前で難なく夢主の打ち込みを受け止めた。
「いい度胸だ。本当に元気が出てきたな」
「わぁっ」
今度は斎藤が夢主の顔に向かって振り下ろした。
もちろん寸止めするつもりだったが、意外にも夢主は竦んだ拍子に斎藤の木刀を受け止めることが出来た。
木刀の向こうで口角がニッと上がる。
斎藤の中の何かを触発してしまったと気付いた夢主は、打ち込んだことを後悔して誤魔化し笑いを返した。
「稽古をつけてやる」
それから暫く、二人の声が朝の屯所に響いた。
斎藤が揶揄うように木刀を伸ばし、夢主が木刀をかわそうと逃げながら何とか受け止める。
何度もコンコンと軽い音を鳴らして木刀を交わし、夢主の稽古は終わった。
少し離れた場所で、土方が聞こえてくる楽しげな声に耳を澄ませていた。
「大丈夫そうじゃねぇか……良かったぜ」
ほらほらと夢主を責める斎藤の声と、それから逃れてはしゃぐ夢主の声。
二人の声を耳にした土方は腕を組んで口元を緩めた。
「はぃ……あの、沖田さんは……」
「彼は隊務で出ている。夜には戻るだろう」
「そうですか……沖田さんは大丈夫でしたか、お優しい沖田さんがまた女の方のことで……」
「辛そうだったな。だが沖田君を思うならお前が気にしてやるな。お前が気に掛ければ沖田君はより気にせざるを得なくなる。苦しめたくないなら、お前も乗り越えろ」
「……わかりました、斎藤さんの仰る通りですね……」
懸命に夢主が作った霞んだ笑顔に斎藤は息を呑んだ。
儚くて哀しげで、とても美しかった。
「ちょっと……待ってろ」
そう告げると着流しの斎藤は立ち上がり、夢主が開いたままにしていた障子から出て行った。
外からは障子越しにも眩しい白い光がさんさんと降り注いでいる。直接降り注ぐ光は視界を白く眩ませるほどだった。
眩しさに目を背けていると、すぐに斎藤が戻ってきた。
「外に出ろ、少し体を動かせ。それから朝飯だ」
「え……」
「ほらよ、お前の木刀だ。付き合ってやるよ」
「あ……」
手渡されたのは久しぶりに手にする小振りな木刀だった。
「持ってきてくれていたんですね」
「当たり前だ。暫く触っていないだろう、俺の部屋の前で動けばいい。俺がいれば誰も覗かないし文句も言わん。そんな阿呆がいれば俺が始末してやるさっ」
斎藤がフンと得意気に笑ったのは気持ちを解そうとしてだ。
クスリと声を漏らして夢主は立ち上がった。
「汗掻いちゃうけど……」
「水ぶっ掛けてやるよ」
「えぇっ」
「湯浴みに行きたいか、行く気があるならいいぜ」
「うぅん……外は……今日はここにいたいです……」
「じゃあ水だな。ひとまず動いてすっきりすることだ」
「はい」
夢主は襷掛けをすると単衣のまま木刀を握って外に下りた。
軽く構える夢主のすぐそばで、斎藤が大きな風斬り音を立てて重たい木刀を一振りした。
夢主は頬に風が届くような錯覚を感じた。
「凄いですね……斎藤さん」
「怖いか」
「いいえっ……怖くなんか……」
途中で言葉を止めて斎藤を見つめた。
木刀を持つ姿はいつも以上に大きく見える。
例え木刀であっても、この人が本気で振り下ろせば簡単に人の命を奪うことが出来る。
「私は斎藤さんの背中に……守ってもらったんです。怖くなんか……怖いわけありません」
目の前で血塗れた刃は自分を守ってくれた刀。怖くなんかない。
夢主は迷いを振り払うように、木刀を握る手に力を込めて素振りを始めた。
最初に沖田に稽古を勧められたのも落ち込んでいる時だった。
新選組の皆は落ち込むと稽古に打ち込むのだろうか。考えるうち、そんな不器用な男達を可笑しく感じてしまった。
「ふふ……っふふっ」
「なんだいきなり、壊れたか」
「ふふっ、すみません、違うんです……ふふふっ、ありがとうございます」
んっ……と斎藤は首を傾げて、突然笑い出した夢主を解せないとばかりに見つめた。
「元気が出てきました、体を動かすっていいですね!」
「フンッ、そいつは良かったぜ」
儚かった夢主の顔色はすっかり元気な色に戻っている。
「えいっ、隙ありっ!」
夢主に戻った笑顔に込み上げる安堵感から、斎藤は木刀を下ろした。
その斎藤に、夢主がにやりと踏み込んだ。
「フン」
抜刀の時と同じ、利き手と逆の右手に木刀を持っていた斎藤だが、軽く笑って顔前で難なく夢主の打ち込みを受け止めた。
「いい度胸だ。本当に元気が出てきたな」
「わぁっ」
今度は斎藤が夢主の顔に向かって振り下ろした。
もちろん寸止めするつもりだったが、意外にも夢主は竦んだ拍子に斎藤の木刀を受け止めることが出来た。
木刀の向こうで口角がニッと上がる。
斎藤の中の何かを触発してしまったと気付いた夢主は、打ち込んだことを後悔して誤魔化し笑いを返した。
「稽古をつけてやる」
それから暫く、二人の声が朝の屯所に響いた。
斎藤が揶揄うように木刀を伸ばし、夢主が木刀をかわそうと逃げながら何とか受け止める。
何度もコンコンと軽い音を鳴らして木刀を交わし、夢主の稽古は終わった。
少し離れた場所で、土方が聞こえてくる楽しげな声に耳を澄ませていた。
「大丈夫そうじゃねぇか……良かったぜ」
ほらほらと夢主を責める斎藤の声と、それから逃れてはしゃぐ夢主の声。
二人の声を耳にした土方は腕を組んで口元を緩めた。