82.左の男
夢主名前設定
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「こんな話、聞いて楽しいか」
懐かしい話を終えた斎藤に、夢主は話の始まりと同じく笑顔で黙って何度も頷いた。
「そうか……こんな話をしたのはお前が始めてだ。もう二度とせんぞ」
釘を刺すようにキッと視線を強めた斎藤を、夢主がにこにこと目じりを下げ嬉しそうに見つめ返すと、斎藤も穏やかな顔を返した。
「ふふっ、わかりました……でも斎藤さんのお話が聞けて嬉しいです。昔の斎藤さん……幼い斎藤さんの姿なんて想像もつきませんっ、ふふふっ」
今は恐れ知らずの斎藤も力の無い幼い頃があった。
当たり前の過去を想像してみるが、頭に浮かぶのは気の強そうな幼い斎藤の姿ばかり。
「でも兄弟子さん達に負けまいと向かって行く姿は……少しだけ想像出来ます」
向かっても向かっても打ちのめされる幼い斎藤は想像出来ないが、その度に立ち上がり、逃げずに立ち向かう姿は思い描けた。
きっと今と変わらない強い瞳をしていたのだろう。
「試衛館は……きっと温かい場所だったんですね、ちょっと羨ましいです」
斎藤の温かい想い出に夢主は微笑んだ。
「フッ、そうか。あの頃も今もたいして変わらんさ」
「そうですか……確かにみなさん一緒にいて、剣を振るって……変わらないかもしれませんね」
皆揃って何かを掴み取ろうと夢見ていた頃と、立場を得て命を張っている今では確実に大きく違う。
大切な人が出来た者、自分だけの夢が出来た者、背負うものが出来た者。
其々大きく変わり、見つめる先が変わった者もいる。
それでも一旦集まれば顔を見るだけで感じるその楽しさは、今も変わらないのだろう。
「一つ違うといえば、お前がいることか」
「えっ、私……」
「あぁ。あの頃は、まぁむさ苦しかったな、男ばかり集まって汗水垂らして鍛錬するのだからな」
「ふふっ、むさ苦しいんですか」
体躯の立派な男達が大きな気合の声を発しながら激しく動き回り、汗が飛び散り熱気が立ち込め、道場の空気がみるみる熱くなっていく、そんな様子が容易に想像出来た。
きっと鼻を突く臭いもしたのだろう。
「あぁそうだ。お前がいるだけで随分と空気が変わるもんだな」
「そうですか……みなさんの中に……想い出に入れて頂けるのは……嬉しいです」
己の存在を認められくすぐったく感じた夢主は顔を逸らすが、斎藤は構わず見つめていた。
「正直、ずっと不思議に思っていたんです。この時代の方はみんな右に直されると聞いていたので、斎藤さんはどうして左で刀を振るうのかなぁって……」
「そうか」
「はい」
顔を上げた夢主はたおやかに笑んだ。
左で剣を握ることを諦めなかった斎藤。周りに責められても、己を貫いた幼い日。
そして今、左の剣技を極めている。
「でも、斎藤さんらしくて好きです」
「フン……」
斎藤は夢主に道場で幾度か木刀での稽古を見せてはいたが、真剣を振るう姿を見せたことは無かった。
見たことも無いくせに、まるで全て見て知っているように言うのだな、可笑しい奴だと心で笑った。
「お昼は私がおにぎりを用意しますので、もうご自分で食べてくださいね、必要な時はお手伝いしますが私が出来ない時は小姓さんに……お願いします」
「フフン、分かったよ。まぁ二、三日ゆっくり過ごすとするさ」
「一週間です!一週間は療養してくださいっ」
「口うるさい奴だ」
「構いませんっ……ふふっ」
母親か長年連れ添った妻のようにたしなめる夢主に、斎藤はやれやれと苦笑した。
「分かったさ、出来ることは自分でするし、お前が恥ずかしいことは小姓に頼むさ。まぁただ一つぐらい手伝えよ」
「一つですか、何をすれば……」
「着替えの時、帯くらい巻いてくれるか」
「帯……」
ほんのり頬を染めて呟いた。
手伝えば斎藤の下帯や肌さえ見えてしまうのでは……
夢主はすぐに返事が出来なかった。
「嫌か、後ろから手伝ってくれれば何も見えんさ」
「後ろから……大丈夫ですか」
「したくなければ構わんぞ、寝る前に小姓を呼べば済むことだ」
無理は強いないと斎藤は真面目な顔で訊ねた。
