84.見えない罅 ※
夢主名前設定
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「ほぉお、それはまたどうしてだ。何かまずい事でもあったか、湯呑みは気に入らなかったか。明日にでもゆっくりお前とあの女と話せればと思ったんだがな」
「この前の湯呑み、お湯を入れた途端割れちゃいましたよ!夢主ちゃんの綺麗な太腿が赤く火傷しちゃったんです!」
「何、そいつは悪かったな……そうか焼き上げの時にひびが入っていたのか……俺にも気付けなかったな」
申し訳なさそうに顔をしかめ反省を述べるが、沖田は一向に怒りをおさめようとはしなかった。
比古は気を落ち着かせてやろうとした。怒ってはいるが全く闘気や殺気を感じさせない、沖田の穏やかな気質を気に入っていた。
「だが太腿が見れたんだ、良かったじゃねぇか」
「馬鹿にしないで下さいよ、僕は見ていません!盗み見なんて僕はしませんよ!」
静かな夜の町に沖田の声が響く。
実際、夢主が手拭いを動かす間、沖田は目を向けないよう務めていた。
比古の皮肉な一言がますます怒らせてしまった。
「おい、叫ぶなよ。お前本当にくそ真面目だな。もしかしてお前女を知らないんじゃねぇか」
「馬鹿言わないで下さい、女の人くらいは知っています……」
目を伏せ静かに話す沖田は、たいして楽しくなかった花街での幾度かの夜を思い出していた。
「でもそれだけです。何度かそんな夜もありましたが、何も楽しくなかったんです。……女の人は怖いですね。僕はいいです。貴方と同じですねっ!ははっ」
明るく言って顔を上げると、比古の眉間には深い皺が刻まれていた。
花街の女に騙されるような男ではないと感じる。
花街以外で女に辛い思いをさせられた経験があるのだろう。
比古は目が合うと逸らさず見つめてくる沖田の力を宿した瞳から、真っ直ぐで嘘をつかない馬鹿正直な男の目だと察し、嬉しく思った。
「馬鹿を言うなよ、お前は女を捨てるにはまだ早いだろうが、若い坊主が。全く俺の馬鹿弟子……いや元、馬鹿弟子よりも馬鹿が付くほどのくそ真面目だな」
「えっ……お弟子さん」
「いや何でもない。似ているようで全く似ていない……沖田総司、お前は先日あの女を守りたいと話していたな」
実際に剣を交えなくても互いの腕前は確かなものだと理解し合える。
比古は沖田の底知れぬ実力と才能を見抜いた。
強大な力は救いの力にもなれば、破壊の力にもなる。
沖田総司は何の為にその力を使うのか、比古は飛天御剣流の継承者として剣才の持ち主に訊いてみたかった。
「はい、僕は何があってもそばで守ってみせます」
「そうか。お前が刀を振るうのは女を守る為か」
「そう言われても構いません。今は京の町と人々を守る為に、そして目の前の大事な人を守る為に……」
「目の前の人々を守る為に振るうというお前の剣か、いいな。何かに与して新しい時代を築こうだなどと、ただの思い上がりに過ぎん。所詮は戯言だ」
比古は脳裏に、真面目で優し過ぎて、独り立ちするには幼過ぎるくせに飛び出して行ってしまった赤い髪の愛弟子を思い浮かべた。
遠い昔のようだ……比古はフッと息を漏らすと小さく首を振った。
「新津さん……」
「すまんな、こっちの話さ。俺はお前の剣が好きだぜ。だが、所詮は壬生狼……お前、あそこを出る気は無いのか」
「何を言うんですか……」
斎藤よりも更に背が高い比古を見上げると、その顔にはどこか淋しげな色が浮かんでいた。
月明かりのせいなのか、沖田が離れた顏を覗こうと一歩近付き首を傾げると、比古は我に返り心の内を探られまいと自信たっぷりの顔を取り戻した。
「いや、悪かったな、ただの戯れ言だ。忘れてくれ」
「はい……」
比古は大きな白い外套を強く翻し、風になびかせて沖田に背を向けた。
「またちゃんとした物を届けるから、すまんがお前から詫びの言葉を伝えてくれ。約束の日をひと月延ばす。今度は俺が試してから持っていくさ」
