斎藤が江戸に発つ前、当然のことながら夢主に事情が告げられた。

「江戸にですか、斎藤さんが」

「あぁ。そう長くはなるまい。心当たりがないか」

「いぇ……そういえばあったような……無かったような……」

記憶を辿って思い出そうと努めるが、夢主の頭には伊東一派との離脱までの斎藤の行動に関する記憶は残っていなかった。

「覚えていないんだな。ということは然程たいした騒ぎも無く戻るんだろう、安心して待っていろ」

「はぃ……江戸の町、見てみたいなぁ」

小さく了承するが、心は江戸に惹かれていると、本音を伝えるべく上目で斎藤を見た。
道中は大変だろうが、その分楽しみもあるだろう。
残される淋しさもさることながら、斎藤が江戸でどこへ行き誰に会うのか、些細なことまでもが気になる。
自分の知らない世界、斎藤が知る世界。そんな世界に触れてみたかった。

「大津までも歩けんお前が江戸まで歩けるか、無理だ」

「わかっています……同行したらみなさんの足を引っ張るだけです、わかってますよ」

「フッ、そう拗ねるな」

不貞腐れる夢主の姿が沖田と重なる。斎藤は忍び笑んだ。

「江戸の土産でも買ってきてやる。何がいい」

「本当ですかっ、嬉しいです！江戸土産……何があるのかわからないので……斎藤さんが選んでくれると嬉しいです」

「気に入らなくても知らんぞ」

「構いませんっ！ありがとうございます」

ふふっと微笑んで首を傾げる夢主に、斎藤も僅かに微笑み返した。
道中で命の駆け引きがあるかもしれないのに、なんと緊張感の無いやり取りか。
目の前の笑顔とも暫くの別れ。人には伝えない淋しさを、斎藤は胸の奥に圧し隠した。


江戸に発つ当日、斎藤の旅装束姿に夢主が顔を緩めていた。

「にやにやするな」

「だって……斎藤さんのそんなお姿珍しくって、ふふっ、旅傘かぶるんですね」

「阿呆が、普段のまま街道を行くわけにもいくまい」

旅笠をかぶり、荷物は纏めて斜めに背負い、胸の前で締めている。
いざという時でも両手を使って戦えるよう仕度を整えていた。

「夢主は俺達に任せて安心して行ってこい」

「頼みます」

原田や永倉も夢主と共に斎藤達を見送っていた。

「行くぞ、斎藤」

「はい」

既に門前に出て斎藤を待っている伊東や他の隊士に顔をやり、土方が促した。
伊東は夢主に向かい手を振っている。苦笑いで小さく手を上げ、形だけ応えると斎藤を見上げた。

「斎藤さん」

「すぐ戻る、夢主」

斎藤に言われ大きく頷くと、黙って歩き始める後姿を見送った。
きっと無事に戻ってくる……
分かっていても心がきつく握られ、潰されそうな想いだった。

「淋しいか？」

「はぃ……淋しいです」

「おっ、素直に言ったな」

「原田さんの前ではいつだって素直ですよ……淋しいです」

斎藤の姿が見えなくなり原田達を見上げると、夢主は自分を見守る落ち着いた柔らかい笑顔を目にした。

「斎藤が戻るまで、俺達がついてるぜ」

「そういうことだ」

「原田さん、永倉さん……ありがとうございます」

二人の優しさに胸を熱くして礼を述べ、二人に付き添われて西本願寺の門から、屯所部分へ戻って行った。