74.其々の退けぬ夜
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「ずるいです山南さん……最初から二人分の宿を取っているなんて……」
「ふふっ、ちょうど良かったでしょう」
既に部屋には明りが灯され、日の入りが進むにつれ濃くなる闇は、部屋の中の影をもはっきりと映し出した。
山南の霞む笑顔にも影が差している。
沖田はキッと睨んで強い口調で訴えた。
「僕が来るって分かってたんですか!」
「えぇ……貴方が来てくれると分かっていました。信じていましたよ、貴方を……それから土方君を」
「土方さんを……」
二人揃って刀は右脇に置いたまま、正座をして向かい合っていた。
山南に刀を向ける気は毛頭ない。本当ならば床の間にでも刀を追いやってしまいたい。
しかし、いつどこから斬り込み襲撃があるか、油断は出来ない。さすがに手元からは離せなかった。
新選組一番隊組長の沖田総司も、時にまた命を狙われる身であるからだ。
「そう土方君、彼ならきっと貴方を差し向けてくれると思いました」
「そんなに信頼してるなら何で!土方さんと話さなかったんですか!」
怒鳴るが、沖田は山南が土方を普段とは違う呼び方、以前……試衛館にいた頃の呼び方で、君付けで呼んでいることに気が付いた。
「話しました。話しましたよ……でももう話す時では無くなってしまいましたね……」
「そんな……じゃぁなんで脱走なんて、何故大津に……」
「実は、会ってお話したい人物がいたんですよ」
「話したい人……どなたですか、京では話せないのですか」
「さすがに朝敵を招けませんから」
「朝敵っ?」
山南の一言に寛容な沖田も目を丸くした。
一瞬止まった空気に触発されたのか、すうっと流れ込んだ隙間風に、行灯の火が大きく揺らめいた。
沖田の顔の不安の色が濃くなっていく。
「噂を聞きつけましてね。ある人がいると……是非一度、改めてお会いしたいと思ったのですが残念、さすが足が速いお人だ。もういませんでした」
「まさか……」
「そうですよ、逃げの小五郎……桂さんとお話をしてみたくなりましてね」
「そんなっ!話をして、それからどうするつもりだったんですか!」
桂小五郎は新選組が血眼になって捜している人物の一人。
そんな男と勝手に接触して見逃されるわけが無い。
捕縛し連れ帰るつもりだったとでも言うのだろうか。刀を握る力も残らないその腕で。
「それは分かりませんよ、会ってみなければ。でももうその機会も巡ってこないようです……仕方ありません」
小首を傾げて言う山南、大人しく沖田と壬生に戻ることを示唆した。
「君とも話をしたかったんだ、沖田君。君が来てくれて嬉しいですよ、総司」
「山南……さん」
「昔の様に呼んでは頂けませんか、一度だけで構いませんから」
「……山南……兄さん……」
「ふふっ、私は自由に生きることが出来ませんでした。沖田君、君はどうか自由に生きなさい」
山南さん……
声にならない声で応えると沖田は大きくうなだれ、やがて落とした拳が震えだした。
夕餉が運ばれてくるまで、二人の沈黙が続いた。
顔を下げて唇を噛み締める沖田を、山南は温かく見守った。
「ふふっ、ちょうど良かったでしょう」
既に部屋には明りが灯され、日の入りが進むにつれ濃くなる闇は、部屋の中の影をもはっきりと映し出した。
山南の霞む笑顔にも影が差している。
沖田はキッと睨んで強い口調で訴えた。
「僕が来るって分かってたんですか!」
「えぇ……貴方が来てくれると分かっていました。信じていましたよ、貴方を……それから土方君を」
「土方さんを……」
二人揃って刀は右脇に置いたまま、正座をして向かい合っていた。
山南に刀を向ける気は毛頭ない。本当ならば床の間にでも刀を追いやってしまいたい。
しかし、いつどこから斬り込み襲撃があるか、油断は出来ない。さすがに手元からは離せなかった。
新選組一番隊組長の沖田総司も、時にまた命を狙われる身であるからだ。
「そう土方君、彼ならきっと貴方を差し向けてくれると思いました」
「そんなに信頼してるなら何で!土方さんと話さなかったんですか!」
怒鳴るが、沖田は山南が土方を普段とは違う呼び方、以前……試衛館にいた頃の呼び方で、君付けで呼んでいることに気が付いた。
「話しました。話しましたよ……でももう話す時では無くなってしまいましたね……」
「そんな……じゃぁなんで脱走なんて、何故大津に……」
「実は、会ってお話したい人物がいたんですよ」
「話したい人……どなたですか、京では話せないのですか」
「さすがに朝敵を招けませんから」
「朝敵っ?」
山南の一言に寛容な沖田も目を丸くした。
一瞬止まった空気に触発されたのか、すうっと流れ込んだ隙間風に、行灯の火が大きく揺らめいた。
沖田の顔の不安の色が濃くなっていく。
「噂を聞きつけましてね。ある人がいると……是非一度、改めてお会いしたいと思ったのですが残念、さすが足が速いお人だ。もういませんでした」
「まさか……」
「そうですよ、逃げの小五郎……桂さんとお話をしてみたくなりましてね」
「そんなっ!話をして、それからどうするつもりだったんですか!」
桂小五郎は新選組が血眼になって捜している人物の一人。
そんな男と勝手に接触して見逃されるわけが無い。
捕縛し連れ帰るつもりだったとでも言うのだろうか。刀を握る力も残らないその腕で。
「それは分かりませんよ、会ってみなければ。でももうその機会も巡ってこないようです……仕方ありません」
小首を傾げて言う山南、大人しく沖田と壬生に戻ることを示唆した。
「君とも話をしたかったんだ、沖田君。君が来てくれて嬉しいですよ、総司」
「山南……さん」
「昔の様に呼んでは頂けませんか、一度だけで構いませんから」
「……山南……兄さん……」
「ふふっ、私は自由に生きることが出来ませんでした。沖田君、君はどうか自由に生きなさい」
山南さん……
声にならない声で応えると沖田は大きくうなだれ、やがて落とした拳が震えだした。
夕餉が運ばれてくるまで、二人の沈黙が続いた。
顔を下げて唇を噛み締める沖田を、山南は温かく見守った。