83.背中越し
夢主名前設定
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「フッ、隊務はしっかりこなせよ」
「分かっていますよ!京の治安を守るのが僕等の役目です。でも今夜の相方がまた気乗りしなくてですね~」
「どなたなんですか」
黙って二人の話を聞いていた夢主が口を開いた。
沖田が嫌がるとはどんな人物か。
「武田さんですよ、ご存知ですか。僕あんまり合わないんですよね、あの人の剣も、あの人そのものも」
武田観柳斎……聞き覚えのある名前に夢主は頷いた。
文学師範を務め軍学でも買われていた人物だが、やがて立場を失い迷走して行く幹部。伊東の入隊がきっかけだとも言われていた。
夢主は不運な男の人生を思い浮かべた。
そして人の良い沖田でさえ、武田にいい印象を抱いていないのかと驚いた。
「でも大事なお仲間で力になるのでは」
「まぁ……そうですね。斎藤さんの捨て身の剣を困りものですが、武田さんはどうも引き過ぎる気がしましてね、身の安全を第一に考えているのか」
「悪いことなんですか……」
「士道に背くあるまじき事。フッ、逃げずとも怯むのも同じ。それに俺は捨て身の剣など振るっちゃいないぜ」
斎藤も良い印象ではないのか、夢主の問いに鼻をならして応じた。
更に、自分の戦い方に文句を付けるなと沖田を一瞥した。
「そうですかぁ~、随分と無謀な戦いをするじゃありませんか。その左手が証拠ですよ」
「これは後に控える者達を信頼しているから出来る戦いなんだよ、俺が突っ込めば相手は無傷では済むまい。例え俺が立てなくとも、君が控えていれば間違いないだろう」
斎藤が眉をぐっと上げて訴え、沖田の腕を信頼しているから成せる戦いだと言い切った。
認められて悪い気はしないが、沖田は斎藤に褒められても擽ったいだけである。
「君の剣は綺麗すぎるんだよ。天然理心流は何でもありの流派じゃないのか。抜刀斎もそうだが、正直刀を落としたら君や抜刀斎は俺に勝てないだろうな」
斎藤は足技や体術にも自信がある。
筋力でも勝る上、長い手足も武器になる。
「それはやってみなければ、分かりませんよ。判断力なら負けません。疾さだって。何でもありは確かにそうですが、そんな何でもありに対応できるのが僕なんです。斎藤さん、少しは考えて戦ってくださいね」
斎藤が傷つけば夢主が悲しむのだから……
沖田は横目で夢主を見て体の向きを変えた。小さな溜息が出る。
「では、僕はこれで……本当に大丈夫でしょうね」
「分かったよ、これで何か出来ると思うか」
「ははっ、確かに」
沖田は自分が去って変な気を起こさないよう斎藤に念を押すが、緩く着付けた寝巻から覗く包帯を見せつけ自嘲され、呆れ笑いをして巡察に出かけた。
沖田が去ると夢主はちらりと斎藤を横目で見上げた。
「すみません、さっきはつい……」
「俺も少し言いすぎたな、すまん。手は本当に平気か」
「はぃ」
大きな斎藤の手に掴まれて手が縮まった瞬間は確かに鈍く痛んだが、すぐにそれも引いた。
まさか夢主に痛みを与えてしまうなど思いもしなかったと、斎藤はらしからぬ己を省みた。
「そうか、良かった。詫びに今度は俺がお前の帯を解いてやるよ」
「何言うんですかっ!しかも私斎藤さんの帯、解いてませんっ、締めたんです!」
「ハハッ、同じようなもんだ、解いたらその後結んでやるさ」
「も、もうっ!部屋に戻りますね、おやすみなさいっ!」
「あぁ、それがいい。よく休め」
さすがに何も出来やしないと斎藤は自覚して、散々揶揄い夢主を部屋に追い返した。
「もぅっ、斎藤さんたら……斎藤さんたらっ」
音を立てて襖を締めた後、そのまま襖を背に呟き、いつの日か着け方が分からない帯を斎藤に結んでもらったことを思い出した。
慣れた手つきに胸の奥がチリチリ傷むと同時に、辛い夜を越えて落ち込んでいた気持ちと、着物が着付けられない焦りを落ち着かせてくれた時だ。
「斎藤さん、上手ですもんね。……女帯結ぶの」
「阿呆ぅ、さっさと寝ろ」
