83.背中越し
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夜の町に出た沖田はいつもと違う男が自分の横を歩く違和感を気にしないよう、夜道に現れる人に目をやり、薄暗い路地に人影が無いか目を凝らしていた。
よく晴れた空に月が見事に輝いている。夜目が利く者なら提灯もいらない。
目的を持って行き急ぐ者、酒を楽しみふらふら頼りない足でのんびり歩く者、京の夜を行く者は皆無ではなかった。
新選組の隊列を見つけ怖々と会釈をし目を逸らして駆けて行く町人風の男や、提灯を掲げて笑いながら野次ってくる商人風の男。
沖田は愛想よく流して歩いて行く。
隣を歩く幹部は、町人達に対してもそんな町の者にへらへら笑う沖田に対しても苛ついていた。
「全く、そんなことでは我々は舐められてしまいますぞ」
「いいじゃないですか、それだけ親しみを感じくれるなら」
「我々の仕事は人気取りではありませんぞ!」
「あぁー……分かりましたよ。所で武田先生、斎藤先生ともよくそうするのですが、別々に巡察いたしましょう。その方が効率がいいですよ」
「そうか……そうですな、よろしい、そう致しましょう」
道を別れ去って行く武田の隊に手を振りながら、沖田はひきつった笑顔を向けていた。
去った男の存在にも顔を引きつらせていたが、普段使わぬ「先生」呼びで斎藤と武田を呼んだ己にも寒気を感じていた。
「あぁーやっと行った……もう、うるさいんだから」
他の隊士達に届かない声でぼやくと、土方の喧しさとは違う武田の煩さに沖田はやれやれと一息吐いた。
「今夜は平和だな……」
抜刀斎が出歩けないから長州の浪士達も動かぬよう控えているのか。
沖田は落ち着いた夜道を、気が抜けた様子で歩いた。
巡察を始めて間もないこの時間、所々に未だ明かりのある店が見える。楽しげな声が聞こえてくるのは一日の終わりを酒で楽しんでいる者達だ。
ふと明るい通りから暗い路地に目を移すと、すっと動く白いものが目に入った。
「おやっ、あれは確か……すみません皆さん、ちょっと先に行っていてもらえませんか、すぐに追いつきます。大丈夫ですよ、今夜はきっと何も起こりません」
「分かりましたが……では我々はゆっくり進みますので。沖田先生、お気をつけて」
急に隊列を離れると言い出した組長に戸惑うが、組長のすぐ下に従う伍長は了承し、残りの平隊士を引き連れ先に進んだ。
沖田は先ほど見かけた白い影を追い、路地に入り込んだ。
両側の二階建ての町屋の影が路地の奥を暗く染めている。遠ざかる白い影が完全に闇に入る前に沖田は声を掛けた。
「やっぱり貴方は!お久しぶりです」
「何だ坊主、お前か」
敵意なく呼び止められた白い姿の男は、立ち止まり振り返えった。
町屋の屋根に遮られるが、背の高い男の腰から上には月明かりが残っていた。
「あははっ、坊主はありませんよ、これでもとっくの昔に元服しています」
男にしては小さな体を広げて見せる沖田を男は笑うと、小さくだが首を傾け素直に頭を下げた。
「そうか、悪かったな。それでわざわざ追いかけて何か用か、新選組一番隊組長、沖田総司。お前なかなか足が疾いな、俺に追いつくとは」
「嫌ですねぇ、今はただの夢主ちゃんに惚れる一人の男として……ってこの格好では説得力がありませんでしたね」
巡察の時は決まって身につける浅葱のだんだら羽織。腕を伸ばして自分で確認するように眺めた。
腰にはもちろん二本の刀が差さっている。
「足は自信がありますけどね、新津さん」
「その自信が過信にならなければよいがな、世の中は上には上がいるもんだ」
「一介の陶芸家とは思えないお言葉ですね」
ニッと口元を歪めて比古を見据える沖田は僅かに腰を沈めていた。
初めてすれ違ったあの瞬間からただの男ではないと感じていた沖田は、つい身構えてしまったのだ。
「フッ、試してみるか」
微動だにせず直立する比古、沖田は暫く目に縛られて睨み返したが、やがて息を吐いて力みを解いた。
「いえ、今日はそういうつもりで追いかけてきたのではありませんから」
「そうか、そいつは賢明な判断だな。壬生狼はもっと好戦的で血走った連中かと思ったぜ」
「あははっ、それは人によりますよ。僕らだって色々です。それに京の町を乱す者を捕らえるのが僕の仕事ですから……あなたは違うのでしょう」
夢主に関わるなと言われているのに刀を交えるわけにもいかない。呼び止めただけでも約束に触れるだろう。
