84.見えない罅 ※
夢主名前設定
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「どきどきします……」
夢主が木箱を縛る紐を解きそっと蓋を開くと、中には二色の湯呑みが入っていた。
春を思わせる桜色の湯呑みが一つ、花が終わった桜の木に芽吹く葉芽のような若葉色の湯呑みが二つ。
「湯呑みが……三つ」
比古に作品を依頼した時は沖田と二人だった。
それでも三つの品が入っているのは、以前すれ違った時に三人だったからか。
たったそれだけで……
夢主は不思議そうに箱の中を眺めた。
考える夢主に対し、先に比古から中身を聞いていた沖田は、三つの湯呑みににこりと表情を和らげた。
「何だ、沖田君知っていたのか」
沖田の変化を見逃さずに斎藤が訊ねると、沖田は素直に頷いた。
「すみません、実は届く日にちだけではなく中身も聞いていました。湯呑みにすると言ってくださったので、でしたら三つと。でも箱を開けるまで知らないほうが夢主ちゃんも楽しいでしょ」
初め夫婦茶碗を提案されたことは伏せて、沖田はにこやかに首を傾げた。
沖田と二人の時に比古に出会ったはずが、箱の中には湯呑みが三つ。
その謎が解けた夢主は感謝の気持ちを込めた微笑みを返し、箱の中を見た。
「あ……手紙が……」
湯呑みの脇に入れられた小さな紙を取り出すと、比古の流暢な文字で何やら書き添えられていた。
「一月……の申の……」
「一月後の申の刻に。一月後に再び来いと言うことか」
夢主がぎこちなく文を読み上げると、斎藤が横から覗き言葉を補った。
「そういえば新津さん、感想を聞かせろとか言っていましたね」
「一月後にあの酒屋さんに行けばいいんでしょうか」
「そういうことだろう」
「また会えるんだ……」
夢主は嬉しそうに手紙を眺めて呟いた。
「帰ったら私、お茶淹れますね!早速使ってみましょう」
「あぁ」
斎藤は渋茶をそのまま戻し、夢主と沖田は手元に残っていた団子を口に運び、早々と店をあとにした。
屯所へ戻ると相変わらず物売りが隊士達の財布を当てにし出入りしていた。
中にはただの見物人もいるようだ。
「わっ……あの娘っ」
夢主の横を歩いていた沖田が、ある娘に気付くと咄嗟に顔を隠した。
「あの娘、随分と君にご執心だな」
「私も覚えがあります……確か壬生にいた頃にも湯屋の行き帰りでお見かけしました」
「気が強そうだな。金持ちそうな娘じゃないか、どこかの大店の娘ってところだな。俗に言う逆玉の輿か、いいんじゃないか」
沖田を見つめる娘の後ろには侍女らしき娘がついている。
身分か金がある娘の証だ。
「やめてくださいよ、僕本当に困るんです……熱心に想ってくださるのは嬉しいですが、正直困るんですよね……僕、先に行って湯を沸かしておきますから!」
走り去る言い訳を思いついた沖田は、大きな声で二人に告げると途端に駆け出した。
「熱心に想われて困るとはよく言うぜ、全く」
夢主に対して一途に想い続ける自分を棚に上げてと、斎藤は沖田を笑った。
「沖田さんって、とっても人気者なんですよね……」
「まぁそうだな。女に子供に老人、誰からも、結構なことで。だが当の本人は女はあまり相手にしたくないというのが本音だろう」
「男の方なのに、なんていうか……不思議です」
「お前に惚れこんでいるというのもあるだろうが、昔何やらあったそうだからな」
「何やら……ですか」
「あぁ。聞いたことは無いか、あいつに惚れた女が夫婦話を断られ自害を試みたと」
「あっ……聞き覚えがあります、本当のお話だったんですか、てっきり伝説みたいな噂話だと思っていました……そんな……」
「それ以来、女に言い寄られると怖いんだろう。一命を取りとめたとは言え、いつか自分のせいで女が死ぬんじゃないかと。大袈裟だし彼の責任でもないだろうに、真面目だからな」
「沖田さん……」
走り去った苦しそうな後姿にはそんな想いがあったのかと、沖田の消えた勝手元に目を向けた。
振り返ると、娘達のいた場所には誰の姿も無くなっていた。
「行っちゃったんだ……」
