75.灯火
夢主名前設定
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「沖田君が戻った」
「山南さんも……」
「あぁ。暫くは部屋に籠もっていろ。……いつもこんなことばかりですまんな。覚悟をしておけ」
「はぃ……」
また血の臭いが立ち込め、きっと深く沈んだ空気が流れる。
あのいつも笑顔の沖田の様子も変わってしまうかもしれない。
斎藤はその全てを覚悟しておけと告げた。
「着物干すのだけ、お願いします。ここの竿は高すぎて辛いんです」
「そうか、すまんな。助かったよ」
夢主が一生懸命絞った着物を受け取ると、斎藤は更に強く絞り水気を切った。
ぼたぼたと大きな音を立てて沢山の水がその場に落ちる。
竿に掛け、生地を引っ張り叩いて綺麗に皺を伸ばし干してみせた。
「斎藤さんて綺麗好きですね」
「そうか?」
普通だぜ、と眉を動かした。
おどけたその表情にクスリと微笑んで夢主は襷を解いた。
「朝ご飯、済ませてきます。そしたら……部屋にずっといますから……何かあったら教えてください。私は大丈夫です」
「分かった」
視線を合わせて頷き、それぞれの向かう先へと体を動かした。
その頃、沖田は一縷の望みをかけて山南が慕った女を連れてこようと、馬を走らせ再度屯所を空けていた。
皆は今からでももう一度脱走するように山南に説得を試みていた。
覚悟を決めたように、穏やかに微笑むだけで首を横にしか振らない。
それからすぐ、山南に切腹が申し付けられた。
戻ればこうなると誰もが最初から分かっていた現実だ。
山南は最後の望みとして土方と二人で話がしたいと申し出た。
話が終わるまでと皆を諭して席を立たせる。
名指しされた土方はどんな罵声や怒号を浴びるのか、覚悟を決めて山南の前に一人座した。
ずっと二人すれ違っていた認識はある。
互いによくは思われていないであろうことも知っている。
理不尽に切腹を言い渡されれば、誰もが怒りを覚える。
山南はどんな怒りをぶつけてくるのか。土方は鋭い瞳で黙って山南を見つめた。
「土方君……」
懐かしい親しみを込めた呼び方をされ、土方は刹那目を見開き、泳がせた。
「土方君、お願いがあります」
「何でぃ……聞ける望みなら、聞くぜ」
「沖田君を……総司を宜しく頼みます」
沖田は土方にとっても大切な存在だ。
言われるまでもなく気に掛けていると、顔に表して睨んだ。
「そんなことは言われなくても分かってるさ」
「そうではありません。それ以上のことです。総司が何かがしたいと想いを伝えてきた時、どうか邪魔をせず、引きとめず、好きにさせてやってください」
「総司の……望み」
「そうです。彼にだって想いはあるでしょう。やってみたいこと、叶えたいこと、その時が来たら彼を自由にしてあげてください。彼には彼の、生き方を選ばせてあげてください」
山南の最後の望みは、自身のことではなく、弟分として可愛がってきた沖田のこの先を気に掛けての望みだった。
その気持ちに、土方は邪推も私情も捨てて真っ直ぐ頷いた。
「分かった、約束しよう」
「私の望むことはそれだけです」
「そうか」
二人揃い、互いに確認するように小さく頷いた。
「介錯は総司にお願いしたいのですが、彼は嫌がるでしょうか」
「いや、総司はやるだろう。辛くても、苦しくても、それが一番だと思って引き受けてくれるさ」
「彼には申し訳ないことをさせてしまいます。それだけが心残りです」
「そうか」
山南が見せた穏やかな微笑みに、土方も昔のような優しい眼差しを返していた。
少し哀しげに微笑んでいる。
短い会話だが、まるで一晩中飲み明かしたような感覚を得ていた。
腹を割って話したほんの一時、それで全てを互いに察することが出来る。
それなのにどうしてこんな結果を招いてしまったのか。
二人は暫く無言で、己と互いの生き様を思い返した。
そして沖田が連れてきた懐かしい女の望みにも応えられずに、山南はこの日の夕方、ただ静かに腹に短刀を入れ、命を絶った。
