84.見えない罅 ※

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主人公の女の子

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主人公の女の子

勝手元へ入ると、沖田が湯を沸かしていた。いつもと変わらぬ落ち着いた笑顔を取り戻していた。

「もう少しですから、待っていてくださいね」

「ありがとうございます、あとは私がしますから」

「ではお言葉に甘えて」

夢主に任せ、すぐそばに腰を下ろすと沖田はふぅっと一息吐いた。
先ほどの娘の熱視線を思い出してしまったのか、無言で首を振る沖田の笑顔が曇る。
斎藤は夢主が湯呑みを木箱から取り出すのを眺めていた。

「凄ぉい……本当に本当に初めての作品、頂いちゃって良かったのかな……」

釉薬のつるつるとした気持ちよさを確かめるように湯呑みを回す。
嬉しそうな夢主を二人の男も静かに見守り、湯が沸くのを待った。

「いい香り……」

茶葉を入れて漂う香りに目を細める。
まだ口にしていないのに、体に安らぎが染み渡った。

「そろそろかな……」

湯を入れ、少し待ってから夢主は三つ並べた湯呑みに順に注ぎ始めた。
注ぐ音も心地よく、初めての器にうきうきする夢主を眺めていると、そばで待つ斎藤と沖田の気持ちも自然に和やかになっていく。

「お待たせしました、まだ熱いですけど……」

熱い茶を好む斎藤の為に、入れたばかりの湯呑みを持ち上げた。
だがその途端、夢主の手の中で熱くなった陶器が弾けるように割れ、熱い湯が飛び散った。

「きゃっ」

夢主ちゃん!」

「大丈夫か」

「熱っ……」

夢主が短く声を上げ、斎藤と沖田は急いで手拭いを取り出した。
斎藤は白い足が晒されるのも構わず、体に張り付いた着物の生地を手に取り、肌から離した。

「熱いだろ、沖田君水を」

「は、はいっ」

割れた拍子に中に入っていた熱い茶が、帯から太腿にかけて掛かってしまった。
厚い帯は夢主の体を守っているが、薄地の着物は簡単に湯を吸い込み、太腿にかかった湯は容赦なく肌を熱した。

言われた沖田はすぐに傍の水瓶から桶一杯に水を汲んで手拭いを浸した。
その間に、夢主は斎藤の手から着物を取り戻そうと摘まむが、指先が熱さに負け離してしまう。

「無理するな、俺は何も気にしちゃいない。それより自分で拭くだろう」

夢主は斎藤に素直に着物を任せ、渡された乾いた手拭いでお湯を拭き取っていった。
身頃の隙間に手を忍ばせ、太腿を拭く。

「怪我は無いか、破片は置いておけ。後で片付けさせる」

夢主が拭きながら辺りの破片を気にするので、斎藤は首を振って気遣った。
何度か白い足が覗いたが、斎藤は黙ってそのまま視界に入れていた。
肌を拭いた後、乾いた手拭いで必死に拭き取ると、湯で色が変わった着物の生地も水気を減らし、熱さも落ち着いてきた。

「これで冷やしてください」

夢主は手拭いを交換した。
沖田が背を向けると斎藤も熱さが消えた着物から手を離し、夢主に任せて背を向ける。

二人の背後で着物を大きく捲り、先程よりも太腿を露にして冷やしながら拭いていく。
晒した自分の太腿を冷やしていると、二人の背中が目に入り、緊張して頬が熱くなってしまった。

「全く新津さんたら、大した自信家だと思ったのにこんな出来損ないを渡してくるなんて」

沖田は背を向けたまま腕を組むと、得意気に話す新津を思い出して文句を言った。

「小さな傷でも入っていたか、とんだ試作品だな」

斎藤もフッと小馬鹿にするよう息を漏らした。
夢主は困った顔で頷き、床に散った破片から、湯を入れても割れずに留まっている残りの湯飲みに目を移して比古を思い浮かべた。

「でも……大切な最初の作品ですから、新津さんにはきちんとお礼がしたいです」

「そうか」

太腿を赤く変えられた夢主だが、責めることなく微笑んだ。
肩越しにチラリと盗み見た斎藤が夢主の赤い腿を確認した。

「土方さんにまた火傷の薬を借りてくるか」

「あのっ、湯呑みは私が落としたことにしてください、土方さんが新津さんのせいって思わないように……」

「分かった、そう伝えよう。薬は」

「自分で塗りますっ!」

斎藤の言葉を遮り、邪念を抑えるように言い切ると、斎藤も沖田も笑いを堪えて、背中を見せたまま頭で頷いた。
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