どんな思いで沖田を見続けているのか考えれば、叶わぬ娘の気持ちをも切なく感じてしまった。
夢主が木箱を縛る紐を解きそっと蓋を開くと、中には二色の湯呑みが入っていた。
春を思わせる桜色の湯呑みが一つ、花が終わった桜の木に芽吹く葉芽のような若葉色の湯呑みが二つ。
「湯呑みが……三つ」
比古に作品を依頼した時は沖田と二人だった。
それでも三つの品が入っているのは、以前すれ違った時に三人だったからか。
たったそれだけで……
夢主は不思議そうに箱の中を眺めた。
考える夢主に対し、先に比古から中身を聞いていた沖田は、三つの湯呑みににこりと表情を和らげた。
「何だ、沖田君知っていたのか」
沖田の変化を見逃さずに斎藤が訊ねると、沖田は素直に頷いた。
「すみません、実は届く日にちだけではなく中身も聞いていました。湯呑みにすると言ってくださったので、でしたら三つと。でも箱を開けるまで知らないほうが夢主ちゃんも楽しいでしょ」
初め夫婦茶碗を提案されたことは伏せて、沖田はにこやかに首を傾げた。
沖田と二人の時に比古に出会ったはずが、箱の中には湯呑みが三つ。
その謎が解けた夢主は感謝の気持ちを込めた微笑みを返し、箱の中を見た。
「あ……手紙が……」
湯呑みの脇に入れられた小さな紙を取り出すと、比古の流暢な文字で何やら書き添えられていた。
「一月……の申の……」
「一月後の申の刻に。一月後に再び来いと言うことか」
夢主がぎこちなく文を読み上げると、斎藤が横から覗き言葉を補った。
「そういえば新津さん、感想を聞かせろとか言っていましたね」
「一月後にあの酒屋さんに行けばいいんでしょうか」
「そういうことだろう」
「また会えるんだ……」
夢主は嬉しそうに手紙を眺めて呟いた。
「帰ったら私、お茶淹れますね!早速使ってみましょう」
「あぁ」
斎藤は渋茶をそのまま戻し、夢主と沖田は手元に残っていた団子を口に運び、早々と店をあとにした。
屯所へ戻ると相変わらず物売りが隊士達の財布を当てにし出入りしていた。
中にはただの見物人もいるようだ。
「わっ……あの娘っ」
夢主の横を歩いていた沖田が、ある娘に気付くと咄嗟に顔を隠した。
「あの娘、随分と君にご執心だな」
「私も覚えがあります……確か壬生にいた頃にも湯屋の行き帰りでお見かけしました」
「気が強そうだな。金持ちそうな娘じゃないか、どこかの大店の娘ってところだな。俗に言う逆玉の輿か、いいんじゃないか」
沖田を見つめる娘の後ろには侍女らしき娘がついている。
身分か金がある娘の証だ。
「やめてくださいよ、僕本当に困るんです……熱心に想ってくださるのは嬉しいですが、正直困るんですよね……僕、先に行って湯を沸かしておきますから!」
走り去る言い訳を思いついた沖田は、大きな声で二人に告げると途端に駆け出した。
「熱心に想われて困るとはよく言うぜ、全く」
夢主に対して一途に想い続ける自分を棚に上げてと、斎藤は沖田を笑った。
「沖田さんって、とっても人気者なんですよね……」
「まぁそうだな。女に子供に老人、誰からも、結構なことで。だが当の本人は女はあまり相手にしたくないというのが本音だろう」
「男の方なのに、なんていうか……不思議です」
「お前に惚れこんでいるというのもあるだろうが、昔何やらあったそうだからな」
「何やら……ですか」
「あぁ。聞いたことは無いか、あいつに惚れた女が夫婦話を断られ自害を試みたと」
「あっ……聞き覚えがあります、本当のお話だったんですか、てっきり伝説みたいな噂話だと思っていました……そんな……」
「それ以来、女に言い寄られると怖いんだろう。一命を取りとめたとは言え、いつか自分のせいで女が死ぬんじゃないかと。大袈裟だし彼の責任でもないだろうに、真面目だからな」
「沖田さん……」
走り去った苦しそうな後姿にはそんな想いがあったのかと、沖田の消えた勝手元に目を向けた。
振り返ると、娘達のいた場所には誰の姿も無くなっていた。
「行っちゃったんだ……」
どんな思いで沖田を見続けているのか考えれば、叶わぬ娘の気持ちをも切なく感じてしまった。