「分かりました。きっと夢主ちゃんも喜びます。お願いします」
「うむ」
肩越しに頷くと、比古は薄暗い月夜高く跳び上がり、闇の中に消えていった。
「この前の湯呑み、お湯を入れた途端割れちゃいましたよ!夢主ちゃんの綺麗な太腿が赤く火傷しちゃったんです!」
「何、そいつは悪かったな……そうか焼き上げの時にひびが入っていたのか……俺にも気付けなかったな」
申し訳なさそうに顔をしかめ反省を述べるが、沖田は一向に怒りをおさめようとはしなかった。
比古は気を落ち着かせてやろうとした。怒ってはいるが全く闘気や殺気を感じさせない、沖田の穏やかな気質を気に入っていた。
「だが太腿が見れたんだ、良かったじゃねぇか」
「馬鹿にしないで下さいよ、僕は見ていません!盗み見なんて僕はしませんよ!」
静かな夜の町に沖田の声が響く。
実際、夢主が手拭いを動かす間、沖田は目を向けないよう務めていた。
比古の皮肉な一言がますます怒らせてしまった。
「おい、叫ぶなよ。お前本当にくそ真面目だな。もしかしてお前女を知らないんじゃねぇか」
「馬鹿言わないで下さい、女の人くらいは知っています……」
目を伏せ静かに話す沖田は、たいして楽しくなかった花街での幾度かの夜を思い出していた。
「でもそれだけです。何度かそんな夜もありましたが、何も楽しくなかったんです。……女の人は怖いですね。僕はいいです。貴方と同じですねっ!ははっ」
明るく言って顔を上げると、比古の眉間には深い皺が刻まれていた。
花街の女に騙されるような男ではないと感じる。
花街以外で女に辛い思いをさせられた経験があるのだろう。
比古は目が合うと逸らさず見つめてくる沖田の力を宿した瞳から、真っ直ぐで嘘をつかない馬鹿正直な男の目だと察し、嬉しく思った。
「馬鹿を言うなよ、お前は女を捨てるにはまだ早いだろうが、若い坊主が。全く俺の馬鹿弟子……いや元、馬鹿弟子よりも馬鹿が付くほどのくそ真面目だな」
「えっ……お弟子さん」
「いや何でもない。似ているようで全く似ていない……沖田総司、お前は先日あの女を守りたいと話していたな」
実際に剣を交えなくても互いの腕前は確かなものだと理解し合える。
比古は沖田の底知れぬ実力と才能を見抜いた。
強大な力は救いの力にもなれば、破壊の力にもなる。
沖田総司は何の為にその力を使うのか、比古は飛天御剣流の継承者として剣才の持ち主に訊いてみたかった。
「はい、僕は何があってもそばで守ってみせます」
「そうか。お前が刀を振るうのは女を守る為か」
「そう言われても構いません。今は京の町と人々を守る為に、そして目の前の大事な人を守る為に……」
「目の前の人々を守る為に振るうというお前の剣か、いいな。何かに与して新しい時代を築こうだなどと、ただの思い上がりに過ぎん。所詮は戯言だ」
比古は脳裏に、真面目で優し過ぎて、独り立ちするには幼過ぎるくせに飛び出して行ってしまった赤い髪の愛弟子を思い浮かべた。
遠い昔のようだ……比古はフッと息を漏らすと小さく首を振った。
「新津さん……」
「すまんな、こっちの話さ。俺はお前の剣が好きだぜ。だが、所詮は壬生狼……お前、あそこを出る気は無いのか」
「何を言うんですか……」
斎藤よりも更に背が高い比古を見上げると、その顔にはどこか淋しげな色が浮かんでいた。
月明かりのせいなのか、沖田が離れた顏を覗こうと一歩近付き首を傾げると、比古は我に返り心の内を探られまいと自信たっぷりの顔を取り戻した。
「いや、悪かったな、ただの戯れ言だ。忘れてくれ」
「はい……」
比古は大きな白い外套を強く翻し、風になびかせて沖田に背を向けた。
「またちゃんとした物を届けるから、すまんがお前から詫びの言葉を伝えてくれ。約束の日をひと月延ばす。今度は俺が試してから持っていくさ」
「分かりました。きっと夢主ちゃんも喜びます。お願いします」
「うむ」
肩越しに頷くと、比古は薄暗い月夜高く跳び上がり、闇の中に消えていった。