「……わかりました、お手伝いします。帯だけ……ですね」
「あぁ」
斎藤は大きく頷いた。
懐かしい話を終えた斎藤に、夢主は話の始まりと同じく笑顔で黙って何度も頷いた。
「そうか……こんな話をしたのはお前が始めてだ。もう二度とせんぞ」
釘を刺すようにキッと視線を強めた斎藤を、夢主がにこにこと目じりを下げ嬉しそうに見つめ返すと、斎藤も穏やかな顔を返した。
「ふふっ、わかりました……でも斎藤さんのお話が聞けて嬉しいです。昔の斎藤さん……幼い斎藤さんの姿なんて想像もつきませんっ、ふふふっ」
今は恐れ知らずの斎藤も力の無い幼い頃があった。
当たり前の過去を想像してみるが、頭に浮かぶのは気の強そうな幼い斎藤の姿ばかり。
「でも兄弟子さん達に負けまいと向かって行く姿は……少しだけ想像出来ます」
向かっても向かっても打ちのめされる幼い斎藤は想像出来ないが、その度に立ち上がり、逃げずに立ち向かう姿は思い描けた。
きっと今と変わらない強い瞳をしていたのだろう。
「試衛館は……きっと温かい場所だったんですね、ちょっと羨ましいです」
斎藤の温かい想い出に夢主は微笑んだ。
「フッ、そうか。あの頃も今もたいして変わらんさ」
「そうですか……確かにみなさん一緒にいて、剣を振るって……変わらないかもしれませんね」
皆揃って何かを掴み取ろうと夢見ていた頃と、立場を得て命を張っている今では確実に大きく違う。
大切な人が出来た者、自分だけの夢が出来た者、背負うものが出来た者。
其々大きく変わり、見つめる先が変わった者もいる。
それでも一旦集まれば顔を見るだけで感じるその楽しさは、今も変わらないのだろう。
「一つ違うといえば、お前がいることか」
「えっ、私……」
「あぁ。あの頃は、まぁむさ苦しかったな、男ばかり集まって汗水垂らして鍛錬するのだからな」
「ふふっ、むさ苦しいんですか」
体躯の立派な男達が大きな気合の声を発しながら激しく動き回り、汗が飛び散り熱気が立ち込め、道場の空気がみるみる熱くなっていく、そんな様子が容易に想像出来た。
きっと鼻を突く臭いもしたのだろう。
「あぁそうだ。お前がいるだけで随分と空気が変わるもんだな」
「そうですか……みなさんの中に……想い出に入れて頂けるのは……嬉しいです」
己の存在を認められくすぐったく感じた夢主は顔を逸らすが、斎藤は構わず見つめていた。
「正直、ずっと不思議に思っていたんです。この時代の方はみんな右に直されると聞いていたので、斎藤さんはどうして左で刀を振るうのかなぁって……」
「そうか」
「はい」
顔を上げた夢主はたおやかに笑んだ。
左で剣を握ることを諦めなかった斎藤。周りに責められても、己を貫いた幼い日。
そして今、左の剣技を極めている。
「でも、斎藤さんらしくて好きです」
「フン……」
斎藤は夢主に道場で幾度か木刀での稽古を見せてはいたが、真剣を振るう姿を見せたことは無かった。
見たことも無いくせに、まるで全て見て知っているように言うのだな、可笑しい奴だと心で笑った。
「お昼は私がおにぎりを用意しますので、もうご自分で食べてくださいね、必要な時はお手伝いしますが私が出来ない時は小姓さんに……お願いします」
「フフン、分かったよ。まぁ二、三日ゆっくり過ごすとするさ」
「一週間です!一週間は療養してくださいっ」
「口うるさい奴だ」
「構いませんっ……ふふっ」
母親か長年連れ添った妻のようにたしなめる夢主に、斎藤はやれやれと苦笑した。
「分かったさ、出来ることは自分でするし、お前が恥ずかしいことは小姓に頼むさ。まぁただ一つぐらい手伝えよ」
「一つですか、何をすれば……」
「着替えの時、帯くらい巻いてくれるか」
「帯……」
ほんのり頬を染めて呟いた。
手伝えば斎藤の下帯や肌さえ見えてしまうのでは……
夢主はすぐに返事が出来なかった。
「嫌か、後ろから手伝ってくれれば何も見えんさ」
「後ろから……大丈夫ですか」
「したくなければ構わんぞ、寝る前に小姓を呼べば済むことだ」
無理は強いないと斎藤は真面目な顔で訊ねた。
「……わかりました、お手伝いします。帯だけ……ですね」
「あぁ」
斎藤は大きく頷いた。