これ以上何も起こさず、少しでも約束を守りたかった。
何より目の前の大きな男から悪いものを一切感じなかった。
よく晴れた空に月が見事に輝いている。夜目が利く者なら提灯もいらない。
目的を持って行き急ぐ者、酒を楽しみふらふら頼りない足でのんびり歩く者、京の夜を行く者は皆無ではなかった。
新選組の隊列を見つけ怖々と会釈をし目を逸らして駆けて行く町人風の男や、提灯を掲げて笑いながら野次ってくる商人風の男。
沖田は愛想よく流して歩いて行く。
隣を歩く幹部は、町人達に対してもそんな町の者にへらへら笑う沖田に対しても苛ついていた。
「全く、そんなことでは我々は舐められてしまいますぞ」
「いいじゃないですか、それだけ親しみを感じくれるなら」
「我々の仕事は人気取りではありませんぞ!」
「あぁー……分かりましたよ。所で武田先生、斎藤先生ともよくそうするのですが、別々に巡察いたしましょう。その方が効率がいいですよ」
「そうか……そうですな、よろしい、そう致しましょう」
道を別れ去って行く武田の隊に手を振りながら、沖田はひきつった笑顔を向けていた。
去った男の存在にも顔を引きつらせていたが、普段使わぬ「先生」呼びで斎藤と武田を呼んだ己にも寒気を感じていた。
「あぁーやっと行った……もう、うるさいんだから」
他の隊士達に届かない声でぼやくと、土方の喧しさとは違う武田の煩さに沖田はやれやれと一息吐いた。
「今夜は平和だな……」
抜刀斎が出歩けないから長州の浪士達も動かぬよう控えているのか。
沖田は落ち着いた夜道を、気が抜けた様子で歩いた。
巡察を始めて間もないこの時間、所々に未だ明かりのある店が見える。楽しげな声が聞こえてくるのは一日の終わりを酒で楽しんでいる者達だ。
ふと明るい通りから暗い路地に目を移すと、すっと動く白いものが目に入った。
「おやっ、あれは確か……すみません皆さん、ちょっと先に行っていてもらえませんか、すぐに追いつきます。大丈夫ですよ、今夜はきっと何も起こりません」
「分かりましたが……では我々はゆっくり進みますので。沖田先生、お気をつけて」
急に隊列を離れると言い出した組長に戸惑うが、組長のすぐ下に従う伍長は了承し、残りの平隊士を引き連れ先に進んだ。
沖田は先ほど見かけた白い影を追い、路地に入り込んだ。
両側の二階建ての町屋の影が路地の奥を暗く染めている。遠ざかる白い影が完全に闇に入る前に沖田は声を掛けた。
「やっぱり貴方は!お久しぶりです」
「何だ坊主、お前か」
敵意なく呼び止められた白い姿の男は、立ち止まり振り返えった。
町屋の屋根に遮られるが、背の高い男の腰から上には月明かりが残っていた。
「あははっ、坊主はありませんよ、これでもとっくの昔に元服しています」
男にしては小さな体を広げて見せる沖田を男は笑うと、小さくだが首を傾け素直に頭を下げた。
「そうか、悪かったな。それでわざわざ追いかけて何か用か、新選組一番隊組長、沖田総司。お前なかなか足が疾いな、俺に追いつくとは」
「嫌ですねぇ、今はただの夢主ちゃんに惚れる一人の男として……ってこの格好では説得力がありませんでしたね」
巡察の時は決まって身につける浅葱のだんだら羽織。腕を伸ばして自分で確認するように眺めた。
腰にはもちろん二本の刀が差さっている。
「足は自信がありますけどね、新津さん」
「その自信が過信にならなければよいがな、世の中は上には上がいるもんだ」
「一介の陶芸家とは思えないお言葉ですね」
ニッと口元を歪めて比古を見据える沖田は僅かに腰を沈めていた。
初めてすれ違ったあの瞬間からただの男ではないと感じていた沖田は、つい身構えてしまったのだ。
「フッ、試してみるか」
微動だにせず直立する比古、沖田は暫く目に縛られて睨み返したが、やがて息を吐いて力みを解いた。
「いえ、今日はそういうつもりで追いかけてきたのではありませんから」
「そうか、そいつは賢明な判断だな。壬生狼はもっと好戦的で血走った連中かと思ったぜ」
「あははっ、それは人によりますよ。僕らだって色々です。それに京の町を乱す者を捕らえるのが僕の仕事ですから……あなたは違うのでしょう」
夢主に関わるなと言われているのに刀を交えるわけにもいかない。呼び止めただけでも約束に触れるだろう。
これ以上何も起こさず、少しでも約束を守りたかった。
何より目の前の大きな男から悪いものを一切感じなかった。