沖田は静かに役目を終え、身を清めるとそのまま自室へ籠もった。
「山南さんも……」
「あぁ。暫くは部屋に籠もっていろ。……いつもこんなことばかりですまんな。覚悟をしておけ」
「はぃ……」
また血の臭いが立ち込め、きっと深く沈んだ空気が流れる。
あのいつも笑顔の沖田の様子も変わってしまうかもしれない。
斎藤はその全てを覚悟しておけと告げた。
「着物干すのだけ、お願いします。ここの竿は高すぎて辛いんです」
「そうか、すまんな。助かったよ」
夢主が一生懸命絞った着物を受け取ると、斎藤は更に強く絞り水気を切った。
ぼたぼたと大きな音を立てて沢山の水がその場に落ちる。
竿に掛け、生地を引っ張り叩いて綺麗に皺を伸ばし干してみせた。
「斎藤さんて綺麗好きですね」
「そうか?」
普通だぜ、と眉を動かした。
おどけたその表情にクスリと微笑んで夢主は襷を解いた。
「朝ご飯、済ませてきます。そしたら……部屋にずっといますから……何かあったら教えてください。私は大丈夫です」
「分かった」
視線を合わせて頷き、それぞれの向かう先へと体を動かした。
その頃、沖田は一縷の望みをかけて山南が慕った女を連れてこようと、馬を走らせ再度屯所を空けていた。
皆は今からでももう一度脱走するように山南に説得を試みていた。
覚悟を決めたように、穏やかに微笑むだけで首を横にしか振らない。
それからすぐ、山南に切腹が申し付けられた。
戻ればこうなると誰もが最初から分かっていた現実だ。
山南は最後の望みとして土方と二人で話がしたいと申し出た。
話が終わるまでと皆を諭して席を立たせる。
名指しされた土方はどんな罵声や怒号を浴びるのか、覚悟を決めて山南の前に一人座した。
ずっと二人すれ違っていた認識はある。
互いによくは思われていないであろうことも知っている。
理不尽に切腹を言い渡されれば、誰もが怒りを覚える。
山南はどんな怒りをぶつけてくるのか。土方は鋭い瞳で黙って山南を見つめた。
「土方君……」
懐かしい親しみを込めた呼び方をされ、土方は刹那目を見開き、泳がせた。
「土方君、お願いがあります」
「何でぃ……聞ける望みなら、聞くぜ」
「沖田君を……総司を宜しく頼みます」
沖田は土方にとっても大切な存在だ。
言われるまでもなく気に掛けていると、顔に表して睨んだ。
「そんなことは言われなくても分かってるさ」
「そうではありません。それ以上のことです。総司が何かがしたいと想いを伝えてきた時、どうか邪魔をせず、引きとめず、好きにさせてやってください」
「総司の……望み」
「そうです。彼にだって想いはあるでしょう。やってみたいこと、叶えたいこと、その時が来たら彼を自由にしてあげてください。彼には彼の、生き方を選ばせてあげてください」
山南の最後の望みは、自身のことではなく、弟分として可愛がってきた沖田のこの先を気に掛けての望みだった。
その気持ちに、土方は邪推も私情も捨てて真っ直ぐ頷いた。
「分かった、約束しよう」
「私の望むことはそれだけです」
「そうか」
二人揃い、互いに確認するように小さく頷いた。
「介錯は総司にお願いしたいのですが、彼は嫌がるでしょうか」
「いや、総司はやるだろう。辛くても、苦しくても、それが一番だと思って引き受けてくれるさ」
「彼には申し訳ないことをさせてしまいます。それだけが心残りです」
「そうか」
山南が見せた穏やかな微笑みに、土方も昔のような優しい眼差しを返していた。
少し哀しげに微笑んでいる。
短い会話だが、まるで一晩中飲み明かしたような感覚を得ていた。
腹を割って話したほんの一時、それで全てを互いに察することが出来る。
それなのにどうしてこんな結果を招いてしまったのか。
二人は暫く無言で、己と互いの生き様を思い返した。
そして沖田が連れてきた懐かしい女の望みにも応えられずに、山南はこの日の夕方、ただ静かに腹に短刀を入れ、命を絶った。
沖田は静かに役目を終え、身を清めるとそのまま自室へ籠もった。