65.伊東の値踏み
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稽古が終わると、伊東はまだ汗の残る斎藤に近付いた。
手拭いを手に、諸肌を脱いでいる。
「お見事でしたわ」
いつも通り途中で指南役を交代しようとした斎藤だが、立ち上がった交代役に伊東が「お座りなさい」と耳打ちをした。
耳打ちされた方は驚いたが素直に従い、最後まで斎藤が稽古をつけ続けた。
冬の冷たい道場とはいえ、男達の熱気に包まれた中を動き続けた斎藤、流石に体が上気していた。
「それ程でも」
短く無難な言葉を返して、斎藤はどう対応すべきか伊東を観察しながら汗を拭き取る手を動かした。
稽古の最中、厭らしいほど伊東の視線が向いていることには当然気付いていた。
突き刺さる鋭い視線だ。
「あなたの剣は実に美しいものですね。時に、あなたお酒は嗜むの」
「まぁ、人並みに」
「そう、それはいいわ。ぜひ一度ご一緒しましょう」
「……構いませんよ」
「それは良かったわ、是非。改めてお誘いするわ」
新選組参謀、伊東甲子太郎。
土方と同等の立場とみるか、土方より上とみるか、あるいはただの近藤の話し相手とみるべきか。
誘いに裏があるか訝しむが、副長と並ぶ立場に付いた新参者を知る為には丁度良いと申し出を受け入れた。
その誘いの様子を尻目に、沖田は早々に道場を後にした。
伊東は思いついたらすぐ行動に移したい男だった。
今夜、斎藤の時間を作れないかと隊務に関して口を出していた。
伊東が訪れたのは土方の部屋。
普段なら口出しを快く思わない土方だが、探りを入れたいのはお互い様だと割り切り、斎藤の夜の巡察の取り消しを了承した。
「さすが土方さん、お話がわかる」
「フン、あんたはここへ来て日が浅い。幹部連中と交流をするのも悪くはなかろう」
「よろしければ土方さんもご一緒にどうかしら」
「断る。俺は呑まん」
伊東に同席を望む気持ちなど毛頭ないことを知る土方は、呑めないわけではないという言葉は伏せて端的に断った。
伊東はその断りの返事に気を良くし、大きく頷いて立ち上がった。
「では、これで」
しなやかな所作で出て行く姿を土方は苦々しく見送った。
去り際に横目で土方を捉える姿は、まるで誘惑しているようでさえあった。
「全く厭味な野郎だ……女みてぇに立ち居振舞いやがって」
閉じた障子に向かい、小さく舌打ちをした。
屯所の中を精力的に動き回る伊東は、次に夢主の姿を目に留めた。
藤堂からの話では実に面白い女だ。
とても興味深く、その容姿も申し分ない。
この女をもっと知る必要があると、伊東はその姿を瞳に捉えて近寄った。
「貴女」
「あっ」
後ろから声が掛かり振り向いた夢主は、縫い直した隊士達の羽織を抱えていた。
「縫い物がお得意なんですってね」
「あの……それ程でもありませんけれど……お手伝いを致しております」
夢主は怖々と返す言葉を選んだ。
伊東はふぅんと羽織に目をやり、懐から扇を取り出して顔の前で開いた。
「私の着物もひとつ、頼めないかしら」
「えっ、伊東さんのお着物を……」
「私のでは嫌かしら」
「いえっ、伊東さんの立派なお着物をかえって傷付けてしまわないかと……」
「大丈夫よ、試しにお願いするわ」
「はぃ……」
腕試しのつもりなのか、関わりを持ちたかっただけなのか、真意は分かり兼ねる。
しかし断る理由が無く、引き受けるしかなかった。
夢主が伊東を見上げると、扇の上に見える瞳が笑みを含んだまま、すっと細く変わった。
手拭いを手に、諸肌を脱いでいる。
「お見事でしたわ」
いつも通り途中で指南役を交代しようとした斎藤だが、立ち上がった交代役に伊東が「お座りなさい」と耳打ちをした。
耳打ちされた方は驚いたが素直に従い、最後まで斎藤が稽古をつけ続けた。
冬の冷たい道場とはいえ、男達の熱気に包まれた中を動き続けた斎藤、流石に体が上気していた。
「それ程でも」
短く無難な言葉を返して、斎藤はどう対応すべきか伊東を観察しながら汗を拭き取る手を動かした。
稽古の最中、厭らしいほど伊東の視線が向いていることには当然気付いていた。
突き刺さる鋭い視線だ。
「あなたの剣は実に美しいものですね。時に、あなたお酒は嗜むの」
「まぁ、人並みに」
「そう、それはいいわ。ぜひ一度ご一緒しましょう」
「……構いませんよ」
「それは良かったわ、是非。改めてお誘いするわ」
新選組参謀、伊東甲子太郎。
土方と同等の立場とみるか、土方より上とみるか、あるいはただの近藤の話し相手とみるべきか。
誘いに裏があるか訝しむが、副長と並ぶ立場に付いた新参者を知る為には丁度良いと申し出を受け入れた。
その誘いの様子を尻目に、沖田は早々に道場を後にした。
伊東は思いついたらすぐ行動に移したい男だった。
今夜、斎藤の時間を作れないかと隊務に関して口を出していた。
伊東が訪れたのは土方の部屋。
普段なら口出しを快く思わない土方だが、探りを入れたいのはお互い様だと割り切り、斎藤の夜の巡察の取り消しを了承した。
「さすが土方さん、お話がわかる」
「フン、あんたはここへ来て日が浅い。幹部連中と交流をするのも悪くはなかろう」
「よろしければ土方さんもご一緒にどうかしら」
「断る。俺は呑まん」
伊東に同席を望む気持ちなど毛頭ないことを知る土方は、呑めないわけではないという言葉は伏せて端的に断った。
伊東はその断りの返事に気を良くし、大きく頷いて立ち上がった。
「では、これで」
しなやかな所作で出て行く姿を土方は苦々しく見送った。
去り際に横目で土方を捉える姿は、まるで誘惑しているようでさえあった。
「全く厭味な野郎だ……女みてぇに立ち居振舞いやがって」
閉じた障子に向かい、小さく舌打ちをした。
屯所の中を精力的に動き回る伊東は、次に夢主の姿を目に留めた。
藤堂からの話では実に面白い女だ。
とても興味深く、その容姿も申し分ない。
この女をもっと知る必要があると、伊東はその姿を瞳に捉えて近寄った。
「貴女」
「あっ」
後ろから声が掛かり振り向いた夢主は、縫い直した隊士達の羽織を抱えていた。
「縫い物がお得意なんですってね」
「あの……それ程でもありませんけれど……お手伝いを致しております」
夢主は怖々と返す言葉を選んだ。
伊東はふぅんと羽織に目をやり、懐から扇を取り出して顔の前で開いた。
「私の着物もひとつ、頼めないかしら」
「えっ、伊東さんのお着物を……」
「私のでは嫌かしら」
「いえっ、伊東さんの立派なお着物をかえって傷付けてしまわないかと……」
「大丈夫よ、試しにお願いするわ」
「はぃ……」
腕試しのつもりなのか、関わりを持ちたかっただけなのか、真意は分かり兼ねる。
しかし断る理由が無く、引き受けるしかなかった。
夢主が伊東を見上げると、扇の上に見える瞳が笑みを含んだまま、すっと細く変わった。