70.大津
夢主名前設定
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京の町の雪は止んでいた。
しかし雪はしっかり地面を覆っている。踏みしめると白い足跡がくっきり残るほど積もっていた。
空気は冷たく空も灰色のまま。また降り始めるかもしれない。
夢主は寒さに負けないようしっかり着込み、綿入りの羽織を重ねた。
斎藤は厚手の羽織を身につけてはいるが、不時に備え動きやすい装いは変えていなかった。
外に出てすぐ、慣れない雪下駄に夢主の足は遅くなる。
よろめかないよう慎重に足を運ぶが、歩くたびに下駄の歯が雪の中に埋まり、足を取られそうになる。
雪道に慣れない歩みに斎藤は黙って付き合った。
時折、長い歯の間の雪の塊ができると、歩みを止めては下駄をこんこん鳴らしを塊を落とす。
その度に斎藤は立ち止まり、夢主が雪の中へ転ばぬよう腕に掴まらせてやった。
斎藤は己の腕に手を添えて雪下駄の裏を確認する夢主に訊ねた。
「どこへ向かえばよい。どの山を見たい」
「えっと……」
山の名前など分からない。
そこで、もうすぐ彼もそこを立ち去るのだからと、今まで潜んでいた場所の名を告げた。
「大津……」
「大津か」
「はぃ……」
記憶の中に残る地名は大津。だがそれしか分からない。
大津とはどんな所なのか。
行ったことはもちろん、調べたこともなく、京の外れだろうか……その程度の認識でしかなかった。
「わかりますか」
「……あぁ」
表情を変えずに返事をする斎藤は、道の向こうを見た。
夢主が歩けるようになると、黙って足を進める。夢主は無意識に斎藤のすぐそばを歩いた。転びそうになった時、手が届く距離を。
足元の悪い中を進み、四半刻ほど歩いた所で斎藤は歩みを止めた。
「寄るぞ」
「えっ……」
そこは甘味処だった。
甘味と書かれた大きな暖簾が斎藤の背後に見えるが、なんとも不釣合いだ。
「あの、山は……」
「そんなに急ぎか。腹ごしらえぐらいしろ」
そう言うと斎藤は中へ入ってしまった。
慌てて後を追うが、咄嗟のことで転びそうになる。なんとか体勢を保ち、店の暖簾をくぐった。
斎藤は既に適当な席に腰を下ろしていた。
「……斎藤さん、甘いもの」
「構わん。食えないわけではない。お前は……」
斎藤は言いながら店の奥に目を移し、にこやかに微笑んでこちらを窺っていた女将を呼びつけた。
女将と短く相談して夢主に合う品を見つけ、二人分の注文を済ませた。
「餅を沢山入れてもらった。腹を満たしておけよ。空腹だと心も参りやすい」
「ありがとうございます……」
「汁粉……京では善哉と言うのか。ここが美味いと沖田君が言っていた。体も温まるさ」
しかし雪はしっかり地面を覆っている。踏みしめると白い足跡がくっきり残るほど積もっていた。
空気は冷たく空も灰色のまま。また降り始めるかもしれない。
夢主は寒さに負けないようしっかり着込み、綿入りの羽織を重ねた。
斎藤は厚手の羽織を身につけてはいるが、不時に備え動きやすい装いは変えていなかった。
外に出てすぐ、慣れない雪下駄に夢主の足は遅くなる。
よろめかないよう慎重に足を運ぶが、歩くたびに下駄の歯が雪の中に埋まり、足を取られそうになる。
雪道に慣れない歩みに斎藤は黙って付き合った。
時折、長い歯の間の雪の塊ができると、歩みを止めては下駄をこんこん鳴らしを塊を落とす。
その度に斎藤は立ち止まり、夢主が雪の中へ転ばぬよう腕に掴まらせてやった。
斎藤は己の腕に手を添えて雪下駄の裏を確認する夢主に訊ねた。
「どこへ向かえばよい。どの山を見たい」
「えっと……」
山の名前など分からない。
そこで、もうすぐ彼もそこを立ち去るのだからと、今まで潜んでいた場所の名を告げた。
「大津……」
「大津か」
「はぃ……」
記憶の中に残る地名は大津。だがそれしか分からない。
大津とはどんな所なのか。
行ったことはもちろん、調べたこともなく、京の外れだろうか……その程度の認識でしかなかった。
「わかりますか」
「……あぁ」
表情を変えずに返事をする斎藤は、道の向こうを見た。
夢主が歩けるようになると、黙って足を進める。夢主は無意識に斎藤のすぐそばを歩いた。転びそうになった時、手が届く距離を。
足元の悪い中を進み、四半刻ほど歩いた所で斎藤は歩みを止めた。
「寄るぞ」
「えっ……」
そこは甘味処だった。
甘味と書かれた大きな暖簾が斎藤の背後に見えるが、なんとも不釣合いだ。
「あの、山は……」
「そんなに急ぎか。腹ごしらえぐらいしろ」
そう言うと斎藤は中へ入ってしまった。
慌てて後を追うが、咄嗟のことで転びそうになる。なんとか体勢を保ち、店の暖簾をくぐった。
斎藤は既に適当な席に腰を下ろしていた。
「……斎藤さん、甘いもの」
「構わん。食えないわけではない。お前は……」
斎藤は言いながら店の奥に目を移し、にこやかに微笑んでこちらを窺っていた女将を呼びつけた。
女将と短く相談して夢主に合う品を見つけ、二人分の注文を済ませた。
「餅を沢山入れてもらった。腹を満たしておけよ。空腹だと心も参りやすい」
「ありがとうございます……」
「汁粉……京では善哉と言うのか。ここが美味いと沖田君が言っていた。体も温まるさ」