斎藤に聞こえるよう振り返り、襖越しに見えない微笑みで当てのないやきもちを言葉にすると、こもった声が一言返ってきた。
「分かっていますよ!京の治安を守るのが僕等の役目です。でも今夜の相方がまた気乗りしなくてですね~」
「どなたなんですか」
黙って二人の話を聞いていた夢主が口を開いた。
沖田が嫌がるとはどんな人物か。
「武田さんですよ、ご存知ですか。僕あんまり合わないんですよね、あの人の剣も、あの人そのものも」
武田観柳斎……聞き覚えのある名前に夢主は頷いた。
文学師範を務め軍学でも買われていた人物だが、やがて立場を失い迷走して行く幹部。伊東の入隊がきっかけだとも言われていた。
夢主は不運な男の人生を思い浮かべた。
そして人の良い沖田でさえ、武田にいい印象を抱いていないのかと驚いた。
「でも大事なお仲間で力になるのでは」
「まぁ……そうですね。斎藤さんの捨て身の剣を困りものですが、武田さんはどうも引き過ぎる気がしましてね、身の安全を第一に考えているのか」
「悪いことなんですか……」
「士道に背くあるまじき事。フッ、逃げずとも怯むのも同じ。それに俺は捨て身の剣など振るっちゃいないぜ」
斎藤も良い印象ではないのか、夢主の問いに鼻をならして応じた。
更に、自分の戦い方に文句を付けるなと沖田を一瞥した。
「そうですかぁ~、随分と無謀な戦いをするじゃありませんか。その左手が証拠ですよ」
「これは後に控える者達を信頼しているから出来る戦いなんだよ、俺が突っ込めば相手は無傷では済むまい。例え俺が立てなくとも、君が控えていれば間違いないだろう」
斎藤が眉をぐっと上げて訴え、沖田の腕を信頼しているから成せる戦いだと言い切った。
認められて悪い気はしないが、沖田は斎藤に褒められても擽ったいだけである。
「君の剣は綺麗すぎるんだよ。天然理心流は何でもありの流派じゃないのか。抜刀斎もそうだが、正直刀を落としたら君や抜刀斎は俺に勝てないだろうな」
斎藤は足技や体術にも自信がある。
筋力でも勝る上、長い手足も武器になる。
「それはやってみなければ、分かりませんよ。判断力なら負けません。疾さだって。何でもありは確かにそうですが、そんな何でもありに対応できるのが僕なんです。斎藤さん、少しは考えて戦ってくださいね」
斎藤が傷つけば夢主が悲しむのだから……
沖田は横目で夢主を見て体の向きを変えた。小さな溜息が出る。
「では、僕はこれで……本当に大丈夫でしょうね」
「分かったよ、これで何か出来ると思うか」
「ははっ、確かに」
沖田は自分が去って変な気を起こさないよう斎藤に念を押すが、緩く着付けた寝巻から覗く包帯を見せつけ自嘲され、呆れ笑いをして巡察に出かけた。
沖田が去ると夢主はちらりと斎藤を横目で見上げた。
「すみません、さっきはつい……」
「俺も少し言いすぎたな、すまん。手は本当に平気か」
「はぃ」
大きな斎藤の手に掴まれて手が縮まった瞬間は確かに鈍く痛んだが、すぐにそれも引いた。
まさか夢主に痛みを与えてしまうなど思いもしなかったと、斎藤はらしからぬ己を省みた。
「そうか、良かった。詫びに今度は俺がお前の帯を解いてやるよ」
「何言うんですかっ!しかも私斎藤さんの帯、解いてませんっ、締めたんです!」
「ハハッ、同じようなもんだ、解いたらその後結んでやるさ」
「も、もうっ!部屋に戻りますね、おやすみなさいっ!」
「あぁ、それがいい。よく休め」
さすがに何も出来やしないと斎藤は自覚して、散々揶揄い夢主を部屋に追い返した。
「もぅっ、斎藤さんたら……斎藤さんたらっ」
音を立てて襖を締めた後、そのまま襖を背に呟き、いつの日か着け方が分からない帯を斎藤に結んでもらったことを思い出した。
慣れた手つきに胸の奥がチリチリ傷むと同時に、辛い夜を越えて落ち込んでいた気持ちと、着物が着付けられない焦りを落ち着かせてくれた時だ。
「斎藤さん、上手ですもんね。……女帯結ぶの」
「阿呆ぅ、さっさと寝ろ」
斎藤に聞こえるよう振り返り、襖越しに見えない微笑みで当てのないやきもちを言葉にすると、こもった声が一言返ってきた。