70.大津
夢主名前設定
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「これ、使ぅておくれやす」
「番傘、いいのか」
斎藤は渡されるままに色味のない傘を受け取った。
どんどん降り続く雪の中、また四半刻ほど慣れない夢主を歩かせるのだ。傘の申し出はありがたかい。
「えぇ、もちろんどす。新選組のみなはんには贔屓にしてもぅてますさかい、どぅぞ使ぅておくれやす」
「そうか、すまない。また隊の者に返させる」
甘味処を贔屓にしていると言われ真っ先に思い浮かんだのは沖田の顔だ。
彼のおかげでこの傘が借りられるようなものか、この時ばかりは人の好い沖田に感謝した。
傘を彼に渡しておけば、すぐこの店に戻るだろう。
「いつでもかましまへん、気ぃつけてお帰りやす」
「ありがとうございます」
夢主が深く頭を下げると、女将は嬉しそうに微笑み、一礼を返して戻っていった。
「助かりましたね……」
「あぁ」
「私が……」
傘を持たせるのは……
気付いた夢主が手を伸ばすが、斎藤はひらりと避けて傘を天に向けた。
開いた傘を夢主の頭上に掲げる。
白張りの紙には、斎藤に似合わぬ甘味処の屋号が記されていた。
「阿呆ぅ、お前の背で俺に届くか。それとも一人で差すか、俺は構わんが」
敢えて傘の柄を夢主に向ける。
もちろん手に取るはずはなく、首を振って斎藤の好意に甘えた。
「斎藤さんに雪が積もっちゃう」
首を傾げふふっと笑い、傘を持つ斎藤に体を寄せた。
「沖田君に礼を言わねばならんな」
「そうですね……」
体が触れないように意識するが、着込んでいるため歩くと着物同士が擦れ合う。
斎藤の振動を感じながら、夢主は気恥ずかしさを抱えて雪の中を歩いた。
はにかんで視線を落とし、歩くたびに足元で雪が沈む音を聞いていた。
「……この香りは……」
雪の中、どこからか夢主の鼻をくすぐる香りがあった。辺りに香りの元になりそうなものは何も無い。
人けも無く香りの元を不思議に思い、斎藤を見上げた。
「この香りは白梅香。知らんか」
「白梅……この香りが……」
「あぁ」
夢主は思わず立ち止まり、来た道を振り返った。
雪に霞んで殆ど見えないその先にある、東の山に目をやった。
「どうした」
「いぇ……」
呟くと斎藤の顔を見上げ、にこりと微笑んだ。
「帰りましょう……」
「あぁ」
まっさらな雪の道に二人の足跡が残る。
降りしきる雪に覆われて、すぐに見えなくなるだろう。
静かな道を二人ゆっくりと歩いて行った。
穏やかな一日が過ぎる京の町から離れた場所、大津。
再び雪が降り出したその地でも、静かな時が過ぎていた。
その静寂は間もなく終わる。
緋村剣心は不思議な森へ辿り着いていた。
狂った磁場により不足する感覚、狂った何か。嫌な感じを肌に与えられる不愉快な土地。
しかし、ある怒りを抱える緋村は、そんな体感すら気にならなかった。
森の中へ足を踏み入れる。感覚の不足が何の問題になろうか。
ひたすら森の奥へ突き進んでいった。静かな森には、大きな牡丹雪がただ降りしきっている。
この日、緋村剣心は二つの傷を負った。心と体に負った傷。
深く……長く……消えない心の傷。
そして一つ傷の消えぬ頬に刻まれた、二つ目の傷。
やがて彼の証しとなり皆に指差されることになる左頬の十字傷、愛おしい者が最期に彼に遺したもの。
それから幾日か雪の降る日があった。
大晦日に向け、日付けが変わっていく。
斎藤の生まれた日が近付いていた。
「番傘、いいのか」
斎藤は渡されるままに色味のない傘を受け取った。
どんどん降り続く雪の中、また四半刻ほど慣れない夢主を歩かせるのだ。傘の申し出はありがたかい。
「えぇ、もちろんどす。新選組のみなはんには贔屓にしてもぅてますさかい、どぅぞ使ぅておくれやす」
「そうか、すまない。また隊の者に返させる」
甘味処を贔屓にしていると言われ真っ先に思い浮かんだのは沖田の顔だ。
彼のおかげでこの傘が借りられるようなものか、この時ばかりは人の好い沖田に感謝した。
傘を彼に渡しておけば、すぐこの店に戻るだろう。
「いつでもかましまへん、気ぃつけてお帰りやす」
「ありがとうございます」
夢主が深く頭を下げると、女将は嬉しそうに微笑み、一礼を返して戻っていった。
「助かりましたね……」
「あぁ」
「私が……」
傘を持たせるのは……
気付いた夢主が手を伸ばすが、斎藤はひらりと避けて傘を天に向けた。
開いた傘を夢主の頭上に掲げる。
白張りの紙には、斎藤に似合わぬ甘味処の屋号が記されていた。
「阿呆ぅ、お前の背で俺に届くか。それとも一人で差すか、俺は構わんが」
敢えて傘の柄を夢主に向ける。
もちろん手に取るはずはなく、首を振って斎藤の好意に甘えた。
「斎藤さんに雪が積もっちゃう」
首を傾げふふっと笑い、傘を持つ斎藤に体を寄せた。
「沖田君に礼を言わねばならんな」
「そうですね……」
体が触れないように意識するが、着込んでいるため歩くと着物同士が擦れ合う。
斎藤の振動を感じながら、夢主は気恥ずかしさを抱えて雪の中を歩いた。
はにかんで視線を落とし、歩くたびに足元で雪が沈む音を聞いていた。
「……この香りは……」
雪の中、どこからか夢主の鼻をくすぐる香りがあった。辺りに香りの元になりそうなものは何も無い。
人けも無く香りの元を不思議に思い、斎藤を見上げた。
「この香りは白梅香。知らんか」
「白梅……この香りが……」
「あぁ」
夢主は思わず立ち止まり、来た道を振り返った。
雪に霞んで殆ど見えないその先にある、東の山に目をやった。
「どうした」
「いぇ……」
呟くと斎藤の顔を見上げ、にこりと微笑んだ。
「帰りましょう……」
「あぁ」
まっさらな雪の道に二人の足跡が残る。
降りしきる雪に覆われて、すぐに見えなくなるだろう。
静かな道を二人ゆっくりと歩いて行った。
穏やかな一日が過ぎる京の町から離れた場所、大津。
再び雪が降り出したその地でも、静かな時が過ぎていた。
その静寂は間もなく終わる。
緋村剣心は不思議な森へ辿り着いていた。
狂った磁場により不足する感覚、狂った何か。嫌な感じを肌に与えられる不愉快な土地。
しかし、ある怒りを抱える緋村は、そんな体感すら気にならなかった。
森の中へ足を踏み入れる。感覚の不足が何の問題になろうか。
ひたすら森の奥へ突き進んでいった。静かな森には、大きな牡丹雪がただ降りしきっている。
この日、緋村剣心は二つの傷を負った。心と体に負った傷。
深く……長く……消えない心の傷。
そして一つ傷の消えぬ頬に刻まれた、二つ目の傷。
やがて彼の証しとなり皆に指差されることになる左頬の十字傷、愛おしい者が最期に彼に遺したもの。
それから幾日か雪の降る日があった。
大晦日に向け、日付けが変わっていく。
斎藤の生まれた日が